兄、エルドワの従兄弟の存在を知る
レオは立ち上がって、半魔たちのところに向かう。
するとすぐにエルドワと竜人二人が気付き、その視線につられる形で数拍遅れてユウトが振り返った。
その瞳が兄を捉えてぱちりと瞬く。
「あ、レオ兄さん。もう出発?」
「いや、クリスを少し休ませるために三時間ほど時間を取る。キイ、クウ、お前たちも休憩しておけ」
「了解しました、レオ様」
「ではユウト様、また後ほど」
「うん、ゆっくり休んで下さいね」
ユウトはキイとクウに軽く手を振ると、レオの側にやってきた。兄はその手を取って、他の仲間たちと少し距離を空けた通路の端に向かう。
夢の中の話はあまり他人に聞かれたくないのだ。
レオは頃合いの良いところで足を止めると、当然のようにユウトにくっついてきたエルドワを顧みた。
「エルドワ、俺はユウトと話があるんだ。お前はしばらく狐のところに行ってろ」
「アン?」
子犬は今までぴるぴる振っていた尻尾を止めると、「何で?」と言いたげな顔をする。弟の騎士を自負するこのころころもふもふは、最近頓にユウトの近くにいたがるのだ。以前は兄が弟の側にいれば安心してその場を離れていたが、だんだんユウトに過保護になってきた気がする。
まあ、その気持ちは分かるのだけれど。
「これからする話は、お前には関係のない内容だ。向こうに行って、狐におやつでももらって食ってろ」
「ウ~……」
レオの言葉に、エルドワは不満げに唸る。珍しくこちらに楯突く気のようだ。いい度胸だ、これは実力行使に出るべきか。
こいつは激強子犬ではあるが、安易にレオに牙を立てるような馬鹿ではないし、先に首根っこを掴まえてしまえばどうせ暴れたところで足は届かないのだ。成功の鍵は先手必勝。そう考えて袖をまくると。
「どうしたの、エルドワ。レオ兄さんに向かって唸るなんて、駄目でしょ?」
めっ、と可愛らしく叱って、レオより先にユウトがエルドワを掴まえてしまった。
抱えられた子犬が途端にしょげた様子でおとなしくなるのは、このままユウトに護られるためだろう。この弟はエルドワが年下(に見える)ゆえに、甘いのだ。こういう殊勝な態度を取られると、すぐに絆されてしまう。
「仲間はずれにされるみたいで嫌なのかな。レオ兄さん、別に聞かれて困る話をするわけじゃないよね? どうせ離れたところにいたって耳の良いエルドワには聞こえるんだし、一緒にいてもいいんじゃないかな」
「……こいつの反抗が、仲間はずれとかそんな薄い理由なわけないだろ」
エルドワはそんなことで僻むような子犬ではない。普段は聞き分けがいいし、見た目に反して考え方はとてもしっかりしているのだ。ユウトはいつまでたっても子供扱いしているが、レオはエルドワがそんな場当たり的な感情で動く毛玉ではないことを知っている。
つまりこのころころもふもふは何か目的があって、レオに楯突いてでも二人の話を間近で聞きたいのだ。ただ、その理由が分からない。
そもそもレオはまだ、ユウトにすら何の話をするのか言っていないというのに。
一体勘の良い子犬は、どこから何を察したのか。
そう考えて、レオははたとユウトが先ほど半魔たちと話した内容が関係しているのではないかとひらめいた。
「……ユウト、さっきキイクウたちと何の話をしていた?」
「うん? レオ兄さんと夢の中に閉じ込められた話だよ。そこで父さん……魔王と会った話とか」
「なるほど……」
エルドワはそこでユウトの話を聞きながら、同時にレオたちの話も聞こえていたはずだ。
ならばおそらく気付いたのだろう。クリスたちに伝える重要事項でありながら、レオが意図的に魔王の名前を一切口にしなかった違和感に。
この兄が、弟と夢の内容を共有するまでは、魔王について他人に語る気がないという内心に。
きっとエルドワはそれを受けて、レオがここでユウトに魔王の話の確認をするのだろうとあたりを付けたのだ。
夢の中の話で開示していないのはそれに関してくらいだから、おそらく間違いあるまい。
……だがそこまで推察しても結局、この子犬が魔王の話を聞きたい理由には思い当たらなかった。
これはもう、本人に語らせた方が早いか。
どうせネイに預けて来たところで話はあらかた聞かれるのだし、それでも近くで聞きたいというエルドワの意図も気になる。
レオはまくった袖を戻して腕組みをすると、ユウトに抱えられている子犬を見下ろした。
「エルドワ。俺の指示に従いたくないなら、人化してきちんとその理由を言え」
「あ、そうだね。エルドワ、ちゃんと理由を言えばレオ兄さんも分かってくれるよ? はい、人化して」
「アウ……」
レオの言葉に主人が同調してしまえば、逃げ場はあるまい。
床に下ろされてしまったエルドワは少々不満げにひと鳴きしたが、結局観念して犬耳の少年の姿に変化した。
「……レオ、ユウトと夢の中の話をするつもりでしょ?」
「まあな。だからお前には関係がないと言った」
「その話、エルドワも聞きたい」
やはり、エルドワの目的は夢の中の話のようだ。
それを聞いたユウトは、予想外とばかりに目を丸くした。
「え、それなら僕が後で話してあげるのに」
「ユウトも知らないことだから無理。エルドワは、ユウトが魔力を使い切って眠ってたっていう間のことが聞きたいから。レオ、教えて」
「……具体的に、何が知りたい?」
素直に白状したエルドワに、さらに訊ねる。すると子供はどこか探るような視線でレオを見上げた。
「……レオ、おそらく魔王といっぱいお話したでしょ? エルドワは魔王が何を考えて、何を言ったかが知りたい」
「それは何故だ? 魔王はお前が生まれた頃にはもう行方不明だったろ。面識も何もない奴の言動が、エルドワに関係あるのか?」
「うん。直接会ったことはないけど、関係はある。エルドワはおやじさまから聞いた。……半魔が生まれたら、魔界から追い出すように魔王に言われたって。そのせいで、エルドワは人間界にいた」
「えっ、父さんに!?」
ユウトがさっきまで夢の中で会っていた魔王が過去に言ったという言葉に瞳を瞬く。多分、自分が思っている印象と違ったのだろう。すぐに困惑気味に首を傾げた。
「僕だって半魔なのに、なんでそんなこと言ったんだろう」
「ユウトは実際半魔というよりは半精霊みたいなもの。魔王にとって、エルドワたちとはちょっと違う存在だと思う。……だからユウトは別として、魔王がエルドワたちを排除するようなやつなのか、知りたい」
「……なるほど、そういうことか。それはユウトの話からじゃ分からないもんな。あいつ、ユウトに対してはデロ甘だったから」
夢の中で眠るユウトを抱っこする慣れた様子などを見れば、生まれる前の卵の中でもだいぶ可愛がっていたことが窺えた。その一方で、アレオンには無愛想でにこりともしない。まあレオも人のことは言えないが、明らかに対応差は存在するのだ。
それが半魔排除に繋がるか、気になるということなのだろう。
「魔王がそれを言った時、エルドワはもうおふくろさまのお腹の中にいた。おやじさまはそれを隠してエルドワが生まれてからもしばらく育ててくれてたけど、ある時エルドワはおじきさまに見付かった」
「おじきさま?」
「おやじさまの弟。半魔がすごく嫌いで、エルドワのこともすぐに追い出そうとした。魔王の命令もあったし、おやじさまも仕方なくエルドワを魔界から出した」
「ああ、それでお前は人間界にひとりでいたのか」
「ひとりと言ってもおやじさまがヴァルドと知り合いで、その伝手でガイナのところに預けられたから平気だった。おかげでユウトにも会えたし、魔界を追い出されたこと自体は別にいい」
これまでは魔王は行方不明と言われていたから、特段そちらに気を向けることはなかったのだろう。しかし今回の夢の話からその居場所が分かり、起こしに行くとなれば会うのは必定。エルドワはその時に害意を向けられることを警戒しているのだ。
「魔王がエルドワとユウトが一緒にいるのを許さないやつなら、エルドワだって許さない」
「大丈夫だよ、僕もエルドワといたいって言うから」
毛を逆立てて憤るエルドワを、ユウトが宥める。どうやらこの子犬の中では、魔王の印象はかなり悪いようだ。実際、魔王の言動がエルドワが言った通りなら、そう思うのも仕方ないけれど。
だが、少しだけ違和感がある。
正直に言うと、魔王は思ったよりもずっと懐が広かったように思うのだ。いや、ある意味無関心というか。相手が人間だろうが半魔だろうが大人だろうが子供だろうが、ユウトとそれ以外という感じ。
純血の魔物や魔族は半魔を毛嫌いするらしいが、まさか創造主たる魔王がそれに追随するとも思えない。
いや、純血の魔物だって、ルガルたちのような位の高い者は半魔を受け入れているのだから、魔王がそれ以下の反応をするとは考えづらかった。
「……そういや、エルドワは両親と仲が悪いわけではなかったんだな。自分の子供とはいえ半魔を受け入れるってことは、やっぱり地獄の門番もだいぶ位が高いのか」
「おやじさまは強くて優しくてかっこよくてえらい。種族による差別はしない。爵位も関係ない。良いやつか悪いやつかだけが判断材料」
「あ~、それは確かにエルドワの父親っぽいな。……だが父親の弟なら、その叔父貴も位が高いんだろ? それなのに半魔嫌いなのか」
「おじきさまの半魔嫌いは後天的なものらしい。元々おじきさまにも半魔の息子がいたみたいだし。ただその息子が最悪で、おじきさまはめちゃくちゃ半魔嫌いになったっておやじさまが言ってた」
「息子基準の半魔嫌いかよ……そりゃ迷惑だな」
そんな一例で半魔全部を嫌われるとは、エルドワも災難だ。本当に特異な例だろうに。
レオはこれまで多くの半魔に会う機会があったが、そのほとんどが正直で性格の良い者ばかりだった。ジードだけは最悪の方だが、それこそ特異中の特異だから除外する。
とにかく、そんな半魔はそうそういないはずなのだ。
とはいえまあ、レオとしてもできることならそんな最悪には今後も会いたくはない。ジードのようにユウトに懐かれたらマジでうざすぎる。どこかに閉じこもっていてほしい。
そう思うレオの隣で、ユウトがふむと一つ頷いた。
「ってことは、エルドワには半魔の従兄弟がいるんだね。そのひともこっちの世界に追い出されて来てるのかな?」
「うん。人間界にいるらしい」
「だったらいつか会えるかもしれないね」
「……こっちにいるだと!?」
待てそれは、ユウトに会ったら絶対面倒臭いことになる予感しかしない。そんなの全力で回避したいのだが。
「……エルドワ、そいつはどんなやつなんだ? 事と次第によっては出会い頭に一撃で仕留めたい」
「エルドワも会ったことないから分からない。知ってるのはエルドワよりもずっと年上だってことと、オルタルフっていう名前くらい」
「……ん?」
どこかで聞いた名前に、レオは固まった。
オルタルフ。犬科の半魔。
そういえば、クリスの元パーティメンバーで、現在ジラックの領主の館で偽アレオンとして祭り上げられている奴が確かそんな……。
「オルタルフ……!?!?」
これはもう、絶対面倒臭いことになる予感しかしない。




