兄、街中でドラゴンに会う
ジラックの魔石燃料工場や領主に関してはライネルたちからの報告待ちだ。元・魔法生物研究所の奴らに関しては直接辿る道がない。
そんなわけで、レオは目下パーム工房とロジー鍛冶工房に関する情報を集めようとしていた。
「……休みだと?」
「ええ。私用で遠出すると言っていたので、もう王都にはいないと思いますよ」
とりあえず情報を得る目的で冒険者ギルドのウィルの元を訪れたのだが、まさかの不在だった。
彼がミワたちの幼なじみということで、その生家である工房のことも何か知っているだろうと期待して来たのだけれど。
「……仕方がないな。いつ頃王都に戻ってくるか分かるか?」
「おそらく行き先はザインなので、一週間程度かと。父親に会いに行くようなことを言っていましたから」
「父親がザインに?」
「単身赴任をしているらしいです」
ウィルの父親がザインにいるのか。彼の父親ならきっと使える男に違いない。今度向こうに行ったら探して会ってみよう。
そう考えながら、レオは用事のなくなった冒険者ギルドを出た。
何にせよ、今はどうしようもない。
レオは直接パーム工房とロジー鍛冶工房を見に行くことにした。
……しかし、この格好のまま工房に入って大丈夫だろうかという一抹の不安がある。レオは上から下まで『もえす』装備だ。子どもたちが作った装備を、まさか親が分からないということはあるまい。
親子の関係はだいぶよろしくないようだし、変に絡まれると面倒臭い。
(工房内の商品を見たところで粗悪品しかないだろうし、まずは周囲を探るか……)
内部の調査はネイが戻ってきたら任せてしまおう。
そう決めて、レオは店まわりを調べることにした。
ちなみに、パーム工房とロジー鍛冶工房は職人たちが住む工場区の近いところに建っている。
昔は友好的な間柄だったが、パーム工房を継いだ長男とロジー鍛冶工房に嫁いだ長女が酷く仲が悪かったために険悪になった。
余談だが、長男の嫁と長女の夫の仲は悪くなく、互いにいがみ合う伴侶に悩み慰め合っているうちに愛情が芽生え、駆け落ちしてしまったという。それも2人の不仲に拍車を掛けているらしい。
まあ、自業自得だが。
工場区に辿り着くと、特に大きい2つの工房はすぐに見つかった。
パーム工房もロジー鍛冶工房も、先代が現役の頃は並び立つ名店だったのだ。工房への依頼人の出入りも多かった。
しかし今や当時と同じなのは建物の外観だけで、飾ってある商品は駄作、出入りする客もいない。
レオはその前を素通りしただけで、工房の経営状態の悪さを感じた。まるで整理されていない店内、何度も価格を下げて訂正したPOP、入り口の上の方には蜘蛛の巣が掛かっている。
正直この店に入ったら、ものを見る目がない安い人間だと思われそうだ。
レオはそのまま外周を回るように建物を回り込んだ。
「……また失敗したのか!」
不意に、差し掛かった裏口から男の声がして足を止める。近くの塀に身を潜めて、見れば気難しそうな男と若い使用人らしき男が話をしていた。
「依頼で送り込んだ盗賊が、ことごとく捕まっております。お父様のアイテム資料を狙うのはもう諦めたほうがよろしいかと……。冒険者ギルドからも、犯罪依頼にあたる規約違反ありということで、依頼に名前を使った使用人が何人も罰金刑に処され、出禁にされていますし」
「ちっ……親父の奴め、忌々しい」
「お父様が被害届けを出して調査が入ったら、使用人から辿って旦那様が一発で疑われますよ。それをされないだけマシかと……」
「うるさい! 早くしないと、あっちに先を越されてしまう!」
「あちら様の送り込んだ者たちも皆捕まっているようですが」
「ふん、いっそロジーに全部の罪を吹っ掛けてやるか。そうすればこちらはゆっくり取りかかれる」
「……それは諸刃の剣です、旦那様」
この旦那様という奴が、魔工爺様の長男のようだ。
未だにザインに盗賊を送り込んでいるらしい、無駄なことを。
その男に、使用人が意を決したように諫言した。
「……旦那様、再三再四言いますが、あの者たちとの取引自体、もうお止めになった方がよろしいかと存じます」
「はあ? 何を馬鹿なことを言っている。親父の書いた紙っぺら1枚に金貨5枚出してくれるんだぞ? こんなうまい話はないだろう」
「そんな一時的な金のために信用をなくし犯罪に手を染めるなど、愚か者のすることです」
「貴様、俺を愚か者扱いするのか!?」
「愚か者にならないで下さいと言っているのです」
「うるさい! いつもいつもいらん説教をしおって、気に入らんと思ってたんだ! 貴様などクビだ! 二度と俺の前に現れるな!」
正論を突きつけられた男は、激昂して使用人の男の腹を蹴り飛ばした。蹴られた男は扉の方に背を向けて立っていたため、そのまま背中から外にまろび出る。
すぐに裏口が強い力で閉められ、使用人はそのまま取り残されてしまった。
レオはそれを見ながら意外に思う。
まだパーム工房に、主人を諫めるような人間がいたとは。
視線の先で使用人の男は身体を起こして小さくため息を吐くと、草くずと土を払った。
さて、たった今クビを言い渡された彼は、これからどうするつもりだろう。もし可能なら話が聞きたい。その立場上、間違いなく工房内の事情を知っているはずだ。
話しかけるタイミングを見つけるために、おもむろに歩き出した男の後ろをついていく。すると、しばらくして彼は周囲を気にしながら、小さな民家の横にある地下納戸に入っていった。
……何だ、ここは?
気配を消しつつその入り口で中を覗う。
すると、そこに人ならぬ者の存在を感じて眉を顰めた。
魔物の気配だ。
しかしそれは禍々しいものではなく、どこか覚えのある感覚だった。
一体、どういうことだろう。
疑問を浮かべたままレオはその扉に鍵が掛かっていないことを確認して、一応剣の柄を握って中に身体を滑り込ませた。
「誰!?」
途端に勘付かれる。魔物は人間よりも気配に敏感なのだ。
レオは薄暗い納戸で、2つの生き物の影を確認した。向こうもこちらを視界に捉える。
しかし、双方の間で殺気が生まれることはなかった。
「……アレオン様!?」
「アレオン様! 何でここに!?」
「キイとクウ……?」
少し目が慣れると、その姿があらわになる。
そして自身の名を呼ばれて、レオはその存在を認識した。
そこに居たのは2体の人語を話すドラゴン。人間の子どもと同程度の大きさで、赤いドラゴンがキイ、緑のドラゴンがクウ。
……昔、魔法生物研究所に囚われていた魔物だった。




