弟、寝てる
風呂から出てくると、ユウトがテーブルに突っ伏してすやすやと眠っていた。
おそらくレオが出てくるまで起きて待っているつもりだったのだろうが、睡魔に勝てなかったようだ。
弟の兄に対する無防備さに微笑む。
レオはその身体を軽々と抱き上げ、ベッドに運んで毛布を掛けた。少女にしか見えない弟の寝顔はいつ見ても可愛らしくて和む。
その寝顔を穏やかな気持ちで眺めていると、ネイが食堂から戻ってきた。一瞬で癒やしの空気が霧散する。
「ただいま帰りました~。……あ、ユウトくん寝ちゃったんですね、寝顔可愛い~」
「……勝手に見るな。減る」
「減るって何ですか、大人げないなあ。あっ、わざわざ隠さなくてもいいのに、ケチくさい」
「うるさい。どうせ今から大浴場だろう。とっとと行け」
「はいはい」
じろりと睨むと、ネイは肩を竦めて風呂に行く準備を始めた。
食堂で結構酒を飲んできたようだが、酔っている様子はない。昔からこの男は酒にめっぽう強いのだ。
「……食堂で何かめぼしい話は聞けたのか」
「そうですね、多少は。風呂に行って身体に酒が回れば、もうちょっと突っ込んだ話が聞けるかもしれません」
「さっき話してたのは、このキャラバンの隊長だな?」
「ええ。彼らは魔石燃料を流通、売買する一団のようです。ずいぶん羽振りが良いみたいですよ」
「だろうな。これだけの高級宿に団体で泊まるなんて、余程の稼ぎがないと無理だ」
「まあ、彼らは雇われなので、それでも末端ですけどね」
そう言ってネイは着替えを持つと、扉へと向かった。詳しい話は戻ってきてからということか。
「今度は30分程度で帰ってきます」
「ああ」
つまりそれ以上は商人たちに付き合っても無駄だという判断だ。おそらくネイは引き出せる情報はすでにほぼ聞き出している。
後は風呂でアルコールが回った商人をつついて、零れた情報を拾ってくるだけなのだろう。
視線だけで見送るレオに軽く手を上げて、ネイは部屋を出ていった。
末端、とは言ったが、それでもこれだけの待遇で仕事をしている男たちだ。キャラバンの人間はそれなりの情報を持っている。
ネイは大浴場で周囲に聞き耳を立てていた。
メインは隣にいる隊長との話だが、他の情報も侮れないのだ。
「ウチの魔石燃料は他のと質が違う。上位魔石の含有率が高いからな!」
「昨今は上位魔石が手に入りづらいのに、すごいですね。さすが全国区で商いをされているだけある。どこか良い伝手でもあるんですか?」
酔っ払いから話を聞き出すには、持ち上げるのが一番だ。食堂でしたのと同じ自慢話を何度もされるのは辟易するが、そこは我慢する。同じ話でも、つつき方を変えれば時折ぽろりと重要な単語が混じったりするからだ。
「もちろん、良い伝手があるんだよ! そもそも上位魔石はランクA以上の魔物からしか出ないって知ってるか?」
「ええ、まあ一応」
「その強え魔物を倒して、魔石を採れる機構があんのよ」
「機構?」
おっと、今までに無かった単語が出てきた。
「それは、どんな?」
「あー、うん、企業秘密だな」
すかさず問うたが、濁される。その後ろで、隊の者たちがこそりと囁き合った。
「隊長、知らねえのによく言うな」
「上位魔石って、パーム工房から買ってんだろ?」
「俺はロジー鍛冶工房って聞いたけど」
「機構自体は別の組織が作ったんじゃなかったっけ? どんなもんか知らないけど」
「だな。機構がある、ってことしか知らん」
ネイはその呟きを聞いて、つい眉を顰めた。
……こんなところにまで出てくるのか、この2社の名前。
とりあえず、彼らにこれ以上突っ込んでも無意味だということは分かったが。
「隊長さんたちは、いつも全国を渡り歩いてるんですか? エルダールを端から端まで、大変ですね」
「まあな。ジラックの街で積み込んで、王都やらザインやらを回ると結構な旅程だ。宿くらい贅沢させてもらわないと割に合わねえよ」
ジラックは、エルダールの西側に位置する鉱山と観光の街だ。火山が近く温泉も名物で、貴族の別邸が多く置かれている。
……そんなところで魔石燃料を積み込んでいるという。その原料となる魔石は一体どこから来たのか。
「魔石燃料って、クズ魔石と通常魔石と上位魔石を砕いてペレット状にしたものですよね」
「他にも粉末とか円柱形に固めたものとか色々あるな。その配合比によって質が変わるんだ」
クズ魔石は魔力を通しやすい性質から媒体に、通常魔石は魔力を最初から含有するため燃料の素に、上位魔石は燃料の増幅、制御や保持に使われる。その配合は作る店によってまちまちだ。
しかしその店のほとんどが、王都に工場を構えている。工業用の魔石は王都の冒険者ギルド本部でしか取引されていないからだ。
それなのにあえてジラックで魔石燃料が作られているとしたら、そこに何かあるとしか考えられない。
(王都に行く前から面倒な事情を見つけちゃったなあ……)
パーム工房とロジー鍛冶工房、ランクA以上の魔物からしか出ない上位魔石を手に入れる機構……。少し考えただけでも、そこから魔法生物研究所が繋がらないわけがない。
全く、奴らはどれだけ手広く活動しているんだろう。
ネイは隊長たちに挨拶をして、うんざりした気分で風呂を出た。
レオにこの情報を報告するために。




