英雄譚は誰の為に 6
黒い風と水を混ぜ込んだような存在、まるで逆流する川を逆の方向に突っ込んでいくような感触と共に俺の前に強すぎる力が襲い掛かってくる。
下に落下しているのに、上に押し戻されそうになる不思議な感覚。
前に突入した時はこんな感覚は存在しなかった。
「まだ間に合うはずだ………助けたいんだ!」
なるべく襲い掛かってくる流れを受け流し、ひたすら下へと落ちていく。
この状況ではラウンズも使えない様で、例え召喚できたとしても流れで吹っ飛んでいきかねない。
どこに辿り着くのか、見えない奈落の底へと向かっているような感覚である。
「誰だって嘘を吐く………これぐらいならと簡単な気持ちで」
誰かの声が脳裏に響き渡り、心の奥からまるで負の感情が襲い掛かってくる。
おそらく闇竜や死竜が乗っ取った人間達の負の一面だろう。
取り込んできた人間の記憶や、そこに繋がる負の一面が流れと共に襲い掛かってくる。
「嘘を吐くことの何がいけないんだ?」
「誰だって嘘をついているだろう? 僕は何も間違っていない」
「騙されただけなんだ! 僕は何も間違ったことをしていないんだ!」
「殺したくて殺したわけじゃない………だって殺さないと」
見知らぬ人間の負の一面。
嘘を付いてしまった者、嘘をつかれてしまった者、それ故に殺してしまった者。
「変えられると思った。この国を……彼女と一緒に変えられると。でも……その為に多くの過ちを犯してしまった」
これはフォードの感情だ。
国を変えたという願いとは裏腹に自らがしていた行いに対する疑問、自分が許されるべきなのかという思いが感じ取れた。
「許すのはあんた達自身だ! あんた達自身が許す事でしか追われないんだ! 自分の心を解き放て! 他人が与える殻に閉じこもって許されないんだって否定するな! 自分を許すことが出来るのは自分だけなんだ!!」
自分を許すことが出来るのは自分だけ、この場所にいる人間の多くは自分に対して言い訳をしている者達だ。
「他人を許す為にも、何より自分がしてしまったことに決着をつけるためにも自分を許すんだ! 許せよ! 自分を!」
ザワザワとした声が聞こえてくると、魔王に閉じ込めらている人達の魂が抵抗しているようで、抵抗しようとする流れが弱まった。
すると視界の中に一人の幼い少女がまるで蜘蛛の糸で絡められたような姿を目撃してしまった。
俺は急いで少女の体に張り付き、何とか糸を剣で切り裂こうとするが粘着性の強い糸は中々離してくれない。
それどころかむしろ少女の体を更に取り込もうと必死になっているようで、繭のようなモノで取り込まれていく。
「返せよ! この子の命はこの子だけの物なんだ……お前達が好きにしていいわけじゃない」
何とか取り戻そうと剣で必死に引きはがそうとするが、それ以上の速度で少女の体を取り込もうとしてくる。
俺は必死になりながら両手で糸を剥がそうとする。
「頼む! 答えてくれ! 君を失ったことに絶望してしまったあの英雄を救うためにも……! 生きてくれ!」
俺の言葉が届いたのか取り込まれるその瞬間に少女の右目がゆっくりと開いた。
「お兄ちゃん?」
しかし、その言葉を最後に少女の体は繭の中に取り込まれてしまいその繭は大きな球体へと変貌していく。
救えないのか?
また……俺は救えないのか?
堆虎や隆介たちと同じ結果になるのか?
烈火の英雄に絶望を与えることしかできないのか?
絶望して、諦めそうになった時魔王に取り込まれてしまった死んだ人々の魂が内側から繭を破壊しようとする。
『やめろ!! せっかく取り込んだ永遠の力と器なんだ。お前達のような死んだ者達でその力を失うなんて! 考えてみろ。私達が永遠を手に入れればお前達はその永遠の一部になれるんだぞ。お前達が添い遂げたかった者達も蘇らせてやる!」
「そんなもの存在しない! 永遠なんているか! 別れがあるからこそこの一瞬一瞬を大切に生きることが出来るんだろ!? お前達は誤解している! 世界にいる存在として永遠なんて必要ないんだ!」
『うるさい! 貴様だって永遠に大切な人と添い遂げることが出来るんだぞ! 欲しくないのか!?」
「欲しくない! 永遠なんていらない! 人は生きた証を後世に残し、生きる者達は次の世代に生きた証を繋げていくんだ!」
それが受け継ぐという意味なんだ。
堆虎達が俺に受け継いでくれたように、もう一つの世界に住んでいたもう一人の俺が俺自身に託してくれたように、そうやって生きた証は託されていくんだ。
「永遠に生きるという事は永遠に孤独でいるという事だ! お前達は孤独で在りたいのか? なら……この少女を置いていけ!」
繭が死者の想いの強さによってドンドンひび割れていき、俺はヒビの奥から現れた少女の右手を掴んで引っ張り出そうとする。
『やめろ! それは私達の物だ! 私達の器なのだ! 永遠を手に入れて、私はこの世界の真理を知る! その時私は本当の意味で一つ上の存在に辿り着くことが出来る!』
「神になりたいなら勝手にすればいい! でも、この子を巻き込む理由にはならない。死者を巻き込む理由にもならない! 方法なんていくらでもあったはずだ。お前達が一緒に行動する理由はなんだ!? お前達は寂しかっただけじゃないのか!?」
寂しいから、一緒に永遠になろうと思ったのだろう。
一人で永遠になるのは寂しいから。
「そこに兄と一瞬でも短い時間を一緒に過ごしたい少女を! 何よりこの少女と一緒に過ごしたい兄を犠牲にするな! 兄妹を引き裂こうとするな!」
この二人の兄妹をこれ以上不幸にするな。
この二人は十分不幸になったはずだ。
国の思惑に、島の願いに、多くの人の考え方に振り回されてきたこの兄妹は幸せになってもいいはずだ。
「何より! この国をこれ以上不幸にするな! お前の勝手な思惑でこれ以上不幸をまき散らすな!」
それだけは許されない事なんだ。
『一つの存在に辿り着く事だけがこの先訪れる『災い』への対抗だというのに、それでも君はこの少女を助けたいのか? 君は暗闇を歩く道を選ぶのかい?』
「歩く。最後の瞬間まで足掻いて必ず見つけて見せる」
魔王が黙ってしまうとひび割れていく繭の向こう側から少女を救い出す事に成功した。
『なら君を信じてみよう。自らが正しと信じるのならその道を進むといい。これだけは忘れるな。君は聖竜の見た白紙の未来へと向かっているという事を、その先に君の望む未来があるとは限らない』
俺は少女の体ごと上へと、現実へと帰っていく。
『絶望しないことだ。災いは直ぐそこにやってこようとしている。いずれ………君の目の前に現れる』
まるでそれは一つの忠告に聞こえた。
二人の竜は光の結晶となって消えていく。
魔王の伝説も、太陽の勇者の英雄譚も光となって消えていく。
俺の耳元で一つの言葉が聞えた気がした。
『ありがとう』
「俺の方こそ………ありがとう」
嘘は現実になり、現実はこの国に混乱を招くだろう。
だけどきっと……この状況でもやり直すことが出来るはずなんだ。
やり直したいと願う人たちがいる限り、この国はきっと変われるはず。
その前に、この物語を決着させる前にどうしてもやっておくべきことがある。
俺は翌日の早朝、一台のトラックの中でケビンさんと一緒にトラックの運転手に成りすまして待機していた。
一人の少女に幸福を、一つの兄妹に幸せを与える為にもう一度頑張ってみよう。




