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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、迷宮を進む

 レオたちが階段を降りると、そこはどこかの建物内の地下通路のようだった。

 何となく知っている場所のような気がして、周囲を見回す。

 柱の装飾、壁のレリーフ、燭台。豪奢な造りのそれら。明らかに格の高い貴族か何かの邸宅にあるものだ。

 その既視感に、レオは眉を顰めた。


(……何だ? 妙に息苦しい感じがする。気分が悪い……)


 別に酸素が薄いとか瘴気が漂っているとか、そういうことはない。その証拠に、隣にいるネイはけろっとしている。

 ならばこれを感じているのは自分だけなのだろう。気のせいだとは思わないが理由が分からないし、特に今動く障害にならないのなら気にしても仕方がない。レオは一旦それを無視することにした。


「ユウトくんたちはもう、このフロアに来ているはずですよね」

「ああ。招集の魔石もユウトの色になっている」


 魔石を持って右と左に続く廊下にそれぞれかざしてみると、左の通路で強くピンクの色が差す。こちら側にユウトがいるということだ。

 レオはさっさと歩き出した。そのすぐ後ろにネイも続く。


「ここはどこでしょうね? 造りを見た感じ、宮殿の廊下みたいですけど」

「……そう言えば、王宮の地下にある王家専用の避難回廊に雰囲気が似ているな」


 墓地と王宮を繋ぐ、王族しか通れない回廊。あそこと通る時はいつも足下に集中しているし、暗いせいでじっくりと周囲を見たこともないが、通路の素材感や敷かれている絨毯が似ている気がした。

 微妙に建物全体に術式の気配がするところも。


「それにしても、とんでもなく長い通路ですね。しばらく歩いても先が暗くて、どこまで続いているか見えませんよ」

「途中に部屋らしきものもないな。まあ分岐はないから、このまま進めばいいんだろうが……ん?」


 言いつつふと手の中の招集の魔石を見ると、ピンク色が薄れていた。それに気付いて立ち止まる。


「どうしました、レオさん?」

「……ユウトから遠ざかってる」


 おかしい。一本道のはずなのに。

 そう思って身体ごと振り返ったレオの手中で、魔石のピンク色が濃くなった。つまり、ユウトは後方にいるということだ。

 その上振り返った先の通路には、さっきまでなかった左へ進む分岐がいくつもある。何だこれは。


「うわ、何これ!? ここまで一本道だったのに、通り過ぎたら分岐してる!? このゲートには罠ないんじゃなかったの!?」

「罠……というよりギミックか? おそらく、さっきの隠密ギルドで階段を出現させるための仕掛けがあったのと同じように、元々この構造物に付いている仕様なのだろう」

「ってことは、ここは過去にどこかで実在した迷宮……? 明らかに人を迷わせるための回廊ですよね」

「……そうだな」


 この仕様、やはり王家の避難回廊に似ている気がする。

 レオ自身はあの地下通路で迷うことがないから分からないが、多分部外者が侵入すれば今のように現在地を見失うに違いないのだ。


(あの避難通路と同じ術式で造られているとしたら、もしかしてここは王家に関係する迷宮なのか……?)


 基本的に、王家の施設で使う術式を扱うのは王族専属の術士だ。当然、その術式が他の貴族などの施設に流用されることはありえない。

 だとすれば、ここは何かが起こってすでに潰えた王家の迷宮。

 つまり他の誰でもない、レオの因縁のあるフロアということだ。


 しかしレオには既視感はあるものの、この迷宮に関しての記憶などない。最初のフロアのエミナのように、因縁はあれども遙か過去の遺物なのだろうか? 確証がなければそれを断言することもできず、レオはひとまずその推論を思考の外に置いた。


「どうします、レオさん? 戻って分岐する横通路に入ってみますか? 魔石もユウトくんの居場所を後方に示してますし」

「いや、とりあえずこのまま前進する。引き返すとかえって分かりづらくなるからな。……おい狐、何か書くもの持ってるか」

「はい、ありますよ。ダンジョン探索には壁に印を付けたりする必要があるので、使っても減らない魔法のチョークを」

「それで壁に矢印を書け。ユウトのいる方向、後ろに向かってだ」

「はい」


 ネイはレオの指示通りに壁にチョークで矢印を書く。見た目はただの白いチョークだが、書いた途端にそれは蛍光色のように光り、目印としては打って付けだ。これなら見逃すことはないだろう。


「次に、適当な棒にそのチョークを括り付けろ。廊下に印を付けながら行くぞ。この場に丸を書いて、そこから線を引っ張りながら進む」

「あ、なるほど。これでまずは迷宮の造りが分かりますね」

「ああ。自分たちだけだと現在地を探るのは難儀だが、俺たちが合流するまで、ユウトにはその場から動かないように言ってあるからな。あの子が標になってくれる」


 このまま少し進んで振り返って、歩いてきた通路がそのままで分岐や行き止まりができているなら、これは迷宮自体に構造を変える、もしくは視覚誤認させる術式が掛かっていることになる。

 一方で、歩いてきた通路が消えているなら、レオたち自体が気付かぬうちに別の場所に転移させられている可能性が高い。

 その術式が分かれば、断然対処はしやすくなるのだ。


 そしてユウトの位置が固定であることで、自分たちの向いている方角、距離も漠然とではあるが把握できる。これは大きな事だった。


「……敵は出ないんですかね?」

「少なくともこの通路にいるうちは出ねえだろ。移動のたびにギミックがあるのでは、戦闘にならん」

「ってことは、部屋もあるんでしょうね」

「……まあ、だろうな。容易く辿り着けない迷宮の奥なんて、よほど隠したいものがあるとしか思えねえだろ」

「世界を揺るがす大秘宝とか?」

「……そんな希望溢れるものならいいんだがな」


 こうしながらも、先ほどから感じる息苦しさは消えていない。

 レオはこの迷宮の先にあるものが、心浮き立つようなありがたいものだとは到底思えなかった。

 ……まあそれでも行くしかないのだ。何よりも大事な弟に会うために。


 さっきまでは足早に進んでいたが、今度は手元の招集の魔石に目を向けたまま、ゆっくりと慎重に歩き出す。

 すると柱二本分の間隔を歩いたところで、不意に魔石にピンク色が差した。ユウトから遠ざかっていたはずなのに、弟との相対的な位置が変わったのだ。


 後ろを振り返ると、さっきまでチョークを走らせていた廊下には何も書かれていなかった。

 つまり構造体が変わったのではなく、レオたちが別の場所に転移させられたのだ。


「どうやらこれは、建物全体に掛かっている常時発動型の転移みたいですね。その設置空間に足を踏み入れたら勝手に移動しちゃうから、俺やレオさんじゃ感知できないわけだ。罠みたいに圧力板があったりしないしなあ」

「今度のユウトの位置は前方だ。矢印を書いてから、また廊下に丸を書いて線を引け。こうして進行方向と目印を書いていけば、同じ場所を二度通ることはないし、転移した段階で自分がどちらを向いているかが分かる。前方に見えている一本道の景色は、視覚のぶれを出さないためのまやかしだ」

「あー、つまり壁と廊下の印だけをあてにして進むしかないわけですね。でもこのままだと、まやかしと知りながらもまっすぐしか進めないなあ。かと言って引き返しても、分岐に辿り着く前に転移させられちゃうかもしれないし……」

「おそらく何らかの規則性はあるはずだ。それを見付けるまでは進むしかない」


 この通路の造りは確かに王家の避難回廊に似ているが、レオも容易く通さないところを見ると、人によって通過を許される類いの迷宮ではなさそうだ。

 ならば必ず解法はある。

 過去に存在した地下通路だとすれば無尽蔵に広がっているわけではないだろうし、同じ場所を堂々巡りすることさえ回避できれば無駄に歩き回ることもないのだ。


「背後の偏った分岐を見るに、俺たちは迷宮の外周を歩かされている。まずはここから内部に行く条件を探すぞ。ユウトは間違いなく内側にいるだろうしな」

「ああ、そうですね。ユウトくんの幸運なら迷宮の中枢付近にいてもおかしくないかも」


 中枢と言っても、ユウトがフロアに降りてすぐに敵の真ん前に出ることはないはずだ。その幸運はグラドニの折り紙付き。そこにエルドワとヴァルドは間違いなくいるのだから、とりあえず心配はないだろう。

 キイとクウはユウトに付いては降りられないから、今頃レオたちのようにこの外周を歩いているかもしれない。


 そこまで考えて、ふとネイを見る。

 その頭の上には未だに光る子狐が乗っていて確実に大精霊の恩恵を受けているはずなのだが、その幸運の持ち主がなぜこんなところにいるのか。


「そういや貴様、何でこのフロアで俺と同じ場所に出たんだ? 貴様の幸運ならもっとユウトの近くに出そうなのに」

「そりゃあ、俺にとってレオさんの近くが一番幸運な場所だからでしょ」

「うぜえ。そういうのはいいんだよクソが。殺すぞ」

「もー、すぐに殺そうとしないで下さい。……ええとですね、実はこの子狐ちゃんが、ユウトくんのところに行くのを渋って俺の幸運値を操作したっぽいんですよ」

「……ユウトの側に行きたくない? 大精霊の一部のくせに?」


 子狐を見ると、あからさまに視線を逸らされた。図星か。

 しかし大精霊はずっとユウトを可愛がってきたし、言うなれば実父だ。それなのになぜ避けるようなことをするのか。

 ……そう言えば、大精霊は復活してから姿を消したままユウトに会っていないのだった。何か理由があるのかもしれない。


「俺としても時々思考の片鱗が読める程度で詳しいことは分かりませんけど、全然嫌ったりしてるわけじゃなさそうなんですけどね」

「あの天使のように可愛いユウトを嫌う奴なんて、全世界探してもいるわけないだろうクソが」

「はいはい。とにかく、そのせいでレオさんと同じとこに出たんですよ。まあ、ユウトくんのところに行くのを妨害する気はないらしいですから大丈夫です」

「妨害なんかしようものなら捻り潰す!!!!!!」

「だから、しないですって。殺気飛ばすのやめて下さいよ」


 いきり立つレオにネイは呆れたため息を漏らすと、ひらひらと手を振って前を向くように促した。


「怒ってないで、まずは迷宮内部に行くための解法を探すんでしょ、レオさん。さっさと行きましょう。ユウトくんが待ってますよ」

「チッ」


 確かに、ユウトはレオの到着を待ちわびているだろう。

 そのあしらい方が気にくわないが、弟の名前を出されてしまえば否やはない。レオは一度大きく舌打ちをして前を向くと、再び手元の魔石を見ながら歩き出した。


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