嘘は誰の為に 10
ガーランドは大きな息を吐き出して大剣を赤いカーペットに突き刺している。
その息の意味をどう図ったのか、皇帝陛下は顎下に右手を添えて考え込むそぶりを見せる。
「アベル君に手柄を持っていかれるのが面白くないのかね?」
「人の気持ちを読まないでくれます!? 私は別にあんな奴に手柄を持っていかれても」
「フフフ。弟のような人間に手柄を持っていかれると面白くないよね」
「そんな事ありませんよ! まあ私はいいですけどね!」
精一杯虚勢を張るガーランドに、皇帝陛下は黙って頷くだけ。
その行為がガーランドの心にダメージを与えてくる。
ガーランドは強引にでも話を変えようとする。
「まあ、ソラには驚きましたけどね。三年とそこらでガイノス流剣術をマスターするとは。レクターとかいうガキもそうですけど。今年の一年生は豊富な人材が多そうです。あの様子ならソラはこの戦いで己流の武術や剣術を編み出すかもしれませんね」
皇帝陛下は優しい微笑みと共に逸らそうとする話に付き合う事にした。
「そうだねぇ。君達の剣術はソラに教えたのかい?」
「ええ、私が直接。学校で授業を行う機会がありましたので、一か月ほど前ですか?七夏祭の後に行いました」
「そうか………アベル君のあの技も教えたのかい?」
「いいえ。あれはアベルだけですから………まああいつが一番怖いのは『あれ』になってからですからね」
ガーランド達だけが知っているアベルの『あれ』はめったなことでは姿を現さない。
その状態が訪れないで済めばいいとは思う手前、今回の相手であるボルノという人物を思い出すとそうもいかないだろうと予想していた。
「まあ、よくもあんな男が反政府組織の副リーダーをやっているな。私がリーダーだったら絶対に指名しない」
「フム………おそらく冷静な部分が評価されたんじゃないかな?武力での解決を望む人間としては多少残忍の方が良いという判断じゃないか?」
「私は情に流されない部分を評価したんだと思いましたが?あのボルノという男、言うほど冷静だとは思いませんが?というより残忍な人間とはそこまで冷静でいられるものですか?」
ガーランドとしてはむしろ残忍な人間とは冷静じゃないという予想だが、皇帝陛下は少しだけ考え込む。
「そうだね………私としては残忍な人間ほどそういう残忍さを隠すものじゃないのかな?ほら、君だってソラ君を崖下に落とそうとしたじゃないか」
「たしかに………!? それを残忍さに入れますか? 私はソラを自分なら強い子に育てられると思っての行動だったのですが?」
無論そんなくだらないやり取りをしている間にアベルとボルノの争いは佳境に差し迫ろうとしていた。
アベルが繰り出した一撃で目の前が水飛沫などで視界が真っ白で埋め尽くされ、アベルは警戒心を最大値まで高めながら睨みつけていく。
予想以上に水飛沫が多く視界がふさがったまま、前に進んで調べるべきかとも思うのだが、右足を動かそうとしたその瞬間に体が動かないことに気が付いた。
「影縫い【縛り強化】」
水飛沫から地面に倒れかけながらどこか笑っているボルノ、その笑いは残忍さを惜しみなく前面に曝け出した微笑み。
「危なかったぞ。あと少しで窓から捨てられるところだった。だが、どうやらこの勝負私の勝ちだな」
アベルの影に三本ほど杭が打ち付けられており、その杭がアベルの身動きを完全に封じられている。
「不思議なんだろう。そうだろうな。君達の魔導は『異能関連の全ての力に対する耐性』だからね。でも、それは君たち自身に触れていることが条件じゃないかな?勿論君の息子には別の術が利かなかったからね。だから少し考えていたんだよ。これならいけるんじゃないかって」
アベルは自分で口すらまともに動かせずにおり、黙って剣を構えている少しだけ間抜けな格好で固まっている。
ボルノはゆっくりと立ち上がり、ポケットの中から痛み止めを右腕にうちこむ。
「影に関するこの力、元々は私の力ではないんだけど………」
(まるでシャドウバイヤだが、本人は「他人に魔導を与えた記憶は無い」と言っていたし、やはりこの力は………)
アベルにはこの力を与えた対象に心当たりを付けている。
「さてと………私がこの状態で殴りつけても私の拳が痛いだけだからね。まずはその鎧を脱がさせてもらおうか」
ボルノはポケットの中から一枚の紙きれを取り出し、紙きれをアベルを守っている星屑の鎧の上から付着させる。
すると鎧全身が透明化していきそのまま消滅していった。
「これもフォードから借りた物だ。なんでも魔導で作られた物体を封じる事が出来るそうだよ。どうやら本当だったようだ」
アベルが動けないことを確認する為にボルノはアベルの鼻先目掛けて右拳を伸ばし顔面に拳を叩き込む。
アベルは鼻血を流しながら黙って睨みつける。
「ははぁ! 何もできないようだな!! どうなんだい? 無抵抗のまま殺されそうになっている様子は」
喋る事もできないアベルには黙って睨む事しかできない。
そもそもは自分の甘さが原因で陥っているこの状況、正直に言えば打開する術など存在しない上、悔しいぐらいに追い詰められている。
ボルノは「これはどうだ?」と言いながら左腕の骨を折り、「これはどうなんだい?」と言いながら肋骨の骨を一本折る。
そこから顔面目掛けて三発ほど拳を叩き込み、目や頬などに青あざが出来ていき悔しさを表情に出さない状況。
「面白くないねぇ………、こういう時は目だけでも悔しさを出してほしいねぇ。かたくなに隠しているのは分かり切っている分私としては何も面白くない。あの時の女のように悲鳴を出したくて仕方がないという目ぐらいはしてほしい」
ボルノは思いっきりアベルの左足を蹴りつけて骨を折り、その後顎下からアッパーカットで打ち上げる。
アベルの口から血が微かにだが流れ出ていく。
「面白くない。あの女は面白かったなぁ。目で「止めて。なんでも言う事聞くから」なんて訴えているのが目に見えるようでね。四肢の骨が砕かれて、もう立てないはずなのに術の所為で立っていることしかできない。その上顔面は腫れていく様は面白かったよ」
アベルの中で怒りのボルテージが地道に高まっていくのが本人にもよく分かった。
「最後は面白かったよ。こんな風に四肢を砕いた段階で影縫いを解いてやったんだ」
そう言いながらアベルの右足と右腕の骨を折りってから影縫いを解くと、アベルはそのまま身動きが取れないままに地面に伏す。
「この状態で止めを刺してやったんだ」
「………わたしを……」
アベルの目が気に入らなかったのだろう、ボルノは喋っているアベルの顔面を思いっ切り蹴り飛ばし、馬乗りの状態で太い首を絞めようとしてくる。
「こうやって首を絞めていくとあの女は最後まで涙を流して口をパクパクさせていたよ。今の君のように息が出来ないまま涎を垂れ流しながらな! 死んでいく感覚というのはどういうものなんだ? お前を殺したらそのまま息子の所に行って一緒の場所に送ってやるよ!なんだったら妹も同じ場所に送ってやる!!」
意識を手放しそうな状況でかすかに聞こえたその声にアベルは怒りボルテージを最大値まで高め、動かない右手でボルノの顔面に叩き込む。
「なぁ!? 馬鹿な! 何故動かせる。四肢の骨は砕いたはずだ! 視界だって殆ど塞がっているはずだ! その上で………まさか無意識!?」
意識を失った状態で大剣を作り出し、風の力を大剣に集めていきそれを寺院を背にして立っているボルノへとぶつけようとする。
最大値まで高めたといってもいいその一撃はボルノの全身を包み込み、ボルノはそのまま攻撃から逃げるようにホテルから飛び出ていく。
窓を突き破って寺院まで届く攻撃は鏡毎最上階を破壊した。
アベルは怒りや興奮で我を忘れた状態のみで見せる珍しい状態、その力を最大値まで引き出すとそのまま床に伏せてしまった。




