貴方を取り戻す 9
黒いモヤのようなモノに飲み込まれた瞬間気がついた事、それはこれがジェイドの中に収まっていた無数に渡る不死者達の魂であり、無に帰す事すら嫌がるそんな彼等の魂が「生きたい」という願いで動き回っているのだと。
ジェイドはこんなモノを二千年近くにわたって自らの身に居抱き続けていたのかと思うと、ジェイドの凄さを改めて身につまされる。
ブライトは俺の服の中へと隠れ、俺の体は更に星屑の鎧で身を守っているのだが、それでも上下左右前後がまるで分からない今、漂っているのかそれとも流れに身を任せているのかすらまるで判断が付かない。
両手両足をジタバタさせて抵抗してみるが、まるで効果が無いという事もあり俺は異能殺しの剣を呼び出すが不死者達の魂が濃すぎてまるで効果が見られない所を見ると本当に万事休すだろう。
『どうした? 此所で終わりか? お前は最後まで足掻くと決めたのでは無いのか? このままだとお前の大切な師もその奥さんすら飲み込まれるぞ』
俺の脳裏に見えてきたのは師匠とその奥さんを襲っている黒いモヤそのものだったが、俺はそんな光景を見せつけられて怒りを覚えないわけが無い。
しかし、両手を振っても、両足を何度も何度も歩くようにジタバタさせてもまるで意味が持たない。
『怒りが足りないのさ。不死者達の魂を許せないという気持ちがな。彼等の声を聞いてみろ…』
黒いモヤの中で聞えている声なんてずっと聞えているからもう気にしていなかったが、どの声も全てが自分勝手で他人をまるで考えようとしない声ばかり。
俺はそんな声に怒りを覚えてしまうが、それが本当に正しいのかまるで見当が付かない。
『正しいんだ。お前に足りないのは理不尽に奪う者への正当な怒りだ。そんな理不尽で不条理そのものとすら言える存在に何故お前は優しさを見せようとする。お前は私を倒すときですら慈悲を見せようとした。だから不死殺しの剣はお前を試すためにエネルギーを四つに分解して散開させたのだ』
「あれが不死殺しの剣そのものの意志だと?」
『その通りだ。お前は試されているんだ。当然のことだ。お前は優しすぎる。そんな優しさではこの先不死者達を殺す事なんて出来ない。少なくとも私は彼等を単純に許すことは出来なかったぞ。理不尽に奪われた者の怒りを誰よりも知っている。例え私自身が不死者と成り果てても、私は不死殺しだけは止めないだろう。ソラ…お前はどうなりたい?』
「……助けたい! 大切な人達なんだ! 大切な世界なんだ! 大切な人達が生きている場所なんだ! 大切な人達が生きていた大切な世界なんだ!! 理不尽に奪われてたまるか!!!」
『それでいい。理不尽な行動には怒りを持って返せ、不条理には毅然として立ち向かえ、奪う者を殺せ…それが不死殺しだ』
すると黒いモヤの中にハッキリと感じる剣の鼓動、かつて異能殺しの剣を手に入れたときにも感じた鼓動。
不死殺しの剣が放つ鼓動が俺に今の居場所をハッキリと感じさせ、俺はその剣目指して右手を伸ばした。
必死でそれを掴もうと右手を伸ばし、剣の鼓動が感じるその先へと。
奪う者から奪い返せ。
大切な人とその世界を護る為に理不尽に怒りを、不条理に立ち向かうんだ。
すると俺の右手に触れる形で堅い感触、そして握りしめたその堅い物から感じる剣の鼓動をハッキリと見つめる。
不死殺しの剣が俺の右手に捕まっており、俺が元々持っていた異能殺しの剣が一つに合わさっていく。
「それでいい。五極の一つはお前を主として認めた。これからはいかなる行動も全ては力で返してくれるはずだ」
「ジェイド…」
「私だけじゃ無い。もう分かるだろう? お前をこの不死者達の魂の中で護っていた者達の魂が」
ジェイドだけじゃ無い。
三十九人や海洋同盟事件で死んだ人達や、研究都市で死んだ孤児達の魂、世界中で起きていたジェイと達との戦いで失ってしまった多くの人達の魂が俺とブライトを護っていた。
そして、彼等が言いたいことはたった一つ。
不死者達の魂を今度こそ倒して欲しい。
「行け。英雄」
「「「行って英雄。私達の英雄。自らが信じる道を進んでこれからを護り続けていくために。そんな貴方の道になれたのだと誇りにさせて欲しい」」」
「ありがとう」
俺は剣を振るう。
アックス・ガーランドは奥さんに「私は良い。お前は逃げろ」と言いながら諦めようとするが、奥さんは絶対に諦めようとはしない。
出来るわけがない。
やっと目の前に自由になれる人が居て、その人が自分が愛する人で、その愛する人を待ちわびてる人達が沢山居るのに、ここで諦められるわけが無い。
何度も何度も自分自身言い聞かせた諦めの言葉、諦めた方が良いと、どうせ叶わない夢だと何度も信じさせた。
でも、ソラが言ってくれた言葉が、帝城前で中継を通じて世界中の人が待ちわびているのだと分かった時、この人は世界に居ても良いのだと思わせてくれた。
「世界中の人が貴方を待っている。ソラ君も…皆だってそうよ! 私も待っていた。やっと長年の責務から解放されて、貴方が夢を終えるのに、貴方の英雄を受け継いでくれる人が現れたのに…貴方を諦めるなんて出来ない」
「エ、エレナ……」
「貴方が好きだった。格好良くても、かっこ悪くても、胸を張って居る貴方も、泣いている貴方だって好きよ。絶対に諦めない。この人を話しなさい」
「もう良いんだ。お前まで巻き込まれる…」
アックス・ガーランドが諦めの言葉を放つ中黒いモヤから眩い光が放たれる。
「離せ…俺の大切な人に……俺の大切にしている人が好きな人から……誰かから奪うだけのお前達が触れていい人じゃ無い」
「ソラ?」
「ソラ君?」
「理不尽に奪って…不条理のままに生きて……多くの命を奪うだけのお前達がどんな理由があって大切な人達とその世界を傷つけるんだ! 絶対にさせないぞ!! この人からは慣れろ!!」
眩い光と共にソラは完全殺しの剣を握り現れた。
「ぷはっ!! 息苦しかった…」
「ブライトもう少し我慢するだ。もう少しで終わる。終わらせる。行くぞ…完全殺しの剣!」
完全殺しの剣の刃が確かに鈍い光を見せまるでソラの言葉に反応したように見えたアックス・ガーランドと奥さん。
アックス・ガーランドには今目の前に居るソラが逞しく見えた。
大きく立派に成長したソラの姿。
不死者達の魂達は声にならない咆哮を上げてソラへと襲い掛っていく、その姿は黒い化け物の様に見えたが、ソラはまるで怯える素振りを見せないまま完全殺しの剣を両手で突けよく握りしめた。
「無撃。一ノ型。無我」
両手で力強く横に振り抜くと黒いモヤが吹っ飛ばされそうになるが、それでもギリギリまで耐え抜いてからもう一度飲み込もうとする中ソラはそのまま体を一回転させてから二撃目に入る。
「無撃…六ノ型……夢幻世界!!! この世界から…消えろ!!!」
黒いモヤそのものを完全殺しの剣はソラの心に答えるように吹っ飛ばし消滅させてみせた。
文字通り完全に殺したのだ。
「師匠…やっと終わったよ」
「逞しくなったな…」
「ありがとう。ソラ君」
「よくやった」
ソラ達の会話にジェイドと先代の聖竜が割り込んできた。
「やっと終わったようですね。これで不死者達の魂がこの世界において悪さをする事はありません」
「………」
「ブライト。行ってこい」
ブライトは「うん」と呟いてから勢いよく先代の聖竜の元へと飛んで行った。
顔に抱きついて涙を流すその姿は正しく子であり、それを愛おしい顔で見守っている姿は親であった。
今ようやく親子の再会が果たされた瞬間であった。




