弟、魔王の思惑を知って拗ねる
エルドワの言う従兄弟がジラックにいる偽アレオンならば、とりあえず街中で突然出くわすような不測の事態にはならないだろう。だが、事と次第によっては戦うことになる相手。
まあエルドワにはそれを明かしても平気だろうが、ユウトに聞かれると余計な情にひっぱられそうだ。オルタルフが偽アレオンであることは、今は隠しておくべきか。
……それにしても、前情報との乖離が気になる。その最悪という半魔をクリスはパーティメンバーにした上で、厨二病ではあるが「穏やかな男」だと言っていたはずなのだ。ガントのラフィールとも親しくしていたようだし、聞いた限りでは然程悪い印象はない。
やはり右目と左目で違うという人格の片方に問題があるのだろうか? とりあえず今度ユウトが寝た後にでも、クリスとエルドワを交えて話をまとめよう。
レオはオルタルフのことは一旦棚上げして、話を変えることにした。
「エルドワの親父は、お前に魔王の話をしたことはないのか?」
「あんまりない。魔王は普段姿を消していて、長く生きてるおやじさまでも直接会ったのは数えるほどだと言ってた。魔王の意向は大体が四大公爵家から伝わってくるから」
「四大公爵家……。ヴァルドやグリムリーパーの一族だな。半魔を魔界から追い出す話もそこから回って来たのか?」
「ううん、その時は魔王が直接おやじさまのところに来たみたい。でもまあ元々、魔界ではガラシュ・バイパーのせいで半魔排斥の空気だった。だから最初おやじさまは、おふくろさまがエルドワを身ごもったことを隠し通す気だったらしい。でもどこで見付かったのか、魔王が来て半魔を魔界から出せって言ったって」
そういえば以前、魔界からラグナたちが排斥されたのはガラシュのせいだと言っていたか。だが同じように排斥だけが目的だとすれば、わざわざ魔王が直接エルドワの両親に追放を告げに来る必要もないように思うのだけれど。
そもそも魔王がガラシュのように半魔を疎んじているのなら、生まれる前に殺すように命じることだって可能だったはずなのだ。それを、生まれた後に魔界から出すように言ったというのなら、魔王には魔王なりの思惑があったということ。おそらく魔王は……。
「うん? それって、エルドワが生まれたらガラシュに見付かって殺される前に、魔界から逃がせっていうことだったんじゃない?」
レオが言葉にする前に、ユウトが簡潔に真意を付く。
近しい者に対して良い解釈しかしない弟は、すぐにその理由に思い当たったようだ。いつもは良いように考えすぎだと心配になるが、今回はおおむね賛成しよう。
「俺もユウトとある程度同意見だ。高位魔族が半魔に対して寛容なのだって、おそらく魔王の意向があるからだろう。その魔王が直接告げに来たということは、お前の母親の腹の中に半魔がいると他の魔物や魔族に知られないように、細心の注意を払ったんだ」
そう告げると、エルドワはぱちくりと目を瞬いて、あんぐりと口を開けた。思いも寄らない話を聞いたという顔だ。
悪意として捉えていたこれまでの解釈を突然ひっくり返されて、混乱しているのかもしれない。
「……じゃあ、魔王はエルドワの命を救うために魔界から追い出した?」
「そうだと思うよ! 父さん優しいひとだったもん」
「優しいからではないな。あいつがデレるのはユウトにだけだ。親切心よりは打算的な理由だろうよ」
エルドワを殺させないようにと考えていたのは確かだろうが、そこに絡む思惑となるとユウトには賛同しかねる。
息子以外に興味なさげだったあの男が、他人(他犬?)に親切心を発揮する気などあるわけがないのだ。多分だが、魔王がエルドワに目を付けた理由は、地獄の門番の息子という強力な半魔だから。そして出生時期がユウトと重なっていたからだろう。
……そう考えると、レオと同じようにエルドワもまた、ユウトを護ることを運命付けられた者だったのか。
魔界から追い出すということは、人間界に行くと同義。おそらく魔王は、ユウトのいる人間界に高位の能力を持つ半魔を送りたかったのだ。当時、エルドワがちょうどその条件に合致したのだろう。
「俺がこれからする魔王の話が、エルドワの知りたい魔王の思惑の答えになるかもしれん」
「そうなの? 聞きたい! 教えて、レオ!」
「追々話すからちょっと待て。その前に……ユウト。少し確認したいことがある」
魔王の話もしなくてはならないが、まずはこっちが先だ。
予定外にエルドワが話に加わってしまったから少々後回しになったものの、これを訊かねば落ち着いて話もできない。レオはユウトに向き直ると、その瞳を覗き込んだ。
「ユウト、お前夢の中で昔のことを思い出したと言っていたよな? ……当時のこと、どれくらい思い出したんだ?」
「ん? ええっと……」
唐突に自分に向いた質問に、弟はどこか困惑気味に首を傾げ、中空に視線を向ける。あの頃の記憶を探っているのだろうか。
「……レオ兄さんは、思い出してないの?」
「俺の昔の消えてる記憶は多分、魔王に会うまで解放されない。……別に、その内容はどうでもいいんだ。俺はお前がどのくらいの期間分の記憶を思い出したのかと訊いてる」
「あ、それで言ったら今回僕が思い出したのは、卵の中で自我が生まれてからあの場所を出たところまでだよ。僕が自分で封印していた記憶はこの期間だけだったから」
「……そうか」
ということは、魔研にいた頃の記憶は戻っていないということだ。とりあえずそれに安堵する。
だが一方で、ユウトが自身で封じていたこの記憶にある、忘れてはならない重要な何かとは結局何だったのかは分からずじまいだ。それが少し気になるけれど、もしかするとレオの知らない、卵の中にいた頃の話なのかもしれない。ここで急いで問い詰めることでもないか。
まあ当時のことは、この迷宮の奥で呪いの剣を破壊し、魔王を起こせばレオにも記憶として戻るはず。後の話はそれからでいいだろう。このゲートで剣を破壊したからといって魔王がいるとは限らないが、ここまでだいぶ現実世界とリンクしているところを見ると、因果が繋がっている可能性は高いのだ。
となれば、次に話しておくべきは魔王とレオの取引についてか。これがきっとエルドワ追放の話とも繋がる。その思惑は詳らかにしておく方がいいだろう。
どちらもおそらく同じ目的で、魔王が差配したのだから。
「……では、今度は俺が夢の中で魔王とした話をしよう。いや、話というより取引だな。多分昔の実際のやり取りとは違っただろうが、内容は同じはずだ」
「レオは魔王と取引したのか?」
「まあな、ほぼあいつからの一方的なものだが。しかしこっちにとっても利のある取引だったから問題ない」
「え……父さんが、レオ兄さんと何の取引を?」
「隷属だ」
「れ、隷属!?」
思いも掛けなかったのか、ユウトが目を丸くして素っ頓狂な声を上げる。エルドワも意外そうな顔でレオを見た。
「レオ、誰かの下に付くタイプだと思わなかった」
「俺もそんなつもりはなかったが、特殊な事情があったからな。まあ、その見返りとして今の力を手に入れられたから、悪い話じゃない。魔王に隷属しているといっても、そもそも創造主は世界に強い介入はできないしな」
そう、魔王はレオを使役して直接的に世界をコントロールするようなことはできない。おそらくそれをすると世界からペナルティを食らうのだ。
以前ネイを使って魔術を発動しようとして、罰則で吹き飛ばされた大精霊のように。
「じゃあレオは、魔王に隷属して力をもらう代わりに、何をすることになってる?」
「直近ですべきことは、呪いの剣を破壊して魔王を起こすことだな。……だが一番の使命は、ユウトを護ることだ」
「えっ、僕?」
「そうだ。俺は魔王に力をもらう代わりに、ユウトを護るよう命じられた」
「ずるい!」
レオがどこか自慢げに言った言葉に、エルドワが即座に噛みついた。自称ユウトの騎士としては黙っていられなかったのだろう。
「エルドワもユウトを護る使命が欲しい!」
レオへの対抗意識というよりは羨望を前面に出し、エルドワが頬を膨らます。確かに、自称よりも王から命じられて姫を護る方がずっと騎士っぽいか。その気持ち、分からないでもない。実際、レオはちょっと良い気分だ。
だがおそらく魔王の思惑としては、エルドワも同じ役目。この子供は魔王の来訪の時にまだ生まれていなかったにすぎない。
魔王はユウトが生まれた後を見越して、有能な半魔を人間界に送り込んだのだ。
レオは宥めるようにエルドワの頭をぽんぽんと叩いた。
「拗ねるな。多分エルドワも、生まれる前からユウトを護る要員として魔王に選ばれてたんだ」
「エルドワも?」
「当時から魔王はユウトを護る者を準備しようとしていた。俺はたまたま特殊な体質のせいで直接取引を持ちかけられたが、半魔のエルドワは人間界にさえ送り込んでしまえはユウトに付くと分かっていたから、余計なことをしなかったんだろう」
魔王なら、ユウトが高位の半魔を惹き付ける素養を持っていることを最初から知っていたはずだ。だとすれば、ユウトとエルドワが会いさえすれば、自ら護衛要員を望むのは必然。それを狙っていたのだろう。
ヴァルドも同様で、あいつはあいつでユウトの素養を知った上で救済者と呼んで、喜んでその配下に付いた。全ては魔王の思惑通りというわけだ。
「じゃあ、エルドワも選ばれたユウトの騎士?」
「そういうことになるな」
「……ならいい」
レオの説明で溜飲を下げたエルドワがとりあえず納得をする。まだ少々不満げなのは、魔王と相対してみないと実際のところが分からないからだろう。あくまでもこれは推察で、エルドワには未だ不信感が残っているのだ。
まあ後は魔王に直接会うことでしか、解消する術はあるまい。
そうしてエルドワの方が一段落したと思ったら、今度は隣でユウトがむうと頬を膨らました。
「どうした、ユウト。可愛いな」
「可愛いなじゃないよ! もう、どうして僕は護られる前提なの!? まさか父さんまで、そんな前からレオ兄さんとエルドワが僕を護るように仕向けてたなんて……! レオ兄さんたちも、勝手に父さんに巻き込まれて腹が立たないの?」
「立たんな。ユウトを預けてくれたことには感謝しかない」
「エルドワも、今のレオの話が本当なら全然嫌じゃない」
「ええ~……?」
不機嫌さを隠さずに、ユウトが口を尖らせる。普段はあまり見せないレア顔だ。しかめっ面も可愛い。さすが俺の弟。
黙ってその可愛さを再確認するレオの前で、ユウトは視線を地面に落とし。
そして、兄にとって聞き捨てならない言葉を吐いた。
「……そんなのさ、最初から仕組まれたせいで今僕の側にいるみたいじゃない。特にレオ兄さんは僕を可愛いって言うけど、僕を護るために無意識にそう思い込まされているのかも」




