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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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弟、やるべき事に気付く

 ユウトを伴って、通路の少し広いところにヴァルドが陣取る。するとネイの頭の上にいた子狐もそこに駆けて行き、今度はユウトの肩の上に乗った。おそらくあの位置で聖魔法のサポートするつもりなのだろう。

 一応レオも鞘に手を掛け、ネイも不死者特効のある武器を取り出した。そしてエルドワが猛獣化すれば、準備は万端。


 それを一瞥して確認したヴァルドは、身体ごと振り返ってユウトに視線を向けた。


「まずはユウトくん、ここに聖域の魔法陣を敷いて下さい」

「えっ、聖域の魔法陣ですか? そこに入ったまま魔法を使うと、効果が消えてしまいますけど……」

「大丈夫です。今回は別の用途が目的で使いますので」

「別の……? と、とりあえず時間がないので敷きますね」


 ユウトが頭にはてなマークを浮かべながらも聖域の魔法陣をポーチから取り出す。そこの中心に魔石を置けば、すぐに聖域が発現した。

 魔法陣に乗るのはユウトとヴァルド。

 ヴァルドはその魔法陣の端に膝をつくと、ユウトに今は何もしないように言い含めて、魔書を魔法陣のすぐ外側に置いた。


 そのまま本を開こうとするヴァルドを見たレオとネイが、目を丸くする。


「おい、ヴァルド。そのまま魔書を開くと、防御術式が発動して弾き出されるんじゃないのか?」

「ちょっと、さっきの俺とレオさんの話ちゃんと聞いてた?」

「もちろん分かっています。ただ、この不可侵の防御術式を消すには魔書を書き換えるしかありませんからね。だからこそこの術式の上位にあたる、聖域の魔法陣が必要なんです」


 言いつつ、ヴァルドが魔書の表紙をめくった。

 途端にそれを中心として、前フロアで見たのと同じ魔法陣が現れる。

 レオはとっさにユウトが魔法陣から弾き出されたら受け止めなければと構えたが、予想に反してユウトとヴァルドは魔法陣の中に収まったままで、魔法陣の展開が終わってもその状態で落ち着いていた。

 最後に魔書の中からグリムリーパーの姿が現れてユウトがびっくりしていたが、それだけだ。

 そこでようやく、ヴァルドが聖域の魔法陣をユウトに出させた理由に思い当たった。


「……そうか、聖域の魔法陣も不可侵の術式だ。その上、こちらの方が伝説級の上位互換……。二つの不可侵の魔法陣が重なれば、聖域の効果の方が勝つ。魔書の魔法陣には、聖域の不可侵に干渉するだけの力はないんだな」

「ああ、なるほど! それを利用して、開いた魔書を書き換えられる距離まで近付くために、聖域の魔法陣を使ったわけね。魔書の書き換えは攻撃にあたらないから、聖域の効果が消えることもない」

「そういうことです。……さて、これがグリムリーパーですか……確かにだいぶ歪にされているようですね。ここまで汚染されていると、ユウトくんの聖なる領域がなければ恐ろしくて解放できないところでした」


 ヴァルドは独り言のようにそう言って、魔眼を使って魔書から術式を呼び出した。

 その構文にざっと目を通し、指先でするすると書き換えていく。

 彼は所々で考えながら、しかし手は止めずに口を開いた。


「この不可侵の術式を解除した後は、グリムリーパーの行動封印を解きます。今は静かですがおそらくその瞬間から暴れ出しますので、ユウトくんはその直前から聖なる領域(ディバインサークル)を掛けて下さい」

「分かりました。……聖なる領域って、一回掛けたら終わりじゃなくて、掛けてる間ずっと魔力を注ぎ続けないといけないんですね?」

「そうです。……基本的に聖属性は自己犠牲の色が強く、そういう魔法が多いようですね。ですので、早期決着が肝心です。そこはレオさんたちにゆだねるしかありませんが」

「問題ない。ユウトのためなら速攻で片付ける」

「ガウッ!」

「不死者系は魔法封じちゃえば体力も低いし、どうにかなるでしょ」


 この後のことを示し合わせたヴァルドは、レオたちの答えを聞き頷いて、術式を書き換える指の動きを早めた。

 相殺された術式の構文が消えていき、重ねられ変化して分解された文字が別の構文とまた相殺される。どういう法則なのかレオにはよく分からないが、まるでパズルを解くように術式が消えていく。


 やがて魔書の魔法陣の光が衰えていき、最後の構文をヴァルドが指先でなぞると、開いていた魔書のページがボッと燃えた。それと同時に本を護っていた魔法陣がぱっと光の粒になって散る。不可侵の防御術式が破れたのだ。

 それを見たユウトが手を叩いて感嘆の声を上げた。


「わあ、すごい! ヴァルドさん、魔法陣が消えました!」

「次はグリムリーパーの行動封印を解放します。ユウトくん、聖なる領域の魔法をすぐに発動できるように準備をしておいて下さい」

「はい、分かりました!」


 ヴァルドは時間が惜しいとばかりに、間を置かずにページをめくる。彼がここにいられる時間も後少し。できればそれまでに決着を付けて、安心してザインに戻りたいというのが本音だろう。

 ユウトはヴァルドにとって唯一無二の主なのだから。


 そして、早期決着をつけたいのはレオたちも同じ。

 もうグリムリーパーに接近することが可能なのだし、実体化すればすぐにでも首を落とせる。レオとネイとエルドワはそれぞれ自分の持ち場を確保し、ヴァルドの術式解除を待った。


 そのヴァルドは、今度はグリムリーパーの足下で魔書のページを直接めくりながら、一通りの術式に目を通す。そうすることで、術式をいじる順番や解放条件などを確認しているようだ。

 やがて数ページ前に戻ると、ヴァルドはそこから術式の解除を始めた。


「……これは思ったよりもずっと厄介な術式ですね。グリムリーパーを解放するコード自体が、周囲を巻き込んだ自爆を誘発するように罠が掛かっている……。合成によって魂が壊されているから、精神状態を復活させたところで自我による制御もできないし……向こうはこのグリムリーパーをこちらに渡すくらいなら、敵もろとも破壊してしまおうという魂胆のようですね」

「自爆? ならその瞬間を回避できればどうにかなるんじゃないのか? とりあえずこいつが死んだところで魂さえ捕まえられれば煉獄の檻で輪廻に返すことはできるんだから、問題はないだろ」

「いえ、この場合通常の自爆とはわけが違います。ここに合成された魔族は全て精神や魂に干渉する不死者。その散った精神体の破片は遮蔽物を通過して広範囲に広がり、長時間我々の魂や精神そのものを傷付ける。物理的に肉体を護るより遙かに難儀なんです」


 どうやらグリムリーパーが自爆するとただでは済まないらしい。

 通常の爆発なら破片は地面に落ちるし塵もやがて晴れるが、不死者を構成していた精神体の破片は重力で落ちることはなく、ずっと周囲に漂っていて触れた人間にダメージを与えるのだ。

 さすがにこれはレオでもどうしようもない。


 しかしそう言った当のヴァルドは、自爆を誘発するはずの解放に向けて、術式を次々と解除しているようだ。

 その後ろでユウトも肩に乗っている子狐と何かを相談していて、妙に落ち着いている。どうやら弟たちにはやるべき事が分かっているようだった。


「ヴァルドさん。今の話は結局、自爆をさせなければいいってことですよね?」

「そういうことです。……ユウトくんにだいぶ頑張ってもらう必要がありますが」

「平気です。僕にはこれがありますし」


 ユウトがそう言って、左の手首にあるブレスレットに触れる。

 確かあれはずいぶん前のゲート攻略の戦利品、八つの魔法を事前に込めておけるブレスレットだ。弟はそこに何かの魔法を込めた。

 同時にその足下の聖域の魔法陣が沈黙してしまったのを見て、込めたのが攻撃魔法だと知る。


 ユウトは手早くその聖域の魔法陣と魔石を片付けると、さらにいくつかの魔法をブレスレットに込めた。


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