東の近郊都市 10
帝国の長い歴史の中で貴族が問題になったことは決して少なくない、というよりは古くから続く問題の殆どを貴族が起こしていると言っても良いだろう。
それだけ貴族という存在が起こしてしまった問題は非常に大きく、それが五百年前の貴族内紛へと繋がるのだがら分からないもので、その貴族内紛もまた聖竜たちによってある程度コントロールされていた。
当時ノーム家に渡していた竜の欠片を回収するという役目、それを終えた後俺がやってくるのを舞っていた。
もしかしたら、貴族達の問題行為を敢えて政府は見逃していたのかも知れないと今ならそう思えるのだ。
いつかは貴族を切り離すつもりで見逃し、貴族内紛はそういう意味では起こるべくして起こった出来事なのかも知れない。
それは流石にうがち過ぎなのかもしれないが、それでもある程度は意図的にコントロールされていたもの。
例えそうなのだとしても今更国を疑うなんて選択肢があるわけが無く、どんな国にも闇はある、問題はその闇と国がどう向き合い、どうやって付き合っていくのか。
国の闇を暴くことに意味なんて無いんだと俺は思っている。
闇を暴きたいというのは結局でその意味を先送りにしている正義感を義務感と勘違いしている人間の自己陶酔の結果に過ぎない。
闇はそっと伏せて隠しておくことも国を維持する上では大事な事なのだ。
だが、同時に今目の前に居る狼男の様に恨みを重ねて死んでいく者もまた多い。
狼男は何度も何度も「ぶっ殺す」と言いながら俺達へと接近していき、俺と海とレクターに向って纏めて爪による斬撃攻撃を何度も何度も繰り出すのだが、その姿を見ていて少しだけ心苦しくなっていく。
彼自身が抱く恨みはそれこそ己の行為の棚上げ行為かもしれないと思うと可哀想だと言い張ることも出来ないのだ。
先ほども言ったとおりこの場所にいる奴隷達の殆どは敵国の敗戦者でもあり、同時に彼自身もまたそういう想いを抱かせてきたかも知れないのだ。
戦い方自体が決して素人のそれではないので、確実に彼は元兵士である。
連れてきた敗戦国の兵士を奴隷のように扱うのだが、恐らく此所に連れてくる奴隷の殆どは所謂位が高い人間だろう。
将軍とか佐クラスの人間達が此所に集められて日夜奴隷として扱われている。
だからこそ彼は『プライド』をへし折られたし、家族を滅茶苦茶にされたと非難しているのだと思った。
だが、冷たいことを言えばそれもまた敗戦国からすれば仕方が無いことだし、敗戦国を指導していた、指揮していた立場から考えれば大体の人間は死刑に成る事が多い。
帝国はそもそも死刑制度が無かったと記憶しているので、ここは元々敗戦国の重要な人物達を隔離している場所だったのかも知れない。
「ぶっ殺す!!」
「もう…殺してあげたらいかがですか? 幾ら動きが素早いと言っても慣れてきたのではありませんか? 最初の方はギリギリでしたが、今は結構余裕がありそうですし…」
「まあね…まあ楽にしてあげた方がいいのかも…ソラと海もそれでいい?」
「はい。やりましょう。もう…」
俺は何も言わず接近していき狼男に横に切りかかると、狼男はジャンプで回避して俺の後ろに回り込もうとする。
狼男は俺の背後から俺の背中目掛けて爪を突き立てて切り裂こうとする瞬間、海が狼男に音も無く気づかれること無く斬りかかった。
狼男は苦しみながらも海に向って切り裂こうとフラフラした足取りで接近していくが、海はそれを余裕を持って回避し狼男の右腕を力一杯切り裂いて吹っ飛ばす。
空を舞う狼男の右腕、傷口を押さえながらそれでも攻撃する手を緩めようとはしない狼男、そんな狼男の鳩尾に右拳を叩き込んで吹っ飛ばすレクター。
血の海に沈んでいく狼男を俺達は何処か哀れに感じてしまった。
「少し可哀想な気がしますけど…でも」
「良いんですよ。ジュリ。彼自身何処かおかしいって分かっていたはずです。家族が居て、ここに居る理由が「負けたから」と言うのも分かっていて不満を私達に向けていたのでしょうし」
「だな。俺達は楽にしてあげることしか出来ないんだ。エネルギーを解放して時間を確認しよう」
俺が先頭に立ってエネルギーのある場所まで移動して行き、エネルギーを異能殺しの剣で切り裂いて解放してから空間が消えていく。
そして、俺達はエルメスさんの自宅の中に不法侵入している形になり、メイドさん達が物凄い驚いた顔をしているのだが、俺達は必死で弁明し事前にサクトさんからの連絡があって問題なく出て行くことが出来た。
時刻はすっかり夕方になっていることが時計で確認でき、このまま北の近郊都市にでも向うかと思ったが、北の近郊都市はまだ再開発前で空港もまともに無い上、基本宿泊する場所が無い。
なので俺達は東の近郊都市で宿泊して朝早くに飛空挺で北の近郊都市まで向うことになった。
と言う事で夕飯を先に済ませるか宿泊先を探すかで軽く揉めた結果、先に宿泊を先に探す事になり、俺達は空港近くの手軽に使える宿泊先を手配してから夕食の場所を探すことになる。
先ほどとは違うお店が良いと主張し始めたケビンの願い通り、先ほどがピザだったので今度は肉料理がメインのお店を選んだ。
落ち着いたお店の雰囲気が良い感じで、俺は一番奥の席を選んで座り込んでから大きく溜息を吐き出した。
「疲れた…マジで…明日もあるのか…」
「仕方ないではありませんか。ですが明日の北の近郊都市での一件を終えてその上で儀式に挑む必要があるようですし」
「言わないでくれ。それを言われるとテンションが落ちるんだ。でも…」
「やるしか無いよね? もう今更逃げるなんて出来ないし、ソラ君は…」
「逃げないよ。俺がしたい事なんだから。例え目の前に何十個ハードルが在っても俺は乗り越えるだけだから。誰かさんがネタばらしをしてくれたからな」
レクターが口笛を吹きながら誤魔化そうとする素振りを見せる。
「しかし、死領の楔とやらはブライトに預けていて大丈夫なのか?」
「大丈夫だろう。少なくともエアロードやシャドウバイヤに預けるよりはマシだ。アンヌが二人の面倒を見てくれているし、もうじき母さんも奈美も戻れるって話だからさ。父さんは相も変わらず逃げているらしいけど」
「本当に…あれで軍のトップが務まるのでしょうか? この国が不思議ですよ」
「やるべき事ぐらいやってくれるでしょ…多分」
俺は水を一口だけ飲み込んで口内を潤す。
「ソラ君はガーランドさんが戻ってきたら何かしたことある?」
「したいこと? えっと…無いよ。無いと言うか生きてくれたらそれ以外は俺は何も望まない。出来る事ならもう戦いとは無縁の生活をして欲しいけど…」
「父さんの性格を考えたらそれは無理ですね。でも、多分直接戦う事だけは止めるとは思うけど。母さんも止めさせると思う。もう…こんな気持ちにさせないとおもう」
「でないと困る。こんなに皆に心配かけてまた戦いに行くって言い出しても困るよ」
「ですが、それはガーランドさんが選ぶことでしょう? まあ貴方達が全力で拒否すれば説得に応じるかも知れませんが、それを貴方達は望むのですか?」
「どうだろうな…俺は出来る事なら止めたいとは思うよ」
「元々止めるつもりだったんでしょう? 軍。なら自らが戦いに赴く事だけはしないと思うけど?」
「レクターが言うと不安になりますが、私もそう思いますよ。信じてあげたらどうですか? それに不安なら今度こそ護れば良いだけです。ソラや皆が…」
「そうだな…」
俺が護れば良いだけなんだ。
これからも…。




