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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、心がざわめく

 確かにレオはユウトに対してだけは意識を向けるし、言葉を尽くすし、悪意など絶対に向けない。だがスキルを発動して弟を意のままに操ろうという意思もないのだ。正直、敵以上のカリスマを発揮できる気がしない。


「……やはり無駄な気がする」

「まあまあ、あくまで副次的な効果としてさ。知性が上がればおそらくみんなの精神攻撃への耐性や魔防が上がるし、何よりユウトくんの魔法攻撃力も上がるわけだし。今回の戦闘では、ユウトくんの聖属性魔法も大きな戦力だからね」

「それはそうだが……」


 この男、何でこんなに知性押しなんだ。本気でレオのカリスマが、もしもの時の切り札になると考えているのだろうか。

 だがまあ、ユウトの魔法力の強化も兼ねると言われれば無下にもできない。弟には攻撃だけでなく、魔法障壁などの補助魔法も頑張ってもらわねばならないのだ。レオは仕方あるまいと、ため息と共に頷いた。


「……まあいい。あんたがそこまで言うなら……ユウト、全員の知性を上げてくれ」

「うん。ガラさんお願い」


 ユウトが主精霊の紋章の書かれた世界樹の木片を取り出して、頭上に翳す。すると全員の身体を一瞬だけ覆った光が、すぐに内部に浸透するように消えた。

 詠唱が必要ないユウトの精霊魔法はなんとも手軽だ。しかしその手軽さからは考えられない高い効果がある。それで体内魔力が増したのを身をもって感じたらしいネイが、感心しつつ肩を竦めた。


「すげーめっちゃ簡単。ユウトくん、これって部屋の外にいるキイクウにも効いてんの?」

「はい。ある程度近くにいる仲間にはまとめて掛かるみたいです」

「さすが、範囲も効果も規格外だね。私でも思考がクリアになったのが分かるよ。今なら魔界古語でも読めそう。レオくんはどう?」

「……どうって何だよ」

「語彙力とか説得力とか上がったかなって。試しにユウトくんにカリスマ発動してみたら?」

「そんなものさっき知ったばかりでやり方も分からん」

「分からないから試してみるんじゃないか。ほら、ユウトくんに意識を向けて、聞いて欲しいお願いしてみるとか」


 クリスがなんだかわくわくした様子でレオを促してくる。面白がっているわけではなかろうが、知識欲から来る好奇心なのか。

 まあ、ユウト相手に願い事をしてみるくらいなら特に問題ないけれど。

 レオは弟をじっと見つめ、適当な頼み事を口にした。


「ユウト、狐を一発ぶん殴ってくれ」

「え? どうして? いやだよ」


 即座に拒絶された。カリスマのカの字もユウトに響いていない。

 やっぱり無理だったかとクリスを見ると、その様子を見ていた男は少々不満げな表情でダメ出しをしてきた。


「レオくん、それは無理だよ。さっき言ったでしょ、カリスマは悪意のある言葉に乗らないんだ。威圧や強制は言わなくてもしないだろうけど、相手に罪悪感や後ろめたさみたいな負の感情を抱かせない言葉選びが重要なんだよ」

「……面倒臭え……」

「だから語彙力が必要なんだ。そう考えるとライネル陛下がどれだけ話術巧者か分かるだろう?」


 なるほど、カリスマを持っていても磨かないと役に立たない理由が分かった。聴衆に心地良く聞かせる声、的確に物事を伝える話術、悪意を乗せないための語彙力。これは一朝一夕で身に付くものではないのだ。

 そう考えれば、父王のように悪意を乗せた威圧的な命令ばかりしていたような男にカリスマが発動できるわけもない。……まあそれは、レオとしても他人のことは言えないのだけれど。


 ただレオは、ユウトに対してだけなら悪意を含めるなと言われれば可能だし、余程のことがない限り威圧も強制もしない。語彙を尽くすことを億劫だとも思わない。ならばいけるはず。

 レオはふむと理解を示して、もう一度弟に意識を向けると軽い願いを口にした。


「ユウト、俺にぎゅっとしてくれ」

「うん? いいよ」


 今度はユウトがすぐに寄ってきて、願い通り兄の腰にぎゅっと抱き付く。願いはあっという間に叶った。


「おい、成功したぞ」

「いやいや、いつもの二人でしょこれ。クリスさん、これじゃ実証試験として成り立ってなくない? レオさんの語彙力ひどいし」

「どうかな? 私はこれで大丈夫だと思うけど」


 ネイの突っ込みに、クリスはあっけらかんと微笑んだ。本音を言えばレオとしても何か手応えがあったわけではないのだが、この男的にはこれで問題ないようだ。

 しかし代わりに言い含めるように、課題を出された。


「レオくん、その調子でさ。ここから戦闘が終わるまでの間、ユウトくんに攻撃的な言葉や悪意の乗った言葉、威圧的、強制的な言葉を使わないようにしてみて」

「ユウトに対して攻撃的な言葉なんか使わんが」

「ユウトくんに対して、じゃなくてさ。ユウトくんに向かってさっき言ったように、『誰かを傷つけろ』みたいな攻撃的でマイナスの感情を抱かせる命令口調を使わないでってこと」

「面倒臭え……」

「そう言わずに。その言葉選びの語彙力を上げるための知性アップなんだから」


 クリスは苦笑をしつつレオを宥める。そんな男に、レオは仏頂面で答えた。


「そもそも、別に俺はユウトを支配したいとは思ってない」

「それは分かってるけど。レオくん、自分以外に支配されたユウトくんに耐えられる? 敵の支配からユウトくんを取り戻せるかもしれないとなったら、やらない手はないでしょ?」

「それはそうだが……しかし、こんな付け焼き刃で熟練のカリスマに対抗できると思えん」

「そう? 私は結構いけるんじゃないかと思ってるんだけどな。まあ、やってみて損はないじゃない。ここでカリスマスキルの効果が検証できれば、今後に役立つこともあるかもしれないし」

「……それ、検証することであんたが知識欲を満たしたいだけじゃないのか?」

「うん、まあ、それも八割くらいある」

「そっちの割合多すぎだろ……」


 レオは大きなため息を吐いた。この素直で悪びれない様子に毒気を抜かれるのだ。ネイとは逆で自然にレオの沸点を下げてくる、得な性格をしている。

 まあもとより、クリスの提案でレオが損害を被る事態に陥ったことなどないのだ。面倒臭かったり手間が掛かったりはするが、結局レオやユウト、延いては仲間のためになる。

 そう考えれば、ここでの多少の譲歩もやむを得まい。

 レオはもう一度これ見よがしなため息を吐くと、ひとつ頷いた。


「……仕方ねえな。一応留意しておく」

「そう、良かった! じゃあよろしくね! ではさっそく敵の元へ向かおう!」

「うわあクリスさん、すげー瞳が輝いてる。これ、知性が上がったせいで知識欲も爆上げしてない? ちょっとウザい」

「安心しろ、貴様のウザさには敵わん」

「えー? そんな褒められても何も出ませんけど」

「褒めてねえわクソが」


 レオは舌打ちで話を締めて、未だに兄の腰をぎゅっとしているユウトのつむじを見た。その頭を撫でると、腕の力が緩む。


「もういいぞ、ユウト」


 名を呼べばその視線がレオを捉えた。

 その瞬間、レオは妙な既視感が胸中に芽生えて狼狽える。なぜだか見上げてきた弟の瞳が、不思議な感情の色を乗せていたからだ。

 ……これは、カリスマの影響だろうか。

 どこか覚えのある色。……そうだ、まるでこの子が五年前の『チビ』だった頃のような。


「チ……ユウト?」

「レオ兄さん」


 一瞬『チビ』と口走りそうになって、しかし慌てて呼び直すと、いつも通りの呼び名が返ってきた。それにひとまずほっとする。

 そんな兄に、弟は穏やかに微笑んだ。


「僕、他の人は嫌だけどレオ兄さんになら支配されても大丈夫だから」

「……俺はお前を支配したりしない」

「ふふっ」


 レオの言葉にユウトはどこか楽しげに笑う。そして抱き付いていた腕を解くと、すぐに普段通りの顔に戻ってしまった。


「そろそろ卵の中に行こう、レオ兄さん。クリスさんがそわそわしてるし、キイさんとクウさんも待たせちゃってるし。父さんも助け出さなきゃ」

「あ、ああ」


 何だろう、今の感じは。その違和感にレオは心がざわめく。

 しかしそれを探ればパンドラの箱を開けてしまいそうな気がして、結局レオは何も気付かぬふりをして頷いた。


 そうだ、今はそんなことよりも、目の前の敵に集中すべきだ。

 心に潜む不安に蓋をして、弟の手を取り握りしめる。


「……行くぞ」

「うん。エルドワ、おいで」


 ユウトが空いた方の手に子犬を抱え上げ、クリスとネイもレオの肩に手を置いた。これで全員で転移できるはずだ。

 最後にレオが黒い卵に触れる。


 次の刹那、四人と一匹は広く暗い空間に飛ばされていた。


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