北の近郊都市 1
北の近郊都市はガイノス帝国発祥の地であり、今から十六年ほど前にガイノス帝国軍の革新派が共和国軍と共謀して中立派への見せしめの攻撃で滅び、その唯一の生き残りとなったのが父であるアベル・ウルベクトである。
当時のガイノス帝国では軍部が四つの派閥に分かれて争っており、主戦派、保守派という古くから存在する派閥と革新派と中立派という比較的新しい派閥の合計四つに分かれていた。
主戦派と中立派は戦争開戦時の不手際から政治から遠ざけられ、その間に革新派と中立派が軍部と政治のトップを掌握してしまったのだが、それが北の近郊都市という悲劇の都市を造り出す結果になった。
軍部や政治でトップを目指していた主戦派は革新派と共に共謀して共和国を嗾けて中立派の拠点となっていた北の近郊都市を襲ったのだ。
では何故中立派の拠点が北の近郊都市なのか、それがバレた切っ掛けは何なのか、それをケビンが夕食の途中で聞いてきた。
「四つの派閥の中で最も新しい派閥が中立派なんだが、その中立派が速い速度で政治のトップを掌握した理由、それは彼等の後ろ盾が皇族だったからなんだ。勿論、皇族の政治への直接的な干渉は禁じるという項目がある為あくまでも後ろ盾程度のレベルだが、それでも後ろ盾が皇族という事は大きい。だから北の近郊都市という都市が後ろ盾である事がバレてしまった」
「どういう意味です?」
「要するに皇族が頻繁に北の近郊都市を出入りしていたらいつかはバレるだろう? バレたんだよ…皇族が北の近郊都市に何度も通っていると。当時は中立派が皇族の後ろ盾を得ているとは証拠こそ無かったが、もう軍部の殆どは知っていた。中立派は上手く追求を避けるために証拠を一切残さなかったから追求する事が出来なかったんだ。だが皇族が頻繁に出入りしていると言うことはそこが中立派の拠点の可能性が高い。そう考えた両勢力は…襲ったんだ」
「それ当時はどうなったのですか?」
「結局共和国軍も手を打ち野盗という証拠こそ見つかったが、両勢力所か共和国が関わったという証拠は当時出てこなかったんだ。それが見つかったのは十六年後、丁度去年の四月の帝都クーデター事件での事だったんだ」
「うん。帝都クーデター事件は中立派を引きずり落としたいという革新派が主戦派を出し抜く形で始ったんです。主戦派はゴタゴタを利用して有耶無耶にしようと試みたんだが、結局でそれは自分達が介入したという証拠にしてしまったんだ。結局革新派の拠点に諸々の証拠があり両勢力は共倒れになってしまった」
「その過程で潰れてしまった北の近郊都市は少し可哀想ですね。北の近郊都市自体は決して中立派に協力をしていたわけではないのでしょう?」
「それは分からない。俺達じゃすくなくともな…父さん達なら知っているだろうけれど多分教えてはくれないだろう。最も唆せば父さんは漏らしそうな気がするけど、この場合は多分かなり大変だ」
それに北の近郊都市襲撃の裏に居たのはボウガンと聖竜だったはずなのだ。
全ては竜達の旅団という異能、正式名称魔法名『可能性の支配』の能力を二乗化させ本当の意味での『異能殺し』を実現するために最後の実験。
異能殺しという名前は遙か以前より言い伝えられており、その名はジェイドが幼い頃からという事だし、少なくとも二千年以上前から伝わる名前であるはずなのだ。
その名の通り『異能を殺す』という意味があり、この場合『異能を殺す』という意味には『バランスを取る』という意味を持っていた。
異能は本来はこの世には存在しないモノであり、それ故に過剰な力は世界のバランスを崩す可能性が高い。
でだ。
この場合の世界のバランスを崩す存在で分かりやすいのは『不死者』である。
不死者は異能で永遠を手に入れてしまった人間達であり、彼等は世界のルールや秩序を乱してしまう存在でしか無い。
そんな『不死』という異能を殺す事が出来るのもまた『異能殺し』が最も優れている方法でもある。
「どうしたの? ソラ君?」
「いや……何でも無い」
異能殺しという存在が一体何を意味しているのか、当時の俺は何も考えていなかったわけだが、今は自分が生きている意味、三十九人が犠牲になった意味も、そしてジェイド達が積み重ねてきた意味も分かる気がする。
明日全てが決るんだと思うと少し不安ではあるが、だからと言って不安だと言って何かが変わるわけじゃ無い。
不安だという気持ちをグッと抑えるしか無い。
「北の近郊都市ですか…何かと因縁があるようですね? ソラの今の態度を見る限り。何か隠している意味があるんじゃないですか?」
「………ケビンは鋭くて嫌になるね」
黙っていれば良いことなのだが、どうにも鋭いところがある。
俺は溜息を吐き出しながら北の近郊都市襲撃事件の裏の事情を語り出した。
ある程度は決っていた裏の事情。
「そんな事情があったのですか…少し可哀想ですね。崩壊することがある程度は分かりきっていた都市ですか…」
「それこそウルベクト家が崩壊を誘ったんじゃ無いかって今でもそう思うよ。でも…」
「それが無いと世界が崩壊していたんだもんね。仕方が無いって言えないけど、それでも死んだ人達は浮かばれないかもね」
「だな。ボウガンとかもそれが分かっていてやるしか無かったんだろうけどさ、当時のボウガンは人に戻ることを諦めている頃?」
「だと思うけど。同時にまだギルフォードを見出していない頃のボウガンだな。この後だから、彼がギルフォードを見出したのは」
「ですね。そういう話でしたから。時系列順に考えれば北の近郊都市襲撃事件の後恐らくは異能殺しの完成を見届けてからギルフォードさん候補を探し出していたという感じですかね? 無論その間もソラが危険な目に遭わないように調整はしていたでしょうけど…。で、こっちに来てからは先代の聖竜が保護をしていた」
「ということになりますね。先代の聖竜が記憶を得て当代の聖竜であるブライトに渡さなかったのは要らない責任感を背負わせたくなかったからでしょうか?」
「だな。ブライトの性格を考えれば自分が北の近郊都市襲撃の裏にいるなんて知ればショック所の話じゃ無い」
それを嫌がったのだろう。
ボウガンも今頃背負っているのかも知れない。
だが、それをどうにかする術を俺は決して持たないのでそれ自体はボウガンが責任を背負って生きていくしか無いんだ。
「ボウガンですか…今頃どこに居るんですかね? 念の為に異世界連盟は探しているという噂ですけど」
「どうだろうな。今は世界の安定が最優先事項だろう。その後だよ…探すのは」
「どのみちその間にボウガンは逃げる事が出来るさ。どうするのかは知らないけど。それこそまだ彼が悪事を働くというのならギルフォードには悪いけどその時は殺すしか無いと思っている。無論俺だって彼は大丈夫だって思って居るけどな」
「…あまり信用は出来ませんよね。キューティクルを生かしている理由は単純にあのまま泥沼化するのを防ぐのが目的だっただけですから」
「負けるのが嫌だっただけじゃ無い? うわぁ!?」
「次その口から私に対する侮辱の言葉を口にしたら本当に殺しますからね。良いですか? これは警告ですよ…」
「どうでも良いけど店内で撃つのは止めろって。店員さんが俺達を見て居るだろう?」
マジでレクターとケビンの相性が悪くて困るレベルなのだが、店員さんが銃撃音に驚きながら睨んでいる。
多少有名人だから一発目は許されているようだが、多分二発目は許されないだろう。
食べている途中で追い出される。




