兄弟、エルダール初代王と対峙する
以前入り込んだ時は真っ白で明るかった卵の中の空間が、今は卵の殻同様に黒く、暗い。完全な闇だ。
その空間の奥に仲間とは違う気配を見つけて、レオはユウトの手を少し自分の方に引き寄せた。それとほぼ同じタイミングで、弟が魔法を唱える。
「みんな、一瞬だけ目を閉じて! ブライトリング!」
周囲を照らす、灯りの魔法だ。いつもならこんな敵前で独断による魔法を発動したりしないユウトなのだが、ここでは視界がないと危険だと考えたのだろう。賢明な判断だ。大きな灯りの輪は、たちまち空間全体を照らし出した。
暗闇に視界が順応する前に明るくなったおかげで、ひどく目がくらむこともない。すぐさま目を開けたレオは、ユウトを背後に庇いつつ正面の敵に目を向けた。
視線の先にいたのは、一人の高貴な服を着た男だった。腰に下げている剣は当然呪いの剣だ。どうやら魔王はそれと同化していて、目に見える形ではいないらしい。
男は単身で、そのたいして腕力もなさそうな体つきは、レオなら一撃で仕留められそうだった。
しかしその顔を見て、一同は一瞬動きを止めた。
「よく来たな。歓迎するぞ」
耳障りのいいバリトンの声。余裕のある表情と悠々たる佇まい。それすらも『彼』を彷彿とさせて、レオたちを戸惑わせる。
そう、この男、あまりにも似ているのだ。エルダール現国王、ライネルに。
その見た目は間違いなくエルダールの血脈。予想した通り、レオとライネルの先祖、復讐霊に誑かされた初代王に他ならない。
「……こいつが、エルダール初代王……」
「うわ~、めっちゃ攻撃しづらい見た目……。何あの人、陛下にそっくりじゃん」
「強カリスマを持ってる王族は似るのかな? この優男然とした雰囲気に呑まれるんだよね。全く敵意が感じられないし」
「……なんか、ライネル兄様に似ていい人そうじゃない?」
「アン」
「おい、油断するな。こいつは兄貴じゃねえんだぞ」
その見た目と雰囲気のせいで、レオ以外の全員があっという間に戦意を削がれてしまった。いつもなら本能的に敵と味方を見分けるユウトすら、早々に靡いている。もしや最初の第一声で、すでにカリスマが発動されているのか。
レオが注意を促すと、初代王の目がこちらを捉えた。
「とうとうここまでたどり着いてくれたか。私はずっとお前たちを待っていたのだ」
「俺たちを待っていた? ……『俺たち』が来ることが分かっていたのか?」
「そうだ。我が末裔にして、神の依り代よ」
そう呼ばれて、レオは目を瞠った。この男、これまでの敵と違って明らかな自我がある。そして、明確にレオのことを個人として認識している。どういうことだ。
「神の依り代って……レオさんのこと? 何それ」
「今は俺の話なぞどうでもいい。それよりも気を抜くんじゃねえ。貴様の殺気はどこいった」
「いや、向こうに敵意がないし、あいつが次に何を言うか気になって戦意もわかないというか」
「ネイくん、意識を向けすぎないように気を付けて。彼の言葉が興味深いのは確かだけど、傾倒しすぎず冷静に聞かないと」
クリスは幾分まだ状況を客観視できているようだ。しかし知識欲のかたまりのようなこの男は、分かった上で初代の次の言葉に耳を傾ける。
そんなクリスに、初代王の視線が移った。
「お前も、会えて嬉しいよ、エミナの忘れ形見。そこの魔法使いは世界の希望だな」
エミナの忘れ形見。その呼称に、クリスが目を丸くする。同様に、ユウトも世界の希望と言われてぱちりと目を瞬いた。
……この初代王、レオだけでなく『俺たち』を待っていたというのは嘘ではないようだ。
どうしてなのか分からないが、知っているのだ、世界におけるレオたちの肩書きと役割を。
クリスに至ってはエミナの末裔だと分かったのはこのゲートに入ってからだというのに、どうやってそれを知ったのだろう。
「……私がエミナの流れを汲むものだと、なぜご存じなのです?」
レオと同じ疑問を抱いたらしいクリスが直接男に訊ねた。敵とはいえエルダールの初代王相手だからか、口調が恭しい。
そうして自分に向かって敬意を払うクリスに、初代王は鷹揚な笑みを浮かべた。
「分かるとも。お前がルイス……リインデル術式研究所の所長に瓜二つだからな。一緒にいる世界の希望については、こいつに聞いた」
こいつ、と示したのは腰に佩いた呪いの剣だ。しかし剣自体がそれを知るわけがないから、おそらくそこに混じっている魔王を指しての言葉だろう。魔王の知識の一部が、この男にも流入しているのかもしれない。
……となると、思った以上に厄介だ。これは隙だらけの今のうちに切って捨てるべきか。
そう考えたレオは、剣に手を掛けるためにユウトの手を放そうとした。しかしその手は、放れるどころか強く握り込まれる。弟が、意図的に兄の動きを封じたのだ。
そうしてレオを制したユウトは、初代王に問いかけた。
「……僕が世界の希望だと、魔王に聞いたんですか? その剣に混ざった魔王の知識を吸収したわけではなく?」
「そうだ。お前が魔王の息子だということも直接聞いた」
「あなたが、父さんと会話を……?」
「魔王の手にこの剣が託されて以降、幾分時間があったからな。剣の術式によって具現化された私は、魔王といろいろ話をしたのだ」
「え、待って、魔王としたいろいろな話って、例えばどのようなことでしょうか!? 私の祖先とのこともお聞きしたいのですが!」
まずい、男の言葉で過去への探究心を刺激されたらしいクリスが割って入ってきた。訊かれたことにすんなり答えをくれる初代に興奮(?)したようだ。この知識欲お化け、こうなるとかなり面倒臭い。さっきまでの冷静さはどこ行った。
「おい、その男が言うことを鵜呑みにすんなよ。全部嘘かもしれねえんだからな。その話を証明する魔王がいないんだから、何とでも言える」
「嘘が混じったとしても、最終戦争当時の真実を知る方だよ!? 訊ねて答えてくれるなら、いろいろ訊く価値ありだろう!」
「ふむ、良い熱意だな。可能な範囲で良ければ答えてやるが」
「ありがとうございます! そんなわけで、レオくんしばらくステイしてて!」
なんだか、いつもなら一番大人で頼りになる男が真っ先に敵に傾倒している。初代王の話が気になるのか、ユウトもネイも、足下のエルドワすらも完全に静観の構えだ。
……これ、すでにカリスマの術中にはまってないか?
ここから問答を始めてさらに初代王の言葉を浴びたら、厄介なことになるのではなかろうか。
これはステイなどしている場合ではない。レオは再び剣を握ろうとユウトの手を放そうとする。
しかし今度はユウトがレオの利き腕にぎゅっとしがみついてきた。
「待って、レオ兄さん。この人、全然嫌な感じがしないんだよ。悪い人じゃないと思うから、もう少し様子を見て」
「馬鹿を言うな、こいつは敵だぞ!? 悪じゃない男が、あの呪いの剣を腰に佩いているわけがないだろう!」
「そうだな、私は悪人だ。何ならこのゲートのボスだ。このフロアは脱出アイテム使用不可。お前たちは私を倒さねば、ここから出られまいよ」
「……は?」
横からさらりと告げられた言葉に、レオたちはまたも一瞬動きを止める。初代王の言った内容が、真実なのか嘘なのか揶揄なのか、判断しかねたからだ。にわかに信じ難かったのは、この男があまりにボスっぽくない佇まいをしているせいでもある。
カリスマを持っているとはいえ、レオたちを倒せる強さを持ち合わせているようにも思えなかった。
そうして困惑するこちらに、男が軽く肩を竦める。
「……いや、私がボスというのは少々語弊があるか。正確には、これがそうだ」
そう言った初代王が指で示したのは呪いの剣。確かにこの男はこの剣によって具現化されただけで、本体はこちらで間違いあるまい。だが仮初めに形作られただけの存在が、ここまで真っ当な人格を維持できるものなのだろうか。
「……胡散臭え」
「当然だろう、私は聖人君子ではないし、エルダール建国のために汚い手を使ってきた男だ。簡単に気を許されては困る」
「こいつ……マジで兄貴にそっくりだな……」
カリスマとはてっきり偽善ぶった言葉で人心を惑わすものかと思っていたけれど、自身の咎を納得の上で背負い、その責任を負ってなお高潔でいられる精神力を見せつけるものなのかもしれない。
そう、父殺しの汚名を背負っていても、気高さを失わないライネルのように。
レオですら、この男のことを怪しんでいても嫌悪感は一切わかないのだ。だからこそ、気を緩めるわけにはいかない。その思惑を知るまでは。




