兄、エミナと復讐霊の関係に驚愕する
「……レオ兄さん」
不意に、右腕にしがみついていたユウトがこそっと声を掛けてきた。あくまでこっそりとした耳打ちだ。おそらく聞こえているのはレオと、聴覚に優れたエルドワだけだろう。
それに気付き、当然レオはすぐさま弟の口元に耳を寄せた。可愛い弟の声は、いつ何時であろうとも聞き逃すわけにはいかないのだ。
そんな兄に、ユウトは「あのね」と続けた。
「あの人クリスさんと話してるっぽくしてるけど、多分レオ兄さんに聞かせようとしてるんだと思う」
「……何?」
「カリスマの条件とか、詳しく僕たちに話したところで意味ないでしょ。レオ兄さんにやり方を教えてるんじゃないかな」
「……そんなことして、あいつに何の得があるっていうんだ?」
「それは分からないけど……でも、本当に僕たちを操りたいなら、カリスマと同時に瘴気中毒も仕掛けてきたと思うんだ。なのに、あの人は純粋なカリスマだけ見せてる。……つまりさ、僕たちをカリスマで懐柔して味方に取り込むことが目的じゃなくて、僕たちがカリスマに掛かっている状態をレオ兄さんに見せることで、自分の言葉に嘘がないって証明しているんじゃないかな」
レオは弟の言葉に、相手を都合良く解釈しすぎなのではないかと考える。が、言われてみればここまでの初代王とクリスの問答は、カリスマの性善性の証明と使い方の説明にも思えた。もしかしてこの男がわざわざこちらの質問に答えてみせたのは、戦闘になる前にこの話題へ誘導するためだったのか。
しかし、そうだとすると初代王はレオに何を期待してこんな話をしたのだろう? 普通に考えればレオにカリスマを発動させたいのだと推察できるけれど、そうなったらこの男にとって不利な状況となるだけだ。
なぜわざわざそんな真似をする?
レオたちがここに現れたことを歓迎していた様子を見るに、もしかすると初代王は自身の消滅よりも、呪いの剣を破壊してほしい思いが強いのかもしれない。魔王の思惑に乗って「全てがうまく進んでいる」と言ったのも、そこに繋がりそうだ。
だがそうならば、レオたちに敵などと言ってカリスマを掛けるまでもなく、剣を差し出してくれば済むこと。
そうできない理由が、きっと何かあるのだ。
この男の言葉に嘘がないならば、彼は間違いなくレオたちに害をなす敵。だからこちらに向かって「気を許すな」と警告している。おそらくそれは初代王の自我では逆らえぬ事態なのだろう。
つまり、どう立ち回ろうとこの男との戦いは不可避。
今の初代王相手では、いつそのタイミングが来るのか分からないけれど。
(……それまでに俺がカリスマを発動して、ユウトたちの心を引き戻しておけということか?)
だが、レオに強力なカリスマを発動する地力などないのは明らかだし、それはこの男も察しているはずだ。クリスもネイも、すでにこちらの言うことなど聞きやしない。唯一、ユウトだけはどうにかなるかもしれないが。
何にせよ、初代王が悪意を見せた時が勝負なのは変わらないのだ。
この男が何に対して念いを残しているのか、それを暴くのはひとまずこのままクリスに任せよう。
そう考えて前を見たレオは、なぜかクリスが躊躇うように言葉を淀ませているのに気が付いて、目を瞬いた。
一体どうしたというのか。先ほどの初代王の言葉を受けて、疑問はさらに増えたはずだ。普段なら怒濤の質問攻めにしてもおかしくない男が、なぜ言い淀んでいるのだろう。
「クリス、どうした?」
「……う~ん、エミナと復讐霊の関係を、今の事実も加味した上で考えてたんだけど……。あまり認めたくない推論に行き当たってしまったんだよね」
「認めたくない推論?」
「エミナがなぜあれほど発展した技術を持った国だったのか。リインデル研究所も長く存続していた様子なのに、どうして最終戦争まで復讐霊に研究の邪魔をされなかったのか。そして大精霊がなぜエミナの王でなく、まだ国を持たなかったこの方にカリスマを与えたのか」
クリスはそう言うと、また口を噤んで大きく溜息を吐いた。
そこから導き出された推論を初代王にぶつけると、自身の仮説が裏付けられてしまうから気が進まないということなのだろう。
しかし一方でこの男は、真実を明らかにせずに放っておける性分ではないのだ。結局わずかな逡巡の末、質問というよりはレオたちに推論を聞かせるように口を開いた。
「……エミナの施設に行って思ったことなんだけど。エミナの術式って、私たちが使っている術式と言語体系が全く違うんだよね。術式を発動する装置も、とても高度な技術で作られてる。私は最初、その技術は復讐霊を倒すためにエミナが独自に開発したものだと思っていたんだ」
「……間違ってはいないんじゃないのか? この男のことは置いておいてもエミナと復讐霊の接点は元々あったんだろうし、昔から復讐霊を倒す研究をしてたんだろ?」
「それがね……そうだとしたら、本来彼らは魔界語か魔界古語を使うはずなんだよ。だってこの世界の術式体系は、創造主である魔王と大精霊によって組まれているんだから。……こんな、世界の外側から来たような不可解な術式を自分たちで開発することは、ありえないんだ」
「……んん?」
言われてみれば、この世界の理を作っているのは大精霊だ。そして術式体系は、人間界と対である魔界の創造主、魔王と共有している。つまり、この世界で術式を組むなら魔界語か魔界古語であり、だとすればクリスに読めないわけがないのだ。
しかしエミナでは、クリスでも理解できない術式言語がまかり通っていたということで。その理由に思考が行き当たって、レオは目を丸くした。
「もしかしてあんたは、エミナに術式言語と技術を伝えたのが復讐霊だと言いたいのか……!?」
「だって、それしか考えようがないだろう? 他に独自に術式を体系化して、それを魔力で下支えできるような存在なんていないからね」
だとすると、エミナは復讐霊の作った国であり、復讐霊に支配されていた国ということになる。
しかしそれを横で聞いていたネイが、怪訝そうな顔で口を出した。
「いやいや、クリスさん。だとしたら復讐霊を倒すためのリインデル術式研究所の存在なんて許されないでしょ。長年研究していて、バレないわけないと思うんだけど」
「うん、リインデルが最初から復讐霊の討伐目的で作られた研究所だったならね」
「……どういうこと?」
「リインデルの語源、転生や化身を表すリイン、削除や消滅を意味するデル。それを、エミナと復讐霊が敵対していたという先入観から『復讐霊の転生を阻止し消滅させる』造語だと解釈してたわけだけど。エミナが復讐霊の支配下にあったと考えると、リインデルという単語は逆の解釈だったとしか思えないんだよ。……つまり元々は、『化身させて消す』ための研究所……それも大精霊を消滅させる術式を開発するための研究所だったんじゃないかってこと」
「何……!?」
クリスの話は、ここまで構築されてきた過去の推察を大きく覆すものだった。まさに青天の霹靂だ。
……だが、これならリインデル術式研究所がエミナの国の中で長く存続していたわけも、大精霊がエミナの王に加護や能力を与えなかった理由も、説明が付く。
「……その後、何かをきっかけにリインデル研究所が復讐霊に反逆するための術式を研究しだして、それに気付いた復讐霊がこの男を利用してエミナを滅ぼした、ということか……?」
「私の推論ではそういうことだね。つまり……」
レオの言葉にクリスは軽く頷いてから、初代王を真っ直ぐに見つめた。
「……エミナが滅んだのは私の先祖のせい、なのでしょう?」
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