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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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弟、昔のことが気になる

 食事を終えた一行は、休むためのテントを立てた。

 屋内とはいえ、やはりどこに繋がっているかも知れない怪しい通路で雑魚寝は精神的に落ち着かないのだ。多少手間でもレオは万全の態勢で回復に臨む方が重要だと考える。


 ネイは独り寝をするから放っておいて、レオはユウトとエルドワを引き連れてテントに入った。以前も使った、手前と奥で部屋が分かれているテントだ。

 レオは手前の部屋でユウトの装備やポーチを外させると、自分は上着だけを脱いでその場に腰を下ろした。


「ユウト、魔力回復薬を飲んだら先に奥の部屋に行ってエルドワと寝ていろ」

「……レオ兄さんは?」

「俺はまだだ。剣や装備の手入れをしてから寝る」


 できれば今のうちにキイとクウを呼び寄せたりもしたいのだが、レオの召喚で二人を呼ぶと合体してグレータードラゴンになってしまうせいで、現状この狭い通路に入って来れないのだ。

 広い場所を見付けるまで、彼らを呼ぶのは無理だろう。


 ならば次もこのメンバーで行く可能性が高く、装備の点検も気は抜けない。ユウトは己が護るのだから。

 最高級のもえす武器でも、過信は禁物。レオは剣を取り出すと、刀身の傷の有無を確認してから手入れを始めた。


 そんな兄の近くで、ユウトが魔力回復薬をポーチから取り出す。それを飲んだ弟が、何故か少し考え込んだ後に指示を無視してその場に腰を下ろした。ユウトが留まれば、エルドワも自分だけ寝に行く気は無いのだろう。子犬の姿でその膝に乗った。


 そのまま落ち着いてしまった二人に、レオは視線を向ける。

 重要なゲート攻略中に、弟がレオの言葉に従わないのは珍しい。

 兄はどうしたのかと怪訝な顔をした。


「ユウト? 体力回復のために、もう寝ろと言ったんだが」

「うん。分かってるけど……ちょっとだけ話をしてもいい? ここの迷宮について確かめたいことがあって」

「確かめたいこと?」

「そう。……あ、レオ兄さんは手を動かしながら答えてくれればいいよ」


 手を止めて弟に意識を向けたレオに、ユウトはそう言って質問し始めた。


「さっきエルドワが、この奥からレオ兄さんとライネル兄様の匂いがするって言ってたでしょ? ここってレオ兄さんたちが昔いた場所なの?」

「……そうだ。あんまり覚えはないが、おそらく俺が七才くらいまで居た場所だと思う。まあ居たのは俺だけで、兄貴はたまに訪ねてきてた程度だがな」


 これは、暗に子供時代のレオが迷宮に閉じ込められていたと告げるようなものだが、構うまい。

 とりあえず隠し立てするほどのことではない。どうせレオが過去の王宮で不遇の身であったことは、ユウトもすでに知っているのだ。

 曖昧な記憶の中からでは話せることもほとんどないのだしと、レオはあっさりと告げた。


「当時の俺は身体が弱くて部屋から出たことも無かったからな。部屋の外側がこんなことになっているとは知らなかった」

「……今はもう、無い場所なんだよね?」

「このゲートに現れたってことはそうだろ。ただ、俺はどうしてここが潰れたのか記憶がないんだが」

「……じゃあ、レオ兄さんが部屋を出た後に潰れたの? それとも部屋に居る頃? でも、ここってもしかして……」

「ユウト……? 何だ、どうしてそんなことを訊く?」


 これは弟には全く関係のない頃の話。なのに何故、そんな真剣な顔で子細を訊ねるのか。

 結局再度手を止めてユウトに目を向ける。

 すると弟は逡巡しつつももごもごと口を開いた。


「……実はここ、何となく僕の知っている場所の気がするんだ」

「は……? お前がここを……?」


 妙なことを言い出したユウトに、レオは目を丸くする。

 どう考えてもあり得ない話だし、そもそもこの弟は昔の記憶がないはずだ。……最近は何かを思い出しかけているようなそぶりを見せる時もあるが、そう、思い違いだ。


 それに何より、当時は十八年ほど前。ユウトが生まれたかどうかという頃だ。その記憶があるとも思えない。


「気のせいだろう。こんな迷宮に誰が赤子だったユウトを連れてくるって言うんだ。……それに、お前は十三才より前の記憶がないはずだろう」

「あ……うん、そうなんだけど。……以前ラフィールさんに、僕の中には僕自身の魔力によって封印されている記憶がある、って聞いたことがあって」

「お前自身の魔力で?」


 思いも掛けぬ話の展開に、レオは目を瞬いた。

 つまり弟には、兄がグラドニに頼んで掛けてもらった封印とは、全く別の記憶封印が為されているということか。

 それも、ユウト自身の魔力によって。


 ……そういえば、暗黒児ダークチャイルドと呼ばれていた頃のユウトは、自身の出生についてや幼少期の頃について、何も分かっていないようだった。もしかすると、あの頃からすでに自分自身に記憶の封印を掛けていたのだろうか。


「その記憶の中に、ここの場所があるのか?」

「ん~多分……でも、まだ漠然としていてよく分からない。そもそも、僕はどうして自分で記憶を封印したんだろう……? きっと、何か理由があるはずなんだけど……」

「……ちょっと待て、もしユウトにここの記憶があるとしたら、俺と会っている可能性があるよな? この迷宮に入ること自体、最奥にある部屋に行く以外の目的がないんだから」

「そうかも。……レオ兄さん、僕に会った覚えない?」

「赤ん坊のお前が部屋に来て、覚えていないということはないと思うんだが……」


 レオも当時の記憶がおぼろげだとはいえ、そこまで意外な来訪者であれば覚えていそうなものだ。その頃のことは妙に霞が掛かったようで思い出しづらいけれど、その糸口さえ掴めれば、実際ユウトが来たかどうかくらいは思い出せるはず。

 レオは一旦中空を仰いで目を閉じ、記憶を探った。


 ……当時、もしもレオの元にユウトを連れてくる者がいるとしたら、やはりライネルだろう。今でこそ公明正大で人格者だが、あの頃の兄は、あまり性格の良い人間ではなかった気がする。よく臣下から受け取った貴重な献上品を、寝たきりの弟に見せびらかしに来ていた。

 時にはどこかで内緒で手に入れたものを、父王に見付からないようにレオの部屋に隠していったり……。


『アレオン、見て。面白い卵を手に入れたんだ』


 ここに来て唐突に、レオはライネルの言葉を思い出して目を見開いた。そういえばこれは、以前ガントに泊まった時に一度脳裏に上った言葉。何故忘れていたのだろう。ユウトの魔妖花の実を作るための繭、その中で弟を抱きしめながら眠りに落ちる間際、懐かしさと共に浮かんだ過去の一場面だ。


(卵……!)


 レオはその時に見た美しく光沢のある卵の神々しさを思い出し、唐突に腑に落ちた。

 赤子ほどの大きさの、温かな卵。あれこそがユウトだったのだ。

 この弟は卵から生まれたということを、すっかり失念していた。


 だが、レオが思い出せたのはそこまでだ。

 その卵をどうしたか、卵はいつどこで孵ったのか、まるで記憶に無い。

 ライネルはどこからあの卵を持ってきたのだろう。

 卵が孵る瞬間、レオはどうしていたのだろう。

 ……そして生まれたユウトは、どういう経緯でその後、魔研に閉じ込められることになったのだろう。


 もしかして、ユウトが魔研に囚われるそもそもの原因になったのは、ライネルとレオだったのでは……?


「レオ兄さん?」


 そこまで考えたところで、ユウトに声を掛けられて不覚にもびくりと肩が揺れてしまった。これは失態だ。珍しい動揺を見せる兄に、弟が首を傾げる。


「どうしたの? 顔色が悪いみたいだけど……何か思い出した?」

「いや……うん……」


 これは、包み隠さず話すべきだろうか。レオはつい躊躇った。

 あの卵がユウトだったろうという根拠の無い確信はある。だが、そこに関する記憶がごっそり抜け落ちた状態なのだ。その上、お前はライネルが戯れに持ってきた出所不明の卵だったなんて、言えるはずもない。ならばまだ話すのは早計かと、レオは言葉を濁した。


「……もう少し思い出すきっかけがないと難しいな。まあ、もしも俺とユウトがここで会っていたとして、だから何ということもないだろう」

「何ということもない、かなあ……?」


 話を切りたいレオに対して、ユウトは首を捻る。


「僕はこの奥に、忘れていたレオ兄さんとの重要な何かがある気がするんだ。……このフロアが現れたのは、それを思い出させるためじゃないかって」


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