兄、弟にカリスマを掛ける
「エミナを滅ぼしたのは私だよ」
クリスの言葉を、初代王は穏やかに訂正する。しかしわざとずらされた答えに、クリスは苦笑をした。
「私は結果でなく原因の話をしているのです。……まあ、あなたは分かった上で責任を一身に負うつもりなのでしょうけど」
「少なくともルイスはエミナの国を巻き込む意図はなかった。きっかけの一つではあるが、呼び出された魔族や魔物をエミナにけしかけたのは私の判断だ」
「……呼び出された? 呼び出したのではなく?」
「ただの人間である私に、魔族を呼び出すような伝手はない」
言われてみれば魔界の住人を大群で呼び出すような芸当は、余程爵位の高い魔族を使役するか、大量の生け贄を伴った禁忌術式を発動しないとありえない。
大精霊に加護を受けるような男がその手段を持つわけがないのだ。
ではその魔物の大群を最初に呼び出したのは誰で、そいつは何を目的としていたのだろう?
……この初代王が理由もなくエミナを滅ぼしたわけがないと考えると、自ずとその背景が浮かび上がる。
おそらく魔物を呼び出したのはエミナの方。それをけしかけられたのが、初代王が率いていた民族だったのだ。それをこの男が何らかの方法……察するに復讐霊の対価の宝箱の力で、エミナに矛先を変えさせた。
だとすれば、初代王の行いは正当防衛と言えよう。まあ事実として、エミナを滅ぼしたのは確かにこの男にはなるのだろうが。
クリスも同じことを考えたようで、ひどく複雑そうな顔をした。
「……ジードに見せてもらった最終戦争の資料も、おじいさまたちが編纂した考察も、考えてみたら生き残りの下っ端の証言を集めたものだもんなあ……。人間側の事情なんて分かるわけないよね……」
「当時の状況だけなら間違いはないし、十分有用な資料だろ。人間側のどっちが始めた戦闘か、内情を知り得なかっただけで」
「それでも、この方が極悪非道の人物として書かれているのが不服なんだよ。今度ジードのところに行ったら書類を訂正してもらおう」
すっかり初代王に傾倒してしまったクリスは、目の前の男が敵であることを失念しているようだ。
だがカリスマに掛かっていないレオは気を緩めない。
魔族の下っ端とはいえ、そいつらが初代王を見て極悪非道ぶりを報告したのは事実。そう捉えられるだけの何かがあったのだ。この男は聖人ではない。きっと暗い過去を抱えていて、だからこそこの剣から具現化し、自ら当時の罪を背負っている。そして、レオに剣もろとも倒されることを願っているのだ。
贖罪と共に、この終わりのない呪縛を終わらせるために。
「ユウト」
「うん?」
「腕、放してくれ」
レオはできるだけ穏やかにユウトに声を掛けた。その瞳を覗き込み、心を傾けて。
弟が言うように、初代王がレオにカリスマの詳細を伝えるのがこの問答の目的だったのならば、おそらくこの剣を破壊するにはユウトの力が必要だということだ。この男はユウトをレオの方に付かせたいと考えている。
だったら最初からカリスマなんぞ掛けるなと思うが、きっとこれも何か思惑があってのことなのだろう。
初代王への警戒を解いたわけではない。だがカリスマが効いている今の言動に悪意が含まれないのなら、弟は取り戻しておくべきだし、この兄の精神安定のためにも取り戻しておきたいのだ。
レオは極力物騒な言葉を選ばぬように気をつけながら、再びユウトに声を掛けた。
「ユウトの頭なでなでしたいから、腕を放してくれ」
「……え、今?」
空気を読まない発言なのは承知の上、だが悪意を乗せずに嘘のない言葉で腕を解放してもらうにはこれしかあるまい。なんたってこれは本心である。レオはめちゃくちゃ真顔で告げた。
「仕方ないだろう、ユウトはいついかなる時も可愛いからなでなでしたくなるんだ」
「レオ、目が本気すぎる」
「当然だ。俺がユウトを愛でるのに、嘘偽りが入り込む余地などないからな」
エルドワの突っ込みにすら真顔で返す兄に、ユウトはぱちりと目を瞬く。それからはたとレオと初代王を交互に見て、何かに気付いた様子で「ああ」と小さく声を上げた。
「そっか、カリスマ……」
兄を見上げた弟は、少し思案したようだった。この流れでは当然、レオが自分にカリスマを掛けようとしていると分かったのだろう。
こちらを見つめるユウトがカリスマに掛かってくれているのか空気を読んだのか、手応えのないレオには全く分からないが、弟は特に兄に反発することもなく可愛らしく首を傾げた。
「……いきなりあの人のこと攻撃したりしない?」
「お前を可愛がることを差し置いて、あの男への攻撃を優先するわけがないだろう」
「ああ確かに……そうだね」
レオの言葉に二心はない。それを疑うことのないユウトがふふっと小さく笑って、すんなりと腕の拘束を解いてくれた。この信頼が、レオの心を強くする。
心を傾け、悪意のない真正直な言葉を投げかけた相手が、全幅の信頼を寄せて応じてくれる、この無類の喜び。
そうだ、この感情を、己は知っている。
そこでレオは唐突に納得をした。
なるほど、カリスマとはこれこそが真髄なのだ。
ここまで聞いてきて、カリスマは統治のために一方的に相手を自分に靡かせるスキルだと思っていたけれど。
カリスマを発動して返ってきた信頼は、自身を強くするのだ。
そう考えると、大精霊がカリスマにあれだけの制約を付けた理由も分かる。カリスマを掛けた相手に対する誠実さ、信頼に報いるだけの実行力、心の強さ、それがあるからこその恩恵。
レオはユウトに発動するのが精一杯だ。しかし初代王やライネルのように多くの国民からその信頼が返ってくるとなれば、どれほどの特恵があるだろう。
おそらく単純な能力値の上昇の話ではない。集まった人々の思いが国レベルであれば、きっと時流を変えるような力が作用する。
だからこそ、この男はエミナを滅ぼせてしまったのだ。
(……こいつの力の本質や、このゲートが過去の記憶にまつわるものばかりだった理由……分かってきたかもしれない)
レオは自由になった右手でユウトの頭を撫でた。
初代王のように、上手く己のカリスマが掛かっているのかは分からない。だが弟の瞳が兄に向けられたままであること、その表情が安心しきっていることに、自己効力感が満たされる。
この子にこの表情をさせられるのは己だけだ。ユウトのためなら何でもできると思う。これは覚悟ではなく、自信。
とどのつまりカリスマとは、人々から得た信頼に下支えされて、敗北や失敗を恐れぬ心の強さを得るスキルなのだ。
理想として語られたカリスマの言葉は、群衆に響いて信頼というエネルギーで返ってくる。そのエネルギーを実行力に変換して道を切り開き、世界を動かすのがカリスマの真髄。
この力が、復讐霊によって与えられた某かの方法で襲ってきた魔族に作用したとしたら、その矛先をエミナに向けるのも可能だったに違いない。望めばそれ以上のことも。
窮地において人には過ぎた力を手にすれば、聖人ではいられまい。
きっとこの最終戦争に対しての初代王の後悔こそが、剣の中に念いを強く残している理由なのだ。
(……だがまあ、その理由を聞き出してやる義理はないしそんな時間もない)
クリスたちはまだ話を聞きたい様子だ。しかしレオは今導き出した推論から、この状況が長く続かないだろうと判断する。
なぜなら、レオがユウトをこの男のカリスマから引き剥がしたからだ。おそらくこの対決では、特殊な能力を持つこの弟こそが鍵。
それを理解して前を向いたレオに対し、初代王がどこかいたずらな微笑みを浮かべた。
「……さて、そろそろ時間だな」
「えっ、待ってください! まだ訊きたいことが!」
「昔話はここで終いだ。……真実を知りたければ、私を倒して進むがいい」
食い下がるクリスを制し、その瞳がレオを見る。
どうやら己の推察は間違っていないようだ。
最後の真実を吐き出した男の口は、次の刹那で歪につり上がった。




