兄弟、二つ目の届け物を受け取る
「……長いこと引き留めて悪かったな。とりあえず今日のところはここまでで十分だ」
「私からはたいした情報の提供はしておりませんが」
「構わん。正直、こっちからお前に情報を与える方が有効だと分かったことが収穫だ。お前の観察眼と考察力は、今後あてにさせてもらおう」
「分かりました」
ウィルは頷いて、傍らに置いたままだった紙袋に手を伸ばした。
てっきり空になった袋を回収して帰るのかと思ったのだが、予想に反してそこにはまだ何か入っているようだった。
彼がごそごそと袋を漁る。
「ところで、他にもザインからのお届け物があります」
「え、他にも?」
ユウトが首を傾げると、ウィルはその眼前に可愛らしくラッピングされた包みを置いた。そして、レオの前にも濃紺の落ち着きのあるお洒落な包みが置かれる。
中身がまったく想像つかない。
「……誰から……いや、ザインでお前と関わりのある人物だと考えれば、もはやあいつらしかいないか……」
「ミワとタイチからです」
「え? 何か装備でお願いしてたものあったっけ?」
「いいえ。プレゼントだと言っていました」
「プレゼント……」
ユウトがすごく微妙な顔をしている。
「……おい、そのインスタントカメラは何だ」
「それを装備した2人を撮影してこいと言われました」
向かい側で、無表情のままのウィルがインスタントカメラを構えていた。タイチあたりが迷宮ジャンク品屋で手に入れたものだろうか。
アニメ雑誌やコスプレ雑誌が出てないかちょくちょくチェックに行くようだから、そのついでに買っていたのかもしれない。
「あ、開けるの怖い……」
「開封前のワクワクを削ぐようで申し訳ありませんが、中身はただのエプロンです。スッと開けて下さい」
「ワクワクなんて微塵もしとらん」
「……エプロン? 何でいきなり?」
「お二人が料理をするとネイさんと言う方に聞いた瞬間に、天啓が降りたと言ってました」
「あの狐目、余計な情報を……」
イラッとするレオの隣で、エプロンだと知って少々落ち着いたユウトが恐る恐る包みを解いた。
そっと中身を覗いて、ぱちりと瞳を瞬く。
「ん? あれ? 思ってたのと違う……」
広げてみると、黒地のシンプルなデザインに差し色の赤が映える、イケメン料理研究家が着るようなエプロンだった。見るからにユウトには大きい。
もしかして中身を入れ間違えたのだろうか。
そう思いながら首を傾げると、ふと包みの中にメッセージカードが入っているのに気が付いた。
そのカードはタイチでなく、ミワからだった。
『このエプロンを兄に着せるのだ。さすれば、属性「製菓+5」「耐甘+5」が付くであろう。甘い匂いに打ち勝ち、お菓子作りが格段に上手くなるエプロンである』
明らかにユウト宛のメッセージ。
おそらくレオに普通に送っても着てもらえないと分かっているのだろう。弟を使って兄にエプロンを着せようというのだ。
その魂胆は見え見えだが。
「……レオ兄さん、このエプロン着て!」
ユウトは乗った。「製菓+」とか「耐甘+」とか嘘くさいレベルの属性だが、何となく『もえす』の人間なら自ら作り出しそうな気すらする。とりあえず試してもらっても損はない。
甘い物が苦手でその匂いにも眉を顰めるレオだが、これがあれば料理上手の兄のこと、美味しいお菓子を作ってくれるに違いない。
けれどレオは突然瞳を輝かせたユウトを怪訝そうに見て、首を振った。
「別にわざわざエプロンとかいらん。何でいきなり乗り気になってるんだ。……しかし、そっちに俺用のが入っていたということは、こっちはユウト用か?」
エプロンしない派のレオは自分用には興味がない。
だが、手元にある包みの中身がユウトのものなら話は別だ。間違いなく作成者はタイチの方だろうし、外れはないと知っている。
レオは躊躇いなく包みを開けた。
「む、これは……」
ひらり、と広げたエプロンは、フリルの付いた白地ベースの可愛いものだった。
よくあるケバいびらびらフリフリエプロンとは違う。要所要所に使われたフリルは控えめで、ユウトに似合いそうな清楚な感じだ。
レオも同じように包みの中にメッセージカードを見つけて、それを拾い上げた。
『ユウトくんに着せて下さい。絶対可愛い。間違いないです。その上で「愛情調味料+5」「特殊効果+3」が付いています。料理に愛情を込めるとそれを旨味調味料に変換して美味しさUp、特殊効果によりその料理を食べると一時的にランダムでパラメータがUpします。着せない理由が見当たらないです。レオさんなら分かってくれるはず』
カードにみっちり書かれてて読みづらい。
まあ簡単に言えば、良い効果付けたからユウトに可愛いエプロン着せろということだろう。
レオならこの話に乗ってくるに違いないと思われているのだ。
「……ユウト、このエプロンを着けろ」
うん。乗るしかない。
そもそもこのエプロンデザインだけでもユウトに着せるに値する。
さらに、よく言われる『愛情は最高の調味料』が本当になる上に、それを頂けば一時的とはいえ能力アップまで付くなんて、着せない方がおかしい。
とりあえずユウトの愛情味の料理食いたい。
しかし、フリルの可愛らしいエプロンを差し出されて、弟は眉をハの字にした。
「え……そんなの恥ずかしいよ」
「恥ずかしくない。絶対可愛い。むしろこれはお前にしか似合わない。お前もそう思うだろう」
カメラを手にしたまま二人のやりとりを黙って眺めていたウィルに、レオはいきなり同意を求めた。
が、彼はそんなことで動じる男ではない。無表情のまま正論を述べた。
「似合うも似合わないも、エプロンなんて家事の汚れを防ぐ布ですよ。良い効果が付いてるのですから、とりあえず着けておけばいいと思いますけど」
「……そう言われてしまうとぐうの音も出ない」
「……何か、恥ずかしさとかどっか飛んでいった」
「一応、そのエプロンを正式にお二人に差し上げる条件が、エプロン姿を写真に収めることなのです。着けるか着けないかではなく、要るか要らないかで判断した方が分かりやすいかもしれません」
さすがと言うべきか、思考誘導も長けているウィルはこちらが判断しやすい基準を提示する。
着けるかどうかでは揺らぐ気持ちも、要るかどうかで言えば二人とも答えは同じ。
「要る」
「要ります」
「でしたら着けないという選択肢はないわけです。はい、それぞれエプロンを着けて下さい。渋るのは時間の無駄です」
ウィルの言葉が正しすぎて従うしかない。何たる合理主義。めっちゃクール。
レオたちは上着を脱いで、おとなしくエプロンを着けてみた。
「……やっぱり似合ってるな。ユウト」
「レオ兄さんも似合うね。カッコイイ」
抵抗があるのは着けるまで。着てしまえばどうということもない。人がうだうだするのは、結局何かをする前段階だけなのだ。ウィルはその心理を知っていて、二人を上手く誘導した。
「ではお二人とも、何か家事してもらえますか。私が適当に写真を撮っていきます」
「このまま撮るんじゃないんですか?」
「ミワとタイチはバリエーションが欲しいらしいので」
「家事……まあ、そろそろ夕飯の下ごしらえの時間だ。ユウト、一緒にジャガイモとにんじんでも剥くか」
レオは、ウィルに反論するのは労力の無駄だと割り切った。
彼はレオ以上に合理主義で無駄がない。従った方がおそらく早く終わる。
「今日のメニューはシチューかカレー? それとも肉じゃがとか?」
「どれでもいい。ユウトは何が食いたいんだ」
「シチューがいいな、チキンの」
シンクの前に立って、二人で野菜の皮を剥き始める。
そしてウィルも、横や後ろから写真を撮り始めた。
「……おい、その写真って何枚くらい撮るんだ?」
「フィルムを50枚預かってきています。それを使い切れと」
「50枚!? そんなに使って、無駄じゃないかなあ」
「無駄ではありません。その価値は彼らにしか分からないのです」
言いつつ、ウィルはシャッターを切る。
その音を5回くらい聞いたところで、不意にレオが彼を振り返った。
「お前は何であいつらの頼みを聞いてるんだ? 俺たちの写真を撮るのなんて、お前には何の得もないだろ」
「これは正当な対価のあるお遣いみたいなものです」
「対価?」
訊き返すと、ウィルは写真を撮る手は止めずに説明した。
「私が魔物のデータを収集しているのは先ほど申し上げた通りですが、それと平行して高ランクモンスターの素材を少しずつコレクションしているのです。ザインに行くといつも『もえす』の仕事で余った端材を頂いてきます。その対価として、彼らの頼みをいくつかきいているのです」
「ああ、そういうことか」
ここに至って、ロバートが息子にレオたちに仕えることを勧めたのは、これがあるからかと得心がいった。
自分たちには、上級素材を手に入れている実績がある。端材程度ならいくらでも彼に提供できる。
ロバートの狙いはウィルのコレクションを応援するためにというよりも、それによって息子とこちらにはっきりとしたWInWin関係を築くことだろう。
それだけ彼はレオたちを買っているということだ。
「じゃあ俺たちも対価を出せるな。お前に力を借りた時は魔物素材で対価を支払おう」
「いや、私が集めているのは高ランクモンスター……ランクA以上の魔物の素材ですが。レオさんたちはまだランクCとD……」
「まあ、その辺の説明は後日な。ちょっと待て」
レオは一旦ジャガイモを置いて手を洗うと、昔持っていた圧縮ポーチを出してきた。
「今日も色々話を聞かせてもらったし、対価を出そう。『もえす』に渡した素材の端材はあるんだな? だとすると、電撃虎の爪と、尾槌鰐の皮あたりでいいか」
「は、え? ちょ、待って下さい、何でそんなものがここに!?」
「だから、説明は後日」
大半は職人ギルドに売ってしまったが、今後の『もえす』への依頼で必要になるかもしれないと少しずつ素材を残していたのだ。
それをテーブルに出すと、無表情だったウィルが明らかに動揺して言葉を失った。
「……それは紛れもないランクS素材……おまけに素材の剥ぎ方も美しく処理も完璧……」
「必要な分だけ切り取って持って行け。爪はそのまま持って行って良い」
「いや、この爪ひとつで金貨10枚は行きますよ!? それを……」
「兄さんが良いって言うんですから、もらって大丈夫ですよ。足りなくなったらまた狩りに行けばいいんですし」
「また狩りにって……最近この魔物を倒したのは……あなたたちはまさか……」
ウィルはカメラを置いて、天井を仰いだ。
そのまま、しばし3人の間に沈黙が走る。
そして数瞬の後、おもむろに彼は両手を広げ、大きく息を吐いた。
「そうか、そういうことか……。はい、理解しました。あなた方が……私の神だと!」
「……ん?」
「神って?」
再び視線をこちらに戻した彼の表情が何かヤバい。
さっきよりヤバい。
「私はあなた方の下僕です! 犬とお呼び下さい! ああ、まさかこんな近くに私の求める神がいたなんて!」
「いやいや、待て待て待て。落ち着け、何のことだ」
「ちょっ、平伏とかやめて下さい!」
「靴を舐めろと言われれば喜んで!」
「うわあん、怖い!」
「お前こら、ユウトを泣かすな!」
いかん、この男は魔物素材やデータのことになるとぶっ壊れる。
すごく使える人間なのに、めちゃくちゃ厄介だ。
……今後、ウィルへの対策を考えよう。
そう考えながら、レオは彼を部屋の外につまみ出した。




