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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、第三者の存在を疑う

「おかしいな……。創設時の契約がこれなら、何で俺が知ってる話はでは内容がひっくり返ってるんだろ」


 ネイはその文面を読み返し、はてと首を傾げた。


「内容がひっくり返っている?」

「ええ。ほら、グリムリーパーが暗殺者に主殺しをさせて、闇落ちした魂を刈ってるって話をさっきレオさんにしたでしょ」

「ああ、聞いた」

「でも暗殺ギルドが稼働している頃は魂刈りなんて知られていなくて、ただ密かに主殺しは推奨されていたんです。実は主殺しをすると、闇の力が増幅して暗殺者としての能力が上がると言われてたんですよ」


 どうやら暗殺ギルドでは、闇落ちした魂が刈られるということ自体を知らなかったようだ。

 その一方で不義を働くことで悪心を溜め込み、その闇の力が体内のグリムリーパーの魔力を増幅した。その能力アップを、ギルド自体が推奨していたということか。


「しかし、知らなくたって主殺しをして闇落ちすれば、グリムリーパーに魂を刈られたんじゃないのか? 能力アップができたって、死んだら意味がないだろ」

「……そのあたりについては、この辺の本を読み漁らないと仮説の域をでませんが……さっき父たちと戦っていて、ふと思い至ったことがあります」


 ネイは一度だけちらりと隣の部屋に続く扉に目を向け、しかしすぐにレオに視線を戻した。


「……もしかすると魂を刈られた者は、あんなふうに魂を失ったまま魔力に操られて歩き回っていたのではないかと」

「ああ、なるほど……! 誰も魂を刈られていることに気付かず、暗殺ギルドは主殺しのメリットばかりを見ていたのか! だとすれば、グリムリーパーはさぞかし闇落ちした魂を集めやすかったことだろうな」


 身体に残った記憶だけでもあれだけ戦えるのだ。個人主義の暗殺者間でなれ合うことなどそうなかったに違いないし、ならば魂刈りのデメリットを隠すのも難しくなかっただろう。

 その仮説にそう納得したところで、「しかし」とネイは続けた。


「俺は主殺しの風潮が創設時から続いていると理解していました。だからこそこの契約をした出資者こそが復讐霊に従う者だと思っていたんですけど」

「……それが違うと?」

「はい。この本には、『主殺しは重大な契約違反である。それを破った場合、命にかかわる代償を払う必要がある』って書いてあるんですよ」

「……主殺しが重大な契約違反? いや、だが暗殺ギルドはそれを推奨していたんだよな?」


 たしかにネイが言うように、内容がひっくり返っている。

 けれど考えてみれば、この本を書いた出資者は立場的に暗殺ギルドの主に当たる者。だとすれば、自分を殺そうとするのが重大な契約違反なのは当然で、元々こちらの方が正しい内容に違いないと思われる。


 しかしもしもこれが本来の契約であるならば、一体どうして暗殺ギルドは主殺しを推奨するようになったのだろう。

 命にかかわる代償を払うと言われているのに、気にせず主殺しをしてみた酔狂な者でもいたのだろうか。……それともそもそもこの出資者自体が、最初から闇落ちの魂を生み出すために何者かに利用されていたのか。だとすれば、この契約自体がかなり軽視されていたのかもしれない。


「……狐、その本には他に魔書について何か書かれていないのか」

「魔書の詳細についてはさっぱり。ただ、中の魔族は術式によって使役されているから、魔書の書き換えはしてはならないとあります」

「魔書の書き換えか……やはりその辺がグリムリーパーを解放する鍵だな」


 術式によって使役されているということは、その術式を解呪してやればいいということだ。

 けれどこれは一朝一夕でできるものではない。

 一応魔書に記述されている術式なら邪眼は必要ないが、その内容をいじるにはかなり高度な術式操作が要求されるのだ。当然魔力も。


 万が一緊張から解除をミスれば自身も術式に捕らわれてしまったり、魔物に身体を乗っ取られてしまったりする。となれば冷静さも必要だ。

 そう考えると知識も魔力も申し分ないヴァルドが適任だが、あいにく彼はユウトの側にいて、ここに呼び出す術がない。


 次点はクリスになるけれど、彼に至っては今どこで何をしているのかも不明だった。


「くそっ、面倒臭えな。戦って済むならその方が全然楽なのに」

「まあ、言っても仕方ないですよ。もう少しヒントになる書物探しましょ。……小鳥ちゃん、他にも見た方がいい本ある?」


 ネイが訊ねると、小鳥はちょんちょんと跳ねて、モスグリーンの表紙の冊子をくちばしで突いた。

 今度の本には、『ギルド長手記 1』と書かれている。

 明らかに暗殺ギルド創設者の手記だった。


「……魔書をもたらした出資者の本にすら詳細が載ってなかったのに、それを受けたギルド長の手記にグリムリーパーについて載ってますかね?」


 ネイの指摘はもっともだ。しかし、さっき浮かんだ『出資者を利用しようとする第三者の存在の可能性』を思い出して、レオはふむと頷いた。


「……そうか、こう考える方が納得がいくな」

「何ですか、レオさん?」

「そっちの、出資者が書いた本の話。そのクソ細かいところまで契約内容を決めるところ、小心者の小物臭がすげえだろ。そんな奴がどうやってこの魔書を手に入れると思う?」

「……まあ、自分でゲートから発掘したわけはないですよね。金持ちですから、元々家にあったか、もしくは買ったか……?」

「家にあったものならもう少し詳細を知ってるだろうし、本にももっと具体的なことを載せるだろ。禁止事項を破った際の『命にかかわる代償』とかいうざっくりとしたペナルティの内容も、本質まで理解が足りていない証拠だ」

「……ということは、誰かから買ったと?」

「おそらくな」


 多分だが、この出資者に魔書を売りつけた者は、同時に暗殺ギルドの設立を含めた提案をして、そいつを利用したのだ。

 その出資者に暗殺ギルドの土台作りと魔書によるギルドメンバーの掌握をさせ、後に主殺しの最初の贄にするために。


 ……そうなると、この出資者自体はもう追う必要はない。

 それよりも注目すべきは。


「狐、そのギルド長の手記で、出資者の後に暗殺ギルドにコンタクトしてきた人物がいるはずだ。そいつの記述を探せ」

「出資者以外、ですか。……これかな。暗殺ギルドの隠れ家に突然現れた魔術師らしき人物について書かれています」

「……それっぽいな。そこに魔書に関する記述はあるか?」

「ああ、ありますあります! グリムリーパーの名前は出てないけど、魔書とか死神とかについて書かれてますね」

「やはりか」


 これでほぼ間違いないだろう。その魔術師こそが、復讐霊の息の掛かった者。

 出資者に内緒で、暗殺ギルドに主殺しをそそのかしに来たのだ。


「その魔術師は主を殺すことで闇の力が増幅し、さらに能力が上がると言っていた……あー、こっちの話が後代の暗殺ギルドに引き継がれたんですね」

「ペナルティについては?」

「命にかかわる代償というのはただの脅しだと言われたようです。そして試しに誰かにやらせてみろという話になって、その時まだ入って間もない、事情を知らないギルドメンバーに出資者を殺させた」

「……自分たちで試さねえところが汚えな。……で、もちろん結果は」

「新人は能力が上がり、表面上命にかかわる変化もなかったため、ペナルティはやはりただの脅しだったという結論に」

「魂を刈られても操られてるからな。……もしくは、新人だったせいで主従の関係性が薄いから、闇化が魂を刈るに足らなかったか……」


 多分、闇落ちをするにはそれなりに主従関係を築いている必要があるのだ。なぜなら、思い入れのない人間を殺めても普通の殺しと変わらないから。

 おそらく闇化には「大きなタブーを犯す」必要がある。自身の利益のために恩のある者を殺めるという、その魂を汚すほどの悪心が条件に違いなかった。


 もちろん少しずつ闇は溜まっていくのだから、続けていればいつかは闇化し、魂を刈られるけれど。

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