弟、その正体
こうなる前に魔法生物研究所の輩を排除したかったのだが。
自宅に戻ったレオは思い悩むように黙ったままのユウトにホットココアを用意して、最近買った2人掛けのソファに座った。
素直にココアのマグを受け取った弟はそれを一口飲むと、少しだけ落ち着く。けれど眉はハの字になったままだ。
……どう説明したものだろうか。
他のどんな相手だろうが歯に衣着せぬ言葉を吐くレオだが、ユウトに限ってだけは違う。出来ることなら心の痛みは最小限にしてやりたいと考える。
そのための言葉を探して黙っていると、先にユウトが口を開いた。
「……僕って魔物だったの?」
当然の問いだ。
降魔術式は魔物を強制召喚する方陣。それがユウトに反応した時点で、確定したも同然。
それでも敢えてレオに確認する弟は、やはり易々とはその事実を受け入れられないのだろう。
ここで全力で否定すれば、ユウトは戸惑いつつも引き下がるかもしれない。しかし、それは今まで絶対の信頼を置いていた兄に疑念を持たせることになる。それだけは避けたい。弟を騙したいわけではないのだ。
レオは覚悟を決めて、ひとつ息を吐いた。
「……お前は半魔だ。半分人間、半分魔族」
「半分は人間? ……ヴァルドさんと同じ?」
「まあ、そうだな」
「……ダンピール、じゃあないよね。牙ないし……」
「すまないが、お前の正確な種族は分からない」
「……そうなの?」
レオが初めて魔研に行った時、すでにユウトはそこの頑丈な結界のある部屋の中にいた。
そして、元の姿が分からないくらい実験でぼろぼろにされていた。
感情を封じられ、言葉を発することも出来なかった。
だから、彼が元々何者であったのかを知る術が無かったのだ。
もちろん本人にそんなことは言えないが。
「僕が素手で魔法が使えるのとか、詠唱なしでいけるのとか、チートなんて関係なく全部そのせいだったんだね」
「そうだ。お前は昔からすごい魔力を持っていた。その力で上位魔法を駆使して、当時仲間を持たなかった俺と一緒に戦ってくれていた」
「……そっか。その頃からレオ兄さんと一緒に戦ってたんだ」
ユウトはそれを聞いて、どこかほっとしたようにココアをもう一口飲んだ。
「その後記憶を失った僕のことを見捨てずに、半魔だと分かった上で、弟として育ててくれてたんだ」
「見捨てたりするわけがないだろう。お前が何者だろうと、ユウトはユウトだ。お前だって、もし俺が半魔だったとしても兄弟をやめるなんて言わないだろう?」
「うん、言わないね」
レオの言葉にようやっとユウトが小さく笑う。それだけで肩の力が抜けたことに、兄は自分がだいぶ緊張していたのだと知った。
過去、ユウトは傷付き過ぎた。だからレオは、もうこれ以上の傷を与えたくないのだ。
「……自分が降魔術式に掛かって、魔物だって分かってすごく衝撃だったし、どうしようかと思ってたんだけどさ。そもそもレオ兄さんがそれを知ってたなら、結局僕の気持ちだけの問題で、それによって周囲が変わることは何もないんだよね」
「もちろんだ。もし変化があるとすれば、ユウトへの隠し事が減ることくらいだな」
「それはありがたい変化だけど」
そう言ってユウトは肩を竦めて苦笑する。
「半魔としての力が昔レオ兄さんの役に立っていたなら嬉しいし、これからだってきっと役に立てる。だったら、必要以上に悲観することもないよね」
「ああ、そうだな」
思いの外大きな葛藤もなく、ユウトは半魔であることを受け入れてくれた。
おそらく先にヴァルドという半魔の存在を知ったことも、大きくプラスに働いたんだろう。自身の正体に嫌悪するようなことが無くて良かった。
「昔から僕がレオ兄さんといたなら、もしかしてライネル兄様も僕が半魔だってこと知ってるの?」
「もちろん、分かった上でお前を弟として認めて可愛がっている。……ネイも知っているから、自分が半魔だなんて気にしなくていい」
「そうなの? 知ってて普通に接してくれてたんだ。みんな優しいな」
「それはユウトがいい子だからだ」
手を伸ばして頭を撫でると、ユウトは擽ったそうに笑った。
「兄さんたちは弟に甘すぎるなあ」
「それで困ることは何もないだろう」
「……甘えたになっちゃうよ?」
「それはいいな。どんどん甘えろ」
言葉通りに甘やかすように弟ののど元を擽り、レオも微笑んだ。
とりあえず過去のユウトの境遇にまで言及せずに済んだことにほっとする。
「後はお前の魔法の講師にもバレたが、まああれも大丈夫だろう。薄々勘付いていた様子だしな。……それにしてもあの男、返術が出来るとは思わなかった」
「返術って、掛けられた術をそのまま施術者に返す術って事だよね」
「そうだ。跳ね返った術は数倍の威力で施術者を襲う。今回の降魔術式は人間には効かないものだが、魔手による拘束は有効だ。おそらく今頃完全に身動きが出来ない状態になっているに違いない」
「……その施術者って、誰なのかな」
その疑問はもっともだ。しかしレオは一瞬答えを躊躇った。
魔研の名前を出して、ユウトの封じられた記憶を揺り起こしてしまわないかと考えたからだ。
けれど、隠すことで逆に引っ掛かりを与えてしまうこともある。
少し逡巡して、結局レオはその名前を口にすることにした。
「……降魔術式を使っているのは、魔法生物研究所という昔あった施設の残党どもだ」
「魔法生物研究所……以前ダグラスさんたちを生け贄にしたのもその人たち?」
「おそらくな。他に降魔術式を使う輩がいるとは思えない」
「……酷い。何の目的で……」
ユウトは魔研の名前に強い反応を示すことは無かったが、奴らの行動自体に不快感を表した。
「そもそも魔物を呼び出して、何をする気なんだろ」
「高ランクの魔物を強制召喚して、それを戦わせて見世物にしているらしい。後は目的はよく分からないが、街を襲わせたり」
「……え? 何かおかしくない? それだったら、降魔術式でわざわざ王都の中をサーチして魔物を探すかな? 普通、街の外で探すよね」
弟の疑問に、レオも首を傾げる。
確かに、闘技場用の魔物を探すのに降魔術式で王都内をサーチするのは合理的とは思えなかった。
「……それもそうだな。見世物にするような見栄えのいい魔物が街中にいるわけがない。街中にいるのなんて、それこそ半魔……」
そこまで言って、ヴァルドがザインの街中で何度か強制召喚に掛かりそうになったと言っていたことを思い出す。そして、知り合いの人狼たちが消えているとも。
……もしかして、魔研の奴らは別の目的で半魔も集めているのかもしれない。




