兄、迷宮に隠されていたものに納得する
魔法障壁で囲われ、特殊な加工で侵入を阻む迷宮。
復讐霊と手を組んでいたはずのエルダール初代が、なぜそれを作ったのか。
今ならレオがそこに閉じ込められていた理由が分かる。父王が、神の依り代たる息子に復讐霊が勝手に憑依するのを阻止するためだ。
だがそれはあくまで現代の話。
この迷宮はそれよりも遙か昔に建てられている。つまり別の理由があるのだ。
その問いに対して、クリスは再び推論を口にした。
「ここで重要なのは、おそらく復讐霊とエルダール初代王との関係性だと思うんだよね。当然だけど、彼らの間には信頼関係なんてないのは分かるでしょ? 立場も対等じゃないし。復讐霊が王に力を与えたのは、単純に自分の手駒として使うために他ならない。エミナを……というか、この世界を滅ぼすためだ」
「そういや、復讐霊にとってエルダールの立国は不本意な結果のひとつだよな。本当は人間をそそのかして世界を壊滅させ、再生した世界の創造主になろうとしてたんだから。……ってことは、復讐霊は初代王に対して良い感情は持ってないよな」
「王の方もそうだったと思うよ。復讐霊のせいで、最終的にはあと少しで自分たちまで滅ぶような事態になったはずだし。それでもその頃にはすでに血の契約は結んでいただろうから、表立っては逆らえなかったんじゃないかな」
「ああ……」
血の契約は強力な守護が見込めるが、代わりにだいぶ縛りがきつく、隷属的な側面が強い。ゆえに命じられれば傀儡になるしかないため、それなりに分別のある者なら簡単に受けることはないだろう。
だがおそらく初代はそれまで、エミナを潰して自分が王になるために、『対価の宝箱』を利用していたのだ。明言はされていないが、宝箱に関する文献にそれらしい記述があった。合致する状況から考えて、エルダール国王のことでほぼ間違いあるまい。だとすれば、宝箱に強く依存させられた上で対価のひとつに血の契約を提示され、盲目的に受け入れた可能性が高かった。
それも、本人だけでなく一族に連綿と続く、最悪の契約をだ。全く、迷惑窮まりない。
まあとにかく、以来王家は血の呪縛でいいように使われているのだ。こんな間柄で、信頼関係など築けるわけもなかった。
ちなみに、ヴァルドとエルドワもほぼ一方的に自分からユウトと血の契約を結んでいるが、これはかなりのレアケースと言えよう。普通自ら「隷属します!」などという物好きはそういない。
まあでも従いたくなる気持ちは分かる。ユウトは可愛いし良い子だからな。
レオがそんなことを考えていると、今ひとつ得心が行かない様子のネイが横から質問を挟んできた。
「クリスさん、質問。世界が滅びを免れてエルダール王国ができた後も結局血の契約によって手を組んでたのに、復讐霊の意にそぐわない迷宮を作ったり何か隠したりって、可能なもんなの? 止めろって言われそうなもんだけど」
「その辺りは文献で残っていないから確認のしようがないね。でもこれらの国の建造物は、初代が王位に就いてから数年のうちに急いで作られたみたいなんだ。だから、もしかするとその間は復讐霊が不在だったのかもしれない。直前に最終戦争があったわけだしね」
「あ! そうか、世界の動静に強く介入しすぎると、ペナルティを食らうんだっけ。てことは、戦争への介入で復讐霊が罰を食らって自由に動けなくなっている間に、エルダール初代王が迷宮を作ったってこと?」
「そう考える方がつじつまが合うんじゃないかな。初代は多分、復讐霊に完全服従することになる前に、自分たちにとって必要なものを隠しておくことにしたんだろう」
最終戦争の時は魔尖塔の出現や魔族軍との戦いで戦況は混沌としており、きっと復讐霊が自身の思惑通りにことを進めるためには多少なりとも介入が必要だったろう。それが上手く進んでいなかったなら尚更だ。
ならばクリスの言う通り、復讐霊がペナルティを食らっていたという推察は十分に信憑性があった。
となると、エルダールの国自体は復讐霊の不在中に初代王の采配で出来上がったわけか。土地の配分、街の整備、必要な施設など。
考えてみれば、王都エルダーレアはとても人間の生活に寄り添った造りになっている。そして何より、王都全体を護る結界が張りやすい地形になっていた。復讐霊の意図ならばこうはならなかったろう。
エルダール初代王は、復讐霊が復活した際に容易く人間を滅ぼせないよう、盤石の準備をしたのだろうか。……何だか復讐霊にそそのかされてエミナを滅ぼした人物像と、かなりギャップを感じるのだが。
まあ、今はその辺はどうでもいいか。
レオはなかなか明確な答えを出さないクリスに再び問うた。
「……結局、初代は迷宮に何を隠してたんだ?」
「私は、復讐霊に抗するための切り札だと思っているよ。エルダールの初代王はおそらく最終戦争後、復讐霊にそそのかされていたことに気付いて、その排除を企んだのだと思う」
「切り札?」
また抽象的な言い方をしやがる。
それについ片眉を上げたが、しかし言わんとしていることは理解できた。レオも経験したから分かっている。あの対価の宝箱に依存し始めると欲が膨れ上がり、正常な判断ができなくなっていくのだ。そしてその依存から解き放たれた途端、知らぬ間に教唆されていたことに気付き、この上なく猛烈な嫌悪を覚える。
もしも初代が幾分真っ当な人間だったとすれば、それまで自分が犯してきた唾棄すべき所業に愕然とし、復讐霊を消し去らねば気が済まぬほど憎むに違いない。
復讐霊の目が届かぬこの迷宮に、それを倒すための何かを隠していたというなら納得だ。
……だが、しかし。
「ちょっと待て。俺はこの奥の部屋に居たことがあるが、そんな切り札らしき特殊なもの見たことないんだが」
そう、そんな重要そうなもの、見たことがない。あそこにはアイテムも本も最低限で、子供用のありきたりのものしかなかった。そもそもそんな大事なものがある部屋に、父王が邪魔に思う息子を入れたりしないだろう。
「レオさんが居る頃にはもうなかったってことかな。初代が早々に使っちゃったとかじゃないんですか?」
「もしそうなら復讐霊討伐に失敗したわけで、血の契約に反したエルダールの王族は今頃奴に根絶やしにされててもおかしくないだろ。過去のエルダール王家の歴史書を見ても、それらしい記述はない」
「うん、切り札を準備しているだけで、実際エルダールの王家筋の者だと血の契約のせいで実行には移せないんだ。だから、切り札そのものに動いてもらうことにしたんだと思う」
「切り札が動く……?」
クリスの言葉に、ユウトが「あっ」とひらめきの声を上げてぱちんと手を叩いた。
「エミナの加工技術や材料と一緒に、リインデル研究所の所長さんも連れてこられて、ここに匿われていたってことですか? 切り札って、多分所長さんのことですよね? その人が生きてないと、クリスさんが血を引き継ぐことなんてできなかったはずですし」
「ああ、そっか。だったら今は生きてるわけないもんね。途中からリインデルの村を作ってそっちに潜伏させたなら、ここにアイテムが残ってるわけもないし。……でも自分の国を滅ぼしたエルダールに、クリスさんの先祖は切り札として従ってたんですかね?」
「その辺は私も何とも言えないなあ。当時の事情は分からないからね。ただ、村自体は昔からちゃんと機能してたみたいだし、思いの外厚遇されてたんじゃないかな。もしかすると、村の住人全員がエミナの人間だった可能性もあるよね」
なるほど、強制か和解してかは分からないが、ここにリインデル研究所の所長を隠していたというのは十分あり得る。そして少なくとも一緒に、迷宮を設計するだけの知識と技術を持った者もいたはずだ。
初代は彼らを地下に匿い、さらには復讐霊が容易く辿り着けないように、迷宮を作らせたのだ。
その推察にレオたちが納得した様子を見せると、クリスは話を進めた。
「このゲートの一階でさ、リインデル研究所の看板を見付けた時、私の村は逃げ延びたエミナの人間の隠れ里だったのかと思ったんだけどね。でも考えてみればあの村は、リインデルの名を冠していながら王国に存在を認められ、その所属になってるんだよ。その上、昔から秘密裏にだけど特殊な文献の研究と所持を認められてる。つまり、初代王が復讐霊への切り札として、エミナの人間を匿ってたんじゃないかと思ったんだ」
「……まあ、結局クソ親父のせいで焼き討ちに遭っちまったがな」
「それはそうだけど、復讐霊とは別の理由だし。……と言っても、エルダール王家は代が進むごとに蒙昧な王になってしまったから、もう初代の意図は途切れてしまっているんだろうけどね」
「大丈夫、まだ途切れてませんよ。レオ兄さんが、切り札の末裔であるクリスさんを見出したんですから!」
リインデルの存在価値を忘れた王家に対して肩を竦めたクリスに、ユウトが意気揚々と反論する。
初代とエミナ、双方の末裔がここに会したのは、確かに因縁じみたものを感じないこともないけれど。初代と父王、それぞれがクリスの一族にしたことを考えると、己に流れるエルダール王家の血は誇れるものではない。
ゆえにレオは弟の頭を撫でつつそれを聞き流すことにした。
「しかしこんな大掛かりな迷宮を作っておきながら、結局切り札をリインデルの村に移すとはな。復活した復讐霊はきっと、反抗的な初代がここに何か隠してると考えただろう。そうしてこちらで気を引いて、リインデルから目を逸らさせたわけか」
「多分ね。リインデルにはさらに魔族軍の城の跡地で、魔造鉱物で完全に存在の気配を消せる横穴がある。重要物を隠すには持ってこいでしょ。……それに、この迷宮は迷宮で、また別の使い道があるしね」
「別の使い道?」
「侵入が難しいということは、脱出もまた困難ということだよ」
そう言うとクリスはにこりと笑った。




