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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、光をまとった獣と出会う

 結局、グリムリーパーはネイが息絶えるまで動くことはなかった。

 これはつまり、あの魔法陣の中からは魔力による干渉以外何もできないということ。ならばひとまずは落ち着けるか。


 しばし敵の様子を窺っていたレオは、そう判断すると足下に倒れているネイに視線を落とした。

 血だまりの中、当然だがすでに男は事切れている。

 しかし、不意にその身体の下に動くものを見付けて、レオは一瞬で緊張した。反射的に一歩下がって身構える。


(……何だ? 腰のあたりに、こぶしくらいの大きさの……)


 ネイの装備の下でもぞもぞと動いているそれは、生物の気配ではない。まるで大きな魔力の塊のようなエネルギーを感じる。

 もしや、ネイの中に埋め込まれていたというグリムリーパーの残留魔力だろうか。その割に、殺気も邪気も発していないけれど。


 その正体不明の存在に、不用意に攻撃していいものかレオが思案していると、今度はネイの身体がふわりと光に包まれた。

 黄金と白の混ざったような特殊な光。

 ……この清廉な光、レオには見覚えがあった。以前ユウトから精霊のペンダントを借りた時に見た、大精霊の光だ。


 おそらくこれは、ネイの中に残ってしまったという大精霊の魔力の一部だろう。大精霊自体もその魔力を取り出すのが難しいと言っていたようだが、この男が死んだおかげで表出してきたに違いなかった。


 もしかすると、リバースリングなしでネイを生き返らせてくれるのだろうか。レオはそれを少々期待して見ていたが、しかし一分も経たずにそれはすうっとベールが剥がれるように消え失せた。

 どうやら大精霊はそこまで親切ではないらしい。

 ……まあ、創造主は基本的にこういう個人的な事案には介入しないことになっているから仕方がないか。


 いや、待て。


 それどころか、逆に考えればこれまでは魔力を取り出せないから特別扱いされていただけとも言える。ネイが一度死んで魔力が身体から離れた今では、これまでのような加護は受けられないのかもしれない。

 この男は大精霊と緩く繋がっていると言ったけれど、それはあくまで生きている時点での話だ。死んでもすぐに加護が消えることはないだろうという話も、ただのネイの希望的観測。


 実際今、こうして大精霊の魔力が消え失せたのだから、その恩恵がなくなったと考えるのが妥当だ。

 ……グリムリーパーの魔力に加えて大精霊の魔力も失ったということは、この男、だいぶ戦力的に劣ってしまうのではなかろうか。

 無論、通常のランクで考えればS級ではあるだろうが、レオたちのパーティに同行するには少々頼りない。大精霊の加護をなくしたのなら、頼みの幸運値も上限が下がってしまっているはずだ。……これは、かなりまずいかもしれない。


 そうしてレオがこれからのことを考えて顔を顰めていると、再びネイの装備の下で謎の物体がごそごそと動いた。

 何だか、さっきより少し大きくなったように見えるのは気のせいだろうか。その動きを注意深く見ていると、それはやがてそろりと顔を覗かせた。


「……狐?」


 ネイのことではない。

 そこにいたのは、光をまとった子犬サイズの小さな狐だったのだ。その光は、黄金と白の混じった例の大精霊の光の色。……ということはネイに入っていた大精霊の魔力は完全に消え失せたわけではなく、未だにここにあるのか。なぜいきなり独立して形を成し、レオにも見えるのかは分からないが。


 怪訝に思いつつその姿を見ていると、装備の下からのそのそと出てきた子狐は、ネイの上にちょこちょこと上ってレオを見上げ、ぶんぶんと身体のわりに太い尻尾を振った。

 それからネイの身体を鼻先でつんつんと突く。


「……もしかして、早く生き返らせろと言ってるのか?」


 そう訊ねると、子狐はこくこくと首を縦に振った。どうやら言葉が分かるらしい。……レオの知る大精霊とは少し様子が違うようだが、さて。

 しかしその正体を探る前に、さっさとネイを生き返らせた方がいいのは確か。

 うっかり一時間を過ぎてしまうと、貴重なリバースリングの魔法石を二つ消費する羽目になってしまう。


 レオは一旦手袋を外すと指輪から魔法石を一つ取り外し、無造作にネイの口の中に放り込んだ。

 魔法石と言っているが、これは魔力が結晶化した本来のものとは違う。魔法の効果を圧縮して石のように固めたものを、状態が似ているからという理由で便宜上そう呼んでいるだけだ。

 その魔法石は指輪の土台にはまっている限りは術式によって圧縮されたままだけれど、そこから外してしまえばたちまち魔法は解凍される。効果はすぐに現れた。


 ネイの顔に血色が戻り、空気を取り込んで胸郭が上下する。

 回復薬だと効き目が出るのに少々時間が掛かるが、魔法はこの即効性がありがたい。心臓の傷もあっという間にふさがれた。

 すごい勢いで細胞組織が再生されていくのだ。流れ出た大量の血液もすぐに体内で再生成されるだろう。


 そうして急激に回復したネイの腹の上で子狐がぴょんとジャンプすると、その軽い衝撃に男がゆっくりと目を開けた。糸目で分かりづらいが、気怠そうなその視線がまずレオを捉えて再会に喜色を宿す。

 それが死ぬ直前の笑顔とリンクして、レオはチッと舌打ちをした。


「……あ~、レオさん……」

「いつまでも寝てんじゃねえ。とっとと起きろ」

「生き返らせてくれて、ありがとうございま……あ?」


 しかしすぐに自身の腹の上に光る子狐がいることに気が付いたネイは、ぱちりと目を瞬いた。


「……何ですか、この子」

「俺が知りたい。つか、貴様の隠し子だろ。狐だし」

「そういう適当なこと言わないで下さい。……このまとってる光、大精霊のと同じ色ですね」


 リバースリングのおかげでレオに蹴り飛ばされたところを含め、すっかりダメージが消えたらしいネイが、子狐を抱き上げて身体を起こす。そして小さな光る獣をまじまじと観察した。


「レオさんにも見えてるんですよね? 精霊関係なら本来は俺にしか見えないはずなのに」

「ああ。……だが、おそらく今の貴様も本当なら精霊が見えなくなってると思うぞ。さっき死んだ時、大精霊の魔力が貴様の身体から消えたからな」

「えっ、うそ!? ……あ、でも確かに、今まで周りに漂ってた親子精霊が見えなくなってる……! うわあ、死んだらさっさと魔力撤収とか、冷たいなあ! しばらくは宿主として力を貸してくれるって言ってたのに!」


 ネイはそう嘆いてから、はたと目の前の子狐に首を傾げた。


「……ん? てことは、もしかしてこの狐、俺から抜け出た大精霊の魔力の塊?」

「貴様の下から出てきたから、その可能性はある。だが、それならなぜ姿が見えるのか分からん」

「俺の下から……ああ! もしかしてこれのせいか!」


 レオの言葉を受けて自分の腰回りを左手でぱたぱたと叩いた男は、どうやらその理由に思い当たったようだ。再び両手で子狐を持ち上げる。


「この子はおそらく、ユウトくんにもらった天使像を依り代にしているんです。だからレオさんにも視認できるんですよ」

「天使像? ああ、あの世界樹の木でできたやつか」

「そうです。俺の身体に宿ったままだと今後大精霊に魔力を返す時に難儀して、最悪もう一回俺が死ぬ必要があったかもしれないですよね。だから多分、それならこの機会に切り離しておいた方が得策だと考えたのだと思います。魔力自体は憑依体がないと長期的な保持ができませんけど、ちょうどユウトくんに依り代をもらっていたので都合が良かったんでしょう」

「……それはつまり、ユウトがえらいということだな」

「まあ、ある意味そうですね」

「ならば良し」


 とりあえず今回のネイの死は、自分たちではどうにもできなかった二つの束縛からの解放に繋がったということ。そしてこの子狐を大精霊の元に返せば完全体の創造主に戻る、その道筋が立ったのだ。これは世界を救うためには大きなアドバンテージになるだろう。


 ……ただ一方で、その力の喪失によってネイがどれほど戦力ダウンしたかというのが問題だった。


「……で、結局バフが全部消えたが、どうなんだ?」

「すっきりして気分が良いですよ。悪い血が出て新しい血が巡ってるからですかね」

「気分なんか聞いてねえんだよ。貴様の能力値の話だ。グリムリーパーの闇の能力アップと大精霊の聖の能力アップ、ごっそり外れただろうが。役立たずになるようならここから出ろ」

「んも~、俺の能力がバフだけの価値しかないと思わないで下さいよ。これまで培ってきた技術と経験はあるんですから」

「その技術と経験を生かせる能力があるのかどうかが問題だと言ってるんだ」

「平気だと思うんだけどなあ~。……まあ、その話は後にしましょ。とりあえず、グリムリーパーをどうにかして、いい加減ユウトくんたちと合流しません?」


 ネイならば間違いなく自分の能力の増減に敏感なはずなのに、なぜだか明言をしない。どのくらい能力値が落ちた、ランクが下がったとレオに申告すると、追い出されるからだろうか。

 そのわりに、どこか自信ありげなのが胡散臭い。


 だがグリムリーパーを倒してユウトと合流すべきというのももっともで、レオは訝しく思いながらも弟との再会を優先することにした。


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