無間城の戦い 22
ボウガンは部屋で大人しくしているとカールの気配が完全に亡くなった事に気がついた。
死んだと理解すると同時に感じるカール自身がどこか『納得した』という気配、少なくとも彼女は救われたのだと分かった。
カールはアンヌの手によって救われたのだと、ならとボウガンはふと思うのだ。
自分も救われるのだろうか…そんな風に考えてから自傷気味に微笑みながら「あり得んな」と笑ってしまう。
そうできないようにとあれだけギルフォードに恨みを買うようなことばかり選んできた自分が、そんな事が出来るわけが無い。
彼と初めて出会った時から決めていた…もし自分を殺すのなら彼にしようと決め、そうするようにと色々と策を巡らせていた。
選んだ理由は幾つかあったが、その中でも初めっから彼自身に宿る異能に気がついていたからであり、同時にソラ・ウルベクトをぶつけることで彼自身もギルフォード自身も成長させようと考えた。
だからこそ、ギルフォードの妹が助かるようにと水面下で動き回り、ソラ・ウルベクト達をあの地へと誘導したのだ。
吸血鬼になったあの日からずっと考えていた楽になる方法、同時にそんな思いとは裏からに誰かを不幸にし続けるという矛盾、得にボウガンはベルに対しては異常なほどに申し訳無いという気持ちが強かった。
ボウガンは自分の気持ちで彼女を千年以上に渡って無理矢理生かし続け、それでも彼女はボウガンに対して『恨み言』を決して言わないようにしていると思って居る。
それはボウガンの勘違いであるとわかりもしないまま、ボウガンは今もこの瞬間にも自分の願いを否定し、ベルの本当の気持ちにも気がつくことも無く生きていた。
ベルが常に思い抱いている気持ちである『生きていて欲しい』や『人間に戻って欲しい』など全く気がつく気配が無い。
ベルは決して恨み言を抱いて居るわけじゃ無い。
それをソラはギルフォードへとちゃんと伝え、ギルフォードはそれをキチンと受け取ってから歩き出す。
ボウガンに対してではギルフォードがもう恨みを抱いて居ないのかと言えば、これだけはハッキリと言えるが、彼は今でも恨み言を抱いている。
でも、それで殺しても罪を償うという事には成らないし、なによりもあんな人の良い親方がそんな事を許すわけが無い。
恨みを殺意で晴らすことは簡単に出来るが、罪を犯した者に『生きて償え』と言い、それを強制できる人間はそうは居ないだろう。
「きっと親方なら『許せ』って言うんだろうな。そして、きっと『構成させてやれ』と言うんだろうな。それがどれだけ俺が難しいと分かっていても」
今なら分かるとギルフォードはふと感じるときがある。
きっとボウガンは自分に初めて出会った時から「どうやってこの男から恨まれるか」と考えていたのだろう。
それこそ海洋同盟の中でその候補は自分だったに違いない…と。
不幸な生い立ちを持って生まれてきて、あっという間に唆されてくれるそんな人間を捜し求め、その人間が異能を扱う強い人間という候補を満たした。
ボウガンが初めてギルフォードと出会ったのは海洋同盟の軍の訓練施設での出来事であり、どこか純粋でそれでいて危うさを秘めている逸材。
仲良くなれるかと言えば正直に言って「無理だな」と思えたのを今でもハッキリと思い出す。
実際話すようになってもどこか目標に向って突き進み、身内を疑うことを全くしない彼は多分闇に鈍かったのだろう。
闇を覗いて生きてきたのに闇に鈍く疎ましい人間なんてそうは居ないだろう。
海洋同盟は『嘘つきの国』だと何度も言ったことがあったが、それを果たしてギルフォードはあの戦いまでに信じていただろうか?
きっと考えていなかっただろう。
ギルフォードはそういう意味では少しズレていたようにも思えるが、それでも海洋同盟という国を恨んでいたことは確かに事実。
きっとソラ・ウルベクトさえ居なければ彼はあのまま復讐に突き進み敗北して死んでいただろう。
それはそれできっと彼は両親の元へと迎えたはずだ。
無論そこに妹は居なかっただろうが…。
決してボウガンはギルフォードの妹を助けたかったわけじゃ無く、結果論として妹を助ける手助けをしてしまっただけ。
正確に言えばソラを背馳した結果助かったのだ。
「やはり結果論だな。誰一人助けようとしてそんな配置を組んだわけじゃ無い。強いて言うなら助けると決めて動いた者が居たとしたらそれはソラ・ウルベクトだけだ。自分でああなるようにと仕向けたし、それがバレるようにしたはずだが、あの少年は…」
ソラ・ウルベクトは真実を知りながらもそれでもボウガンを恨むことは決して居なかった。
いや、下手をしたらあのソラ・ウルベクトが本当の意味で「誰かを恨む」という事は決して無かっただろう。
誰かを恨めば誰かが彼を止めるだろう。
「あの少年は周りに恵まれているな。それをあの少年が自覚していることが嫌みに感じるぐらいに…」
ソラ・ウルベクトは周りに恵まれており、それ自体はソラ・ウルベクト自身もまた理解をしているのだ。
端から見れば嫌みに見えるかも知れないが、本人も周りも全くそれを抱いていない状況ではただの逆恨みになってしまう。
ギルフォードもそれ故にただ恨むと言うことも、憎しみを抱くことも出来ないのかも知れないとボウガンは思えた。
ここでギルフォードがボウガンを恨むことが出来てもソラ達がそれを許さないだろう。
「あの少年をここまで連れてこないと俺の目的を達成出来なくて、連れてきたら連れてきたらで人の計画を阻止しようとする。困った少年だな。あの時の赤子があんな子に成長するとは思えなかったのだが…」
ボウガンはソラを知っている。
竜達の旅団という別名が与えられている異能が強化されているのか、それを遠目で確認するという目的があったのだ。
赤子を抱く母親の姿を見て確信できた。
あの赤子こそが竜達の旅団という異能を宿した少年であると。
「あの子がここまで成長するとは思えなかったんだが…」
成長をそれとなく追い続けて行き、ソラが危険が迫る度にコッソリとそれを遠ざけていたし、それこそあの少年を何処か自分の子のように見ていた時期もある。
ボウガンはある意味ソラ・ウルベクトと共に過ごしたのかも知れない。
バレないようにとしてきたつもりだが、今思えばもうソラ・ウルベクトは気がついていたのかも知れない。
それもそうだろう。
「バレるか。幾ら目的があるとは言っても危険から遠ざけないといけないわけだしな。あの少年がその辺りに気がついていないわけじゃ無い。親代わりが多い少年だな。実の父親と言い、新しい別の世界の父親と言い、師としての父親と言い…本当に恵まれているよ。そのくせに母親は一人しか居ないのだから女癖については一途なのかも知れないな」
好きになればそれを一生続けていくのだろうし、そういう意味ではジュリという少女は恵まれている方なのではと思える。
誰かになびく心配が無い訳なのだから。
三十九人には申し訳無いことをした思っているが、それでも彼等の犠牲無くしてこれまでの流れは出来なかった。
彼は起爆剤なのだと彼等に説明した記憶がある。
当初彼等は自分に恨み言を吐いていたように思うが、最後は納得したようだった。
いや…納得するしかなかったのかも知れないと今なら思う。
ギルフォードがいつか自分を殺すと決めて生きてきたし、それを三十九人は知っていたはずだと思っているが、最後にあのテトラという日本人が言っていたことが気になってしまう。
「貴方が幸せに成る事を祈っています」
そして、ギルフォードは扉を開く




