兄弟、戸惑う
「……俺の持つ情報を話すのは構わんが、一般には出回っていない話もあるぞ。お前が知らないことも間違いなくある」
「だからこそ、レオさんに先に情報を提示して頂きたいのです。私の持つ情報と擦り合わせて行くことで、無駄なく確率の高い予測ができます」
「ロバートよりも深く関わることになるが」
「それで結構です。私は物事を詳らかに知りたい質ですから、中途半端に関わるつもりはありません」
ウィルはおそらく頭の中でいくつもの予測を展開していて、レオからの情報をそこに入れ込むことで筋道の精度を上げていくのだろう。
現状からさまざまな可能性を考えているのなら、何を話そうが驚くこともないのかもしれない。
逆に隣で聞いているユウトの方が、知らないことばかりでショックを受けそうだ。
「……ユウト、自分の部屋に戻っていろ」
「え、何で? 僕だって色々知りたい。レオ兄さんはいつも必要ないって言って何も教えてくれないけど、役に立てることもあるからね?」
「お前はいるだけで俺の癒やしとして役に立ってるからそれでいい」
「全然良くないよ! もう、適当なこと言って……とにかく僕はここで一緒に話を聞く!」
こうなったユウトはなかなかに頑固だ。無理矢理部屋に押し込もうものなら、1週間近く口をきいてくれなくなる。もしくは『兄さん嫌い』を連発してレオのHPをごっそり削っていく。
正直、辛すぎて死にたくなるレベルなのだ。それは避けたい。
「……びっくりして泣くなよ」
「泣かないよ!」
仕方がなくそこにユウトを置いたまま、レオは再びウィルを見た。
こちらを無表情に見ている彼は、おそらくレオがユウトの押しに弱いというデータを取ったことだろう。複雑だ。
「……では、俺の知っている話を語ろう。2つの工房……というかあの店主2人は、魔法生物研究所の人間と繋がって、悪事に荷担している」
「魔研の人間……。それは、今も生き残りがいて、進行形で彼らと繋がりがあるということですね?」
「そうだ。所長だったジアレイスを筆頭に数人いるらしい」
「なるほど。具体的な悪事の内容は」
「ジラックで魔物同士を戦わせる非合法の闘技場を経営している」
「魔物を……!?」
闘技場の話をした途端、不意にウィルの様子が変わった。
今までピクリとも動かなかった彼の表情筋が忌々しげに歪む。
何だ、一体どうした。
「非合法の闘技場だと……ということは魔物を手当たり次第に殺し合いさせているわけか……! 許しがたい! 素材はどうしているんだ、冒険者ギルドでも職人ギルドでも流通してないぞ!」
「高位魔物から採れる上位魔石が目当てみたいだからな。魔物強化のためにドーピングしまくりで素材は汚染されてしまうから、捨てられているんじゃないか」
「捨てっ……!? みすみす魔物素材を無駄にするとは、何たる痴れ者だ! これは放っておけん!」
バンッ! とウィルは両手でテーブルを叩いた。全身がわなわなと震えている。
……そういや、ロバートも初めて会った時にレオたちが運べない殺戮熊の素材を捨ててきたと言ったら、卒倒しそうになっていたっけ。
もしかして彼も高ランク素材に並々ならぬ思い入れがあるのだろうか。
「その高位魔物を調達しているのが魔研の奴らというわけか……! チッ、工房がジラックで魔石燃料の工場と取引を始めた理由はこれなんだな!」
「ああ。降魔術式であちこちから魔物を呼び出し、パーム工房側とロジー鍛冶工房側でそれぞれ魔物を強化し、見世物にして戦わせ、死んだ魔物から上位魔石を取り出す。このサイクルを作っているらしい」
「降魔術式……!」
ウィルは額に手を当て、大きく天井を仰いだ。
「最近高ランクモンスターの討伐依頼に行った冒険者が、魔物がいなかったと言って帰ってくるのはこのせいだったのか……! その成果を楽しみにしていた私は何度落胆をさせられたことか……っ!」
全然似ていないと思ったが、この嘆き方がロバートそっくりだ。
さすが親子。
「落胆って、冒険者ギルドも上級魔物素材が必要なんですか?」
ユウトもその姿をロバートと重ねたのだろう、そう訊ねるとウィルは首を振った。
「いいえ、私が欲しいのはモンスターのデータです! 特にランクA以上の魔物データは未だに抜けが多い。採れる素材、攻撃の種類、弱点や耐性、ドロップアイテム……。日々それを収集するのが私の楽しみだと言うのに……勝手に召喚して戦わせて、素材もデータも取らずに捨てるとは言語道断! 潰しましょう、奴らを!」
「お、おう」
……なるほど、どうやら彼は魔物データのコレクターらしい。
魔物に関わった途端のウィルの変わりように、レオたちはちょっとドン引いた。ロバートが『少々癖のある男』と評したのは、この2面性か。
しかし一頻り憤った後、彼は唐突にすうっと無表情に戻った。
ちょっと、こっちが戸惑うからやめて欲しい。
「……失礼、少々取り乱しました。レオさんのお話で色々繋がりましたので、今度は私から話させて頂きます」
「……ああ、頼む」
レオは若干困惑しつつも頷いた。
「まず、工房の店主2人が共に拝金主義だというのはお分かりですね。過去には工房で抱えていた職人に似非素材で偽の高ランクアイテムを作らせ、詐欺がバレて職人ギルドを除籍されています」
「ああ、職人ギルドの評判を落としたってやつだな。こいつらの仕業だったのか」
「以来職人は工房から逃げ、代わりに適当に雇った人間に粗悪なアイテムを濫造させて、各街の冒険者用ディスカウントストアに卸し、売り上げを立てています。今やそのアイテムも酷すぎて売れないくらいですけど」
「そんな状態で、商売として成り立ってるんですか?」
「もちろん、売り上げなんて雀の涙です。自分たちでどんどん工房の名を落としていますので。パーム工房とロジー鍛冶工房が作ったというだけで買わないという層までいます」
先代までは、両方の工房とも依頼が数ヶ月待ちの名店と名高かったのに、そこまで落ちているのか。
「しかしアイテムの売り上げが芳しくなくても、時折工房には大きなお金が入っていたんです。今レオさんの話を聞いて、それが魔研と仕組んだことだと繋がりました。……ここ数年、高ランク魔物が突然現れて街を襲うという話は知っていますか?」
「ああ。この間、ザインも危うくランクS級魔物に襲われるところだったからな」
「魔物は何故か王都の軍隊や高ランクの冒険者がいない場所を狙ったように現れました。城壁や結界が破壊され、家々が壊され、それは王都の援軍が来るまで暴れ回る」
「……それは間違いなく降魔術式による魔研の仕業だが、これで工房が大きな金を手に入れるとは?」
「魔物が現れる直前に、工房は必要になるであろう建築資材もろもろを買い占めていたんです。街が破壊された後、それを高値で売りさばく。それで簡単に大金が手に入っていた。……今までその不自然さに様々な考察をしていましたが、魔研が絡んでいると知ってようやく答えが出ました。やはり仕組まれていたのだと」
「……なるほど、2つの工房が魔研から離れられないのは、こういう楽に金を手に入れる旨みを知ったからか」
美味い蜜を吸わせておいて、利用する。
そうして逃げないようにズブズブと深みにはめて、おそらく利用価値がなくなったら簡単に捨てる。
離れられなければ、最後は破滅しかない。
「悪事が露呈すれば、一発で人生を詰むんだがな」
「……私は、それを考えて彼らがそろそろジラックに拠点を移すのではないかと考えています」
「ジラックに? まあ、闘技場はあそこにあるし、領主が王都を拒絶してるから憲兵の手が回りづらいしな。反国王派の拠点もあるようだが、しかし今の不敬たる状況がずっと許されるわけがないだろうに」
「それが、ジラックから来た冒険者に聞いた話なのですが、彼らには陛下に反旗を翻す旗印があるようなのです」
「旗印?」
臣下であるはずの街の領主が、敬うべき国王に反旗を翻すことに、何の大義名分があるというのか。
そう考えて訊き返すと、ウィルは思わぬ言葉を口にした。
「どうも5年前に死んだと思われていた『剣聖』アレオン様が生きておられたそうで、それを担ぎ上げようとしているらしいのです」




