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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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弟、全てを思い出す

 ユウトは便宜上、パーティリーダーである。

 しかし実質的にパーティの意思決定をしていたのは、ユウトでなくレオだ。高ランクになればなるほど、その状況は顕著だった。

 そしてその兄が意思決定をする上で参考意見を求めるのは、もっぱらクリスに対してだった。それは彼が元白銀隊のリーダーであり、ゲート攻略に関する深い知識を持ち、豊富な討伐経験があったからに他ならない。

 だから事実上このパーティでまとめ役になり得るのは、この二人と言える。


 一方で、ユウトは圧倒的に攻略の知識も経験も足りなかった。常に庇護対象であったし、何よりこれまでレオが弟を前面に出すことをよしとしなかったからだ。さらにその性格上、この弟は兄を信頼しているゆえに従順である。誰の指示もなく、強敵の前に立つことなどこれまで皆無だった。


 ネイも隠密のリーダーではあっても、基本的に冒険者ではない。時には単身でゲートに潜るし魔物も倒すが、それはレオに指示をされてこそ。そもそも職種としての勝手が違う。

 つまりゲート攻略の指示系統二人を失ったユウトとネイは、敵を前に完全な機能麻痺状態に陥っていた。ただただ怒りの感情に任せ、偽レオを打ちのめしたいと考えている。


 そうは言ってもユウトの聖属性魔法は封じられ、ネイは手元に投げナイフくらいしか対抗できる武器を持っていないのだけれど。


(あれ……そういえば以前もこんなふうに、レオ兄さんを意のままに操ろうとした人がいたような……。とても憎くて、許せなくて……)


 その怒りの中、ユウトはふと記憶の底で何かを見付けた。この上ない強い憤りがフックとなり、埋もれていた記憶が引っ掛かったのだ。それは大きな闇の底から、これまで断片的にしか思い出すことのなかった過去の記憶を引きずり出す。

 そこから急激に掘り起こされ、流れ込んでくる記憶。それは五年前の、あの日の記憶だった。レオのために自分の命を燃やし尽くそうとした、魔研崩壊の日の。


 そうだ、思い出した。

 あの時、アレオンの死体を我が物にして、操ろうとした男がいたことを。


 途端に、ユウトの身体の奥から闇の力が迸った。

 ……この感じ、知っている。いや、ずっと忘れていただけで、元々自分が持っていたものだ。

 これまで僅かずつしか思い出せなかった昔の記憶と魔力が、ユウトの中で形を成す。魔研での日々、アレオンとの生活、ジアレイスとの対峙。

 とうとう取り戻した。

 あの日の記憶こそが、全ての記憶に繋がるトリガーだったのだ。


 記憶の奔流に思わずよろめいたユウトを、すぐさま気付いたエルドワが後ろから支えた。


「ユウト、大丈夫!? 魔力の匂いが……」

「……うん、平気。ちょっとだけ記憶が混乱しただけだから。……匂い、気になる?」

「う、ううん、エルドワは理性を飛ばすほどじゃない。ユウトの魔妖花が効いてるから」

「そっか。……キイさんとクウさんには影響出るかな」

「多分」

「う~ん……仕方ないね、あんまり近くに来ないといいけど。今はあの人を許すわけにはいかない」


 ユウトは小さく呟いた。

 自分でも、身体から発する魔力が異常値に達しているのが分かる。もちろん、エルドワの言う魔力の匂いがどういうものかまでは判別がつかないけれど、良くも悪くも周囲の半魔に影響するものなのは確か。

 この子犬は魔妖花のおかげでどうにか耐えられるものの、現在敵に回っているレオの支配下であるキイとクウは、魔妖花の恩恵に与れないのだろう。


 その影響を少し気にしつつも、ユウトは目の前の偽レオを見た。


(……僕がよろめいても、まるで反応しなかった)


 少しでもその中に兄の意識が残っているのなら、きっと多少の変化は見られたはずだと思うのだ。つまりそれがないということは、レオの技量と力を乗っ取っていてもその意思や魂は完全に不在ということ。

 そんな男に、ユウトは確認をするように声を掛けた。


「……レオ兄さんの魂はあなたの中には残っていないの?」

「はっ、残念だったな! あやつの意思の片鱗でもあればこの身体を取り戻せると思ったのかもしれぬが、生憎その魂は私の中にはおらぬ! ここで何が起こっても、あやつが感知する術はない!」


 偽レオの中にいる本物のレオが、ユウトの危機に呼応して出てきてくれる。この弟がそんな都合の良い展開を期待していると考えたらしい男が、馬鹿にしたように嘲笑う。

 だがその言葉を聞いたユウトは、一転して安堵の息を吐いた。


「……そう、良かった。じゃあこれから僕のすることが、レオ兄さんに知られることはないんだね」

「何だと……?」

紅蓮の柱(バーニング・ピラー)


 これまで聖属性に傾きすぎていたせいか、知っていてもなぜか発動できなかった闇魔法。ユウトはそれを、偽レオではなく復讐する死者(レヴァナント)本体へと差し向ける。

 途端に上がった火柱に、ネイが目を丸くして振り返った。


「ユウトくん、とうとう昔の記憶と力が……?」

「『きつねさん』、僕とエルドワであの人を足止めしますから、呪いの剣を奪って鞘から抜いて下さい!」


 あの頃の呼称で呼べば、それがネイへの答えになる。そう呼びかけられた『きつねさん』は即座に頷いて、偽レオの後ろで燃える復讐する死者に向かって飛び出した。


「ふん、無駄なことを! あの身体が燃えたところで今はこの身体があるし、何なら次はこれを模してまた造ればよいだけだ! それに、貴様らごときが私の背後に回れるわけがあるまい!」

「エルドワ、あの人がネイさんに向かわないように牽制して!」

「分かった!」


 言いつつユウトは自身のポーチを探る。

 エルドワに偽レオの対応を頼んだけれど、攻撃力Max値の憎悪の大斧(ヘイトアクス)持ちの兄相手ではどうしたって分が悪いのだ。敵の動きを止めるなら、もっと確実な方法が必要。

 と言ってもレオの装備はもえす製だし、デバフを引き起こすアイテムも魔法も意味がないわけで。


 だったら最も原始的な足止めを食らわしてやろう。


 ユウトは目の前に素早く魔力の筒を作った。これは以前クエストで使った、銃身を模したものだ。そこに込めるのは魔力の弾ではなく、ポーチから取り出したクズ魔石。やじりのような形をしたそれに、ユウトはトリモチを纏わせた。


 この筒で狙うのは偽レオの足下だ。エルドワが飛び掛かってくれたおかげでネイと二つに分散した敵の意識は、ユウトには向いていない。撃つなら今。


「もういいよエルドワ、下がって!」


 ユウトはエルドワに再び声を掛けると、間髪入れずにトリモチを撃ち出した。


「くっ、猪口才な!」


 しかし相手はレオの身体能力を持つ者。上手くその足下に撃ち込んだトリモチを、反射的にかわしてみせる。

 ただ、そのトリモチの芯にはクズ魔石があるのだ。元々最初にかわされるのは織り込み済み。ユウトはそれを操って、かわした偽レオの着地点に置いた。


 それを踏みつけてしまえば、男はとっさには動けない。あのトリモチは宝箱から出てきた、団子一つ分の大きさで百キロのものをくっつけられるという優れものだ。まんまとその場に貼り付けられた偽レオは、怒りに満ちた舌打ちをした。


「チィッ、この小童め……!」

「ネイさん、今のうちに!」

「ああ、任せて!」


 ネイがすぐさま燃える復讐する死者(レヴァナント)から自身の短剣と呪いの剣を奪い取る。

 ……思った通り、ネイならあの剣に触れても何も起こらないようだ。

 ユウトは取り戻した記憶と事実を摺り合わせる。

 自身の記憶が確かならば、あの剣を手にして鞘から抜けるのは現時点で彼だけ。そこから先に起こる事態は、己が対応するしかない。


「……ユウト、あの剣抜いて大丈夫なの?」


 表情を硬くしていると、ユウトの指示で下がってきたエルドワが、再びこちらを庇いながら訊ねてきた。

 正直、大丈夫かと訊かれると答えに困る。自分には状況を俯瞰で見る余裕はなく、兄を奪われた怒りの方が先行しているからだ。幾分冷静なエルドワでも、リーダーの視点は持ち合わせていない。

 だったらもう、できることは何でもするべきだろう。

 そんな手探り状態のユウトたちに、敵は忌々しげにトリモチを剥がしながら唾を吐いた。


「ハッ、剣を奪ったとて、貴様らにできることは何もない!」

「……魔王が眠っている限りは、だがな」

「あれ、クリスさん!? 目を覚ましたんですね……ん? でもレオ兄さんの偽者、まだ憎悪の大斧持ててる……?」


 不意にユウトの背後から声がして振り向くと、クリスがゆったりと起き上がるところだった。しかしクリスの魂がなければ持てないはずの斧を、偽レオが未だに持っている。

 ……どういうこと?

 それに混乱しかけたユウトに、横からエルドワが耳打ちした。


「ユウト、そいつクリスじゃない。中に初代王の魂が入ってる」

「……うん?」


 ……どういうこと????


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