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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、魔王に取引を持ちかけられる

「……兄貴は今、外でどうしているんだ? この空間に攻撃しているのか?」

『いや、一時的にお前の存在が世界から消えているゆえ、小康状態となっておる。だがもちろん、お前がここから出れば攻撃は再開されるであろう』

「この中は隔絶された世界ということか」


 まあ、だからこそ魔王がこうして視認できたり、空間の拡縮を弄ったりできるのだろう。


「ここって卵の中だよな? ……あんたはずっとその子を護って、この卵の中にいたわけか」

『然様。……本来この人間界で愛し子を護るべき者どもが、彼奴らの罠に掛かって身動きが取れなくなってしまったのだ。急遽我が護りに来たはいいが、この大気の違う世界に長く留まるのは消耗が大きいのでな。外界と遮断した殻の中で、内から護っておった』


 確かに魔界の王にとって、人間界の空気は馴染まないに違いない。だから卵の中に留まり、ユウトを堅牢な殻で護っていたのだ。

 ……なるほど、隔絶された空間、容易く割れない殻。これは使えるかもしれない。


「なあ、子供はもう生まれたし、この卵は必要なくなるんだろ? だったらこの卵、使わせて欲しいんだが」

『……卵を使う?』

「ああ。ここに呪いの剣を閉じ込める」


 そう、剣に込められた術式がライネルに及ばなければ、あれを破壊する必要はない。つまり呪いの届かない隔絶された空間に閉じ込めてしまえばいいのだ。これが今思いつく中での最善の策。


「どうせあんたはこの後自分の世界に戻るんだろう? だったら……」

『我は己が世界には戻らぬ。ここの世界の主が消えている今、我が戻ると二つの世界のバランスが著しく偏ってしまうからな』

「バランス……」


 そう言えば人間界と魔界は対になっていて、それぞれ互いに釣り合いを保っていると以前聞いた覚えがある。

 なるほど、大精霊が不在の今、魔王が魔界に戻るとあちらの世界に内在する魔力量が大きくなってしまうのだ。ということは、もしかして現在に至るまでの魔王の行方不明は自発的なものなのか。


「……じゃああんたはこの後どうするんだ?」

『我は世界のバランスが取れるようになるまで、この隔絶された空間で眠るつもりだ。つまりこの卵は、まだ必要なものということになる』

「……マジか」


 いい案だと思ったのに、魔王本人がこの卵を使うのではどうしようもない。

 だが、ちょっと待て。魔王がここで眠ってしまうということは、もしや現実世界の魔王は、すでに消滅してしまった地下迷宮に埋もれているということではないのか。

 大精霊が復活したにもかかわらず、未だ魔王が現れないのは。この夢に、魔王が現れた意味とは。世界の救済に繋がるこのゲートのフロアに、地下迷宮が選ばれた理由とは。

 ……その埋もれた魔王の卵こそが、全ての鍵なのか。その埋没阻止が目的なのか……?


 そこまで考えたところで、目の前の魔王がふむと自身の顎に手を添えた。何かを確認するように、そのままぐるりと首を巡らす。

 どうしたのかとその様子を眺めていると、魔王はわずかな逡巡の後に口を開いた。


『……ふむ。今、この構造物に爆発物を仕掛けている者がいる。どうやらここを崩落させて、事故を装ってお前たちを殺す算段のようだ。……おそらくはお前が一時的に消えたせいで剣の術式が作動しなくなったことに勘付いて、術者が急遽計画を変えたのだろう』

「は!? 崩落……!? 術者って、一体誰が……」

『王家の者を操る術式自体は剣に備えられたものゆえ、多少の知識と魔力があれば容易くお前の兄を操ることはできる。だから高名な魔道士などではなく、お前たちの父親に命じられた側近の誰かだろうな。……この手回しの速さ、余程失敗したくない功名心のある人間と見える』


 そう言われて、はたと思いつくのはジアレイスだ。この頃はまだ復讐霊はエルダール王家についていたはずだが、あの男自体が元々目的のためなら手段を選ばないという気質を持っている。

 多分父王に命じられてライネルを操ったはいいが、その術式がアレオン消失による作動不全を起こしたのに気付いて、慌てて物理的な手段に出たのだろう。


 これは、そもそも息子二人とも手放すつもりだった父王の本音を知っている人間でなければできない暴挙。そしてそれを為せるのは、王子殺しを許されるほどの近しい腹心に違いないのだ。

 となれば、あの男以外ありえなかった。


 くそ、ジアレイスめ。解法を探すだけでも面倒なのにタイムアタック要素まで加えてきやがって、勘弁して欲しいのだが。


「おい、このままじゃあんたの卵もここで埋もれるぞ! 何とかならないのか!?」

『ふむ。……ちょうどいいかもしれん』


 慌てたレオと対照的に、魔王は平然と頷いた。

 ……埋もれるのがちょうどいいとはどういうことか。怪訝な視線を向けたレオに、魔王はまたわずかに思考し、口を開いた。


『眠るのはいいのだが、我がそうしている間に我の力を悪用しようとする輩にこの卵を奪われるのが懸念材料だったのだ。だがここで埋もれてしまえば、誰にも見付けられることはないだろう』

「は? ……いや、確かに誰にも見付からなくなるだろうが……あんた、自分で起きてこれんのか? 精神体なら地中から出てくるのは可能だとしても」


 もし自分で出てこれるなら、この危急存亡の今、現実世界にとっくに魔王が現れていてもいいと思うのだが。

 そう思って訊ねると、魔王は軽く首を振った。


『我の目覚めは正しい条件が揃わぬと為されない。我らにとって時間は無尽蔵であり、わざわざ眠る時間を惜しむ必要がないからだ。我を必要とするならば、それが可能な者が起こしに来るべきである』

「可能な者って……あんたの言う、この世界の主?」

『うむ。もしくは、お前かこの子だ。他にも我を起こせる権利を持つ者は数人おるが、今は割愛しよう。少々時間がないようだからな』


 魔王を起こす権利。つまり魔王を起こせるのは、魔王にそれを許された者だけの特権ということか。特に嬉しくもないが、ユウトは言わずもがな、そこにレオが入るのはおそらくその力を受けたせいなのだろう。他の数人は、魔界の公爵位の魔族あたりか。

 まあ、何にせよ大精霊が魔王を起こす権利を持っているのなら、わざわざ自分たちが卵を掘り起こす必要もあるまい。

 きっと現実世界に戻ったら、ここで得た魔王の居場所を大精霊に伝えればいいのだろうと結論づけて、レオは頷いた。


「じゃああんたが埋まってるのを放っておいても、この世界の主が起こしに来るから問題ないんだな」

『いや、問題あるな。ある程度状況が整ったら、我のことはお前とこの子に起こしに来てもらおうと考えている』

「……はあ!? 何でわざわざ卵を掘り出さないと起こしに行けない俺たちが!? あんたと同じ精神体のこの世界の主なら、地中なんてすぐに起こしに行けんだろ!」

『今現在彼奴らに囚われているあの者が、どうやって我を起こすというのだ。仮に起こせるとしても、どれほど先のことになるか分からぬだろう』


 言われてみれば、現時点で大精霊は囚われの身なのだった。現実世界ではすでにレオたちが解放しているが、もちろんそれをこの過去の魔王に告げるわけにはいかない。レオはついそれを口にしそうになるのを、とっさに堪えて反論を諦める。

 それでも大精霊なら軽くこなせるのに、自分たちがわざわざ物理的に穴を掘って魔王を起こしに行くのは時間の無駄すぎるだろうと考えて、レオはあれこれと逡巡し、小さく唸った。


「……俺たちがゆくゆく世界の主を救い出して、そいつにあんたを起こしに行かせれば良くないか?」

『それも考えていたのだが、先ほどのお前の言葉でもっと良いことを思いついたのだ』

「……俺の言葉?」

『あの呪いの剣を、この卵の中に閉じ込めるというやつだ』


 一度諦めた方法を魔王が口にしたことに、レオは目を丸くした。

 この卵、まだ魔王が使うと言っていたのではなかったか。しかし思い返してみれば、確かにその発想自体を却下をされた覚えはない。

 レオがその真意を探るように魔王を見ると、男はうむと頷いた。


『あの剣は彼奴……お前たちの言う「神のようなもの」が、世界の禁忌を冒して創り上げた物理世界に作用するアイテムだ。つまり、彼奴が世界に干渉するための重要な鍵となるもの。それが今、お前の一族を蝕んでいるわけだが、さて』


 そう言った魔王はこちらの機微を窺い、射るようにわずかに目を眇めた。


『我と取引をしよう、小さき者よ』

「……さっきは勝手に隷属しておいて、今度は取引か?」

『命じられるよりマシだろう。そも、これはお前にとっても利のある話だ。……お前が我の条件を飲むなら、お前の兄を操るあの剣を、我の卵の中に閉じ込めてやってもよい』


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