兄、二大可愛いに動きを封じられる
「ユウト、手を放せ。こいつが本当にボス(仮)ならどっちにしろ倒すしかないんだぞ」
「でも、事情も聞かずに叩き切るなんてダメ!」
ひとまず、いつでも攻撃に出られる構えでいなければ。そう考えてユウトに声を掛けるが、その手は却って強くしがみついてくる。そうしているうちに不意に逆の手も掴まれて、見ればいつの間にか人化したエルドワがぶら下がっていた。くそ、こいつもか。
「……おい、エルドワ」
「レオ、大丈夫。あいつ嫌な瘴気の臭いしない。ユウトの言う通り、倒さないでもう少し話を聞いた方がいい」
「いやお前ら、絶対カリスマにやられてんだろ……」
まさかユウトたちがこんなにあっさりと掛かるとは、予想以上の威力だ。初代のカリスマ、恐るべし。
こうして押さえに来ているのがクリスとネイなら遠慮なく力尽くで吹っ飛ばすのだが、さすがにユウトでは怪我をさせてしまうし、エルドワを力で振り払うのは至難の業。レオはどうしたものかと顔を顰めた。
キイとクウを呼び寄せて初代王を黙らせるにも、召喚術式を発動するための左手はエルドワにがっちりホールドされているのだ。それにそもそも彼らが咆吼持ちのグレータードラゴンでいられるのは、召喚した直後の三十分程度。差し迫って危機があるわけではない現時点で呼び出すのもはばかられた。
困った。こんな時こそ己がユウトにカリスマを発動できればいいのだが。
「ユウト、俺の言うことが聞けないのか? ちょっとあいつ殴ってくるだけだから手を放せ。あんな男より俺の方が大事だろう」
「もちろんレオ兄さんの方が大事。だけどレオ兄さんこそ、僕のことが大事なら言うこと聞いてくれてもいいんじゃない? 僕のお願い聞いてくれないの?」
「くそっ、そう来たか……反抗的な上目遣いのユウトも可愛いな!」
弟に意識を向けて説得を試みたが、カリスマを発動するどころか逆に萌えさせられた。これは言葉選びを間違ったか。クリスはユウトに負の感情を抱かせる言葉を向けてはいけないと言っていたけれど、敵を前にしてはなかなかに難しい。
レオは仕方なくその矛先を初代王に向けた。
「貴様! この二大可愛いに俺の動きを封じさせるとは、何という極悪非道っぷりだ! カリスマを解いて俺とタイマンで勝負しろ!」
「使えるものなら可愛いものでも利用してこその悪役だろう。見ての通り、私は単身だし鍛えられた肉体も持ち合わせていないのだから、それなりに卑怯な手を使わないといかん。お前と真っ向から差しで戦えば、私などものの数秒も保たんからな」
「貧弱過ぎる! 貴様、本当にボスか!? いや、ボス(仮)か!? こんな浅い階層にいるのも嘘臭いんだが!」
「このゲートの階層を浅く感じるのは、お前たちだからだよ。本来ここはフロアの移動がランダムで、階層の数は数千なのだ。お前たちでなければ、私の元に来るのはほぼ不可能だったろう」
そういえば、この男は『レオたち』を『待っていた』と言っていたのだった。つまり、我々がこのゲートにアタックすることも、無限の階層をすり抜けて最下層に辿り着くことも、最初から知っていた。
と言うことは、もしや。
「……もしかしてこのゲートは、私たちを待ち受けるために作られたのですか?」
いち早くその可能性を察したクリスが、初代王に尋ねた。
その手にはいつの間にか武器でなく紙とペンが握られている。いや、取材かよ。戦闘放棄しすぎだろう、こいつ。
「おい、クリス。質問してる場合か。カリスマに掛かるからもう耳塞いどけ。まだ戦闘になりそうにねえし、沈黙掛けるよりその方が早い」
「あっ、ごめんレオくん。私もうカリスマ掛かってるから話聞かずにはいられなくて、君の言うこと聞けないんだよね。ユウトくん、エルドワ、悪いけどレオくんのことしっかり掴まえててね」
「……あんた、絶対自分からカリスマ掛かりに行ってるよな?」
「まあまあ、レオさん。正直この初代王ならその気になればすぐ倒せそうですし、おとなしく様子を見ましょうよ」
「なら狐、貴様だけでもカリスマ防止に耳を塞いどけ」
「いやあ残念、レオさんの命令なら聞きたいんですけど、俺ももうカリスマ掛かってるんで」
「……お前ら後でぶん殴るからな」
こいつら、初代王の話に興味津々すぎる。本当にカリスマに掛かってるのか、便乗して好奇心を満たそうとしているのか分かりづらい。
まあそもそも、目の前のこの男が敵意も悪意もこちらに向けないから、戦闘モードの空気にならないのだ。その上で絶えずレオたちの気を引くような話題をちらつかせ、こちらの耳目を奪う。
なるほど、語彙力、話術、洞察力諸々を駆使したカリスマとは、想像以上の求心力を発揮するのだ。初代王と対峙する前、クリスの説明を聞いていた時は、魔力を使用しない魅了魔法のようなものだと理解していたけれど。
全ての咎を背負う潔い責任感と人間力、場の空気を掌握する話術、こちらの好奇心を満たすに足る知識。それらが上っ面の混乱を伴う魅了とは違い、理性と知性に違和感なく浸透し働きかける。これがカリスマなのだ。
おそらく今レオ以外の全員が、自分は冷静な判断の上で”自発的に”こうしているのだと思っているだろう。事前にこうなることが分かっていてもだ。
実際クリスも以前ベラールでライネルの演説を聞いた際、カリスマに「分かっていても掛かってしまった」と言っていた。
ならばきっと今も、初代王がこちらの気を引く言葉を発した時点ですでにユウトたち全員が術中にはまっている。自覚のないトランス状態に陥り、自身の盲目的な変化に気付けないのだ。
……さて、どうやってこの面倒な状況を脱するか。
レオは思案する。
いっそのこと話を聞いて、仲間の好奇心を満たしてしまった方が早いか? 耳を傾ける必要がなくなれば、多少は状況が変わるだろう。その結果さらにこの男に肩入れするようになると厄介だけれど、そうなったらどうにかエルドワだけでも振り払ってキイとクウを呼べばいい。
何より初代王の敵意が見えぬ今、下手に動いて切り捨てでもしたら、ユウトに「レオ兄さんひどい! 大嫌い! もう口きかない!」などと言われて己が精神的に死ぬのだ。
まずはこの男が攻撃するに足る悪意を見せるまで、討伐するのは我慢するしかない。
ここに来る前にクリスの語った内容が本当なら、カリスマの言葉には悪意が乗れば綻びが生まれるはず。戦闘に入る流れのない今は、その隙を狙うしかあるまい。
こちらに攻撃をしようとすれば、言葉のどこかに悪意を忍び込ませねばならないのだから。
レオはそう決めて、渋々と黙り込んだ。
……それに不本意ではあるが、カリスマに掛かっていない自分とてこの男が持つ答えが気になるのも確かなのだ。そんな思惑からレオが横槍を引っ込めると、クリスが再び前のめりに初代王に問いかけた。
「さてと、改めてお伺いしますが。ここは私たちを待ち受けるために作られたゲートで、ここに私たちが来ることは最初から分かっていたのですか?」
先ほどの初代王の言葉は、そう思わせる内容だった。レオたちがここに来ることは必然であったというような。
それを斟酌なく訊ねたクリスに、男はあっさりと答えた。
「分かっていたと言えばそうだが、このゲートに誘い込もうと狙ったわけではなく、結果的にここでお前たちを待つことになったというのが正しい。ゲート自体は魔尖塔の出現によって生成されたものであり、我らはこの卵のような空間ごと召喚されただけだからな」
初代王はクリスの言葉に丁寧な訂正を入れる。
「そして正確に言えば、魔王が待っていたのは我が末裔と世界の希望だ。こやつらは魔王を起こし、この剣を破壊する盟約を彼奴と交わしていた。その約束を果たす場が必然的にここになり、ここは魔王の魔力に引き寄せられたこやつらしかたどり着けぬ場所になったのだ」
「あ、もしかして私たちは彼らのおまけでした?」
「いいや、お前たちもまた世界の希望の宿命に選ばれて帯同を許された特異存在。魔王との盟約とは別に、必要とされてここにいるのだ。こやつらと力を合わせ剣を破壊し、魔王を起こすために」
その言葉を聞いて、レオは眉間にしわを寄せた。
魔王を起こすことも剣を破壊することも約束していたことは確かだが、それはこの初代王を倒す……殺すことと同義。なのにその討伐対象が、なぜこうも平然と答えをくれるのか。胡散臭い。
しかしクリスはそこに疑いの目を向けることはなく、重ねてゲートについて訊ねた。
「このゲートは、魔王が作り変えたのですか?」
「意図的に再構築したのかという意味でなら、違う」
これにもまた初代王は即答する。
「ここは世界の理から外れて作り出されたゲートだ。本来、創造主の管理下にはない。ただ生成の途中で魔尖塔が崩壊したため、未完成で空間が安定しないまま放置されてしまった。魔王はそれを自らの魔力と剣の内包する賢者の石の力を使って、無理矢理安定させたのだ。そのまま放っておくと、世界を滅ぼすために歪んだ魔物を次々と排出するだけのゲートになる可能性があったからな」
「歪んだ魔物……フロアにいたキメラのような複合魔物のことでしょうか?」
「うむ。奴らは最終戦争の末期に地上を火の海にした。そんな魔物が地上に垂れ流しになったら再び世界が滅びの危機に瀕し、魔尖塔が現れて混沌を呼び寄せてしまう。そうなればこの世界と対になる魔界とて無事にはおれん。ゆえに魔王はペナルティを顧みず、剣を使ってこのゲートへの介入をしたのだ」
「えっ? じゃあ父さんは、自分からその剣と混じりにいったんですか?」
てっきり魔王はここに召喚された際に不可抗力で剣と混交したのかと思っていたが、そうではないらしい。ユウトが信じられないといったように目を丸くする。
そんなユウトに、男は微笑んだ。
「魔王はお前たちがここに来ることを信じていたからな。この剣を破壊し、魔王を起こすという約束を果たしに来ることを。だからこそその決断をしたのだろう。……まあ、お前たちにとってはそう仕向けられたという面もあるだろうが、実際こういう状況になっているのだから、全ては上手く進んだわけだ」
「こういう状況、ねえ……」
レオはぼそりと独りごちる。
耳に心地良い声と悪意の見えない言葉は、すっかり聴衆と化したユウトたちの警戒心を削いでいく。それが却ってレオの不信感を強めるのだ。
特に違和感があるのがネイの反応。レオと同様に、耳障りのいい言葉を聞くと無意識にその意味の裏を読んで警戒する捻くれたこの男が、まるで疑っていない様子で話を聞いているのが気持ち悪い。
通常のネイであれば、今の言葉でこう思ったはずだ。
まだ剣も破壊していないし魔王も起こしていないのに、何をもって『全てが』上手く進んだというのか? と。
もちろん魔王がこの途中経過を知ったとすれば、今の状況を歓迎はするだろう。だが何も達成していない現時点でこの状況を『全てが上手く進んだ』と考えているのは、きっと魔王ではなく、この男。
何を企んでいる?
そこを訝しく思うけれど、一方で悪意の片鱗も見せない初代王には付け入る隙がなく、レオはまたその言葉に耳を傾けた。




