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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、ネイを殺す

流血表現多し。苦手な方は気を付けて。

 ネイの動きは、明らかに精彩を欠いていた。

 やはりさっきレオに蹴り飛ばされた鳩尾のダメージが大きいのだろう。身体の軸にぶれが見て取れる。

 これなら少し前にフェイクで仕掛けてきた攻撃の方が、余程鋭かった。その剣先をさばきながら、レオはじっくりと一撃で仕留められる機会を窺った。


 別に苦しませないようになどと甘いことを思っているわけじゃない。あまり大きな傷を作ると、生き返った後のネイの装備の修繕に時間が掛かってしまうからだ。その剣創からミワやその祖父にはレオの仕業によるものだとバレるだろうし、そうなるときっと装備に損傷を与えた面積が大きくなればなるほど、やかましく文句を言われるに違いないのだ。面倒臭い。


 何よりそれをユウトの前でやられて、自分がネイの命を奪うような攻撃を仕掛けたことを知られ、叱られるのが一番の問題だった。


(生命活動を止めることでグリムリーパーの魔力を保持できなくなるのだから、狙うのは心臓一択だ。……刺突による一撃くらいなら、装備の損傷も大して目立たないだろう)


 とりあえず他の奴らにはその剣創だけで致命傷を与えたことがバレるだろうけれど、ユウトさえごまかせれば後はどうでもいい。

 レオはネイの動きが鈍ってくるのを感じながら、慎重に様子を窺った。


(どう見ても狐の劣勢だが、やはりグリムリーパーは動かないか。逆に気持ち悪ぃな……。とはいえ、このままでいても埒が明かん。そろそろ決めるか)


 ネイの攻撃をかわしていたレオは、ここが頃合いかと足を止め、向かってきた剣撃を剣撃で弾き返す。

 力対力ならレオの方が圧倒的だ。突然の重い反撃に、ネイが堪えきれずにたたらを踏んだ。


「くっ……ほんと、馬鹿力ですねぇ……!」

「この力、使役できたら頼もしいだろ? だが残念だな、俺のことを使えるのは世界にユウトただ一人だ」

「俺を殺したら、そのユウトくんに嫌われますよ!」

「バレねえようにやるから問題ない」


 言いつつ、今度はこちらから踏み込んで攻撃をする。それを受けてネイが再びよろめいた。

 ここまでしばらく打ち込ませていた間に、ネイの身体のダメージは蓄積している。もはやレオに力で対抗するのは不可能だ。それでも攻撃をいなして威力を殺す技術はさすがだが、それもここまでだろう。

 ネイは防戦しながら数度喀血をし、少し距離を取って対峙した。


「あ~くっそ……レオさんをぶっ殺すことができれば、俺は生まれ変われるのになあ!」

「安心しろ。そんなことをしなくても俺が貴様をぶっ殺せば生まれ変われるぞ。もしかすると聖人になれるかもな」


 この闇に支配されたネイの状態は、一度死ねば解除される。後に残るのは大精霊の力と加護なのだから、まんざら間違った話でもない。

 職業暗殺者が聖人というのも、なかなか矛盾しているけれども。


 そんなレオの少々揶揄を含んだ科白に、珍しくネイが忌々しげな舌打ちをした。


「そんな俗っぽいものになってたまるか……! 俺はあんたを殺して正真正銘の死神になるんだよ!」


 その口調からとうとう敬語が消え、瞳に狂気が宿る。

 それに対して、滅多に笑わないレオがニヤリと口角を上げた。

 おそらくネイが正気であったなら、その凶悪さに畏怖の念を覚えたことだろう。だが目の前の男は怯まず睨み返す。

 レオはそれにことさら笑みを深めた。


「死神の方が余程俗っぽいじゃねえか。それに死神になるったって、グリムリーパーの餌になるだけだろ? わざわざ闇落ちまでして美味しく食われに行こうとは、酔狂なこった」

「餌ではない! 俺は悠久の命を手に入れるんだ……!」


 命への執着。レオに向けた支配欲。闇への酩酊。敬意の欠如。

 この短時間で、ネイはよくここまでレオにとって殺すに惜しくない人間になってくれたものだと、呆れ半分におかしみを感じる。


 全てが、さっきまでのネイと真逆。つまり、グリムリーパーの魔力の影響を受けて以降、この男はあっさりとそれに流されているということだ。

 そこには支配されていないこれまでのネイの自我が、確かにいるにもかかわらず。


 しかしレオとしてはだからこそ、腹も立たなかった。


(狐のこの状況は、俺が『支配に逆らうな』と言ったことを忠実に守っている証でもある。今こいつに表出しているのは、グリムリーパーに支配された自我のみだ)


 こう見えてネイは上下関係がきっちりしているし、軽口を叩きながらも目上に敬意を払うことは心得ている。信念のためなら命を惜しむこともない。

 そんな男が自分の意思でないにもかかわらず、己の口から敬意のない暴言を吐いている状況なのだ。きっと内心は穏やかでないに違いない。


(おそらく本来のこいつは、心の中で『見苦しいから早く殺してください!』と思っているのだろうな)


 そう考えると、こうして睨み付けられていてもつい面白くなってしまう。いや、そういう状況でないのは分かっているのだが。


 その一方で、少しだけ面白くない気持ちもある。

 何が面白くないって、自分がこのネイの発言を本心なのではないかなどと微塵も疑っていないことがだ。

 それはつまり、何だかんだ言ってもレオはこの男に二心がないと信用しているということ。自身を信用しきれないネイが、実に信用に値する人間だと評価しているということ。


 そんなことは認めたくないし、この男もレオの信用など欲しくないだろうから絶対に言わないけれど。

 こうしてあっさり殺そうと思えるのも、ユウト以外はどうでもいいということもあるが、そうしたところでネイがレオを恨んだり、裏切ったりするわけがないと分かっているからだ。

 同様にこの男も、レオが間違いなく自分を殺してくれると信用している。


 何とも歪な信頼関係。

 だがもちろんこれを明言する気も正す気も一切ないのだ。レオはそんなものは最初からなかったようにその思考を放棄した。


 次の瞬間、一歩踏み込んで距離を詰める。

 その動きに対応しようとしたネイが、内臓への負担からか剣で捌き遅れたのを、レオは見逃さなかった。


「待たせたな! 今ぶっ殺してやる!」

「くっ……!」


 絶妙なタイミングで、その切っ先を男の心臓に向けて身体ごと突っ込む。それに一瞬顔を歪めたネイが、しかし串刺しになろうかという寸前で口元に笑みを浮かべた。


 これは、罠だ。実際弱っている自分を逆手に取り、ことさら弱ったように見せて、このレオの攻撃を誘ったのだ。


「掛かったな!」


 まるで残像の残るような速さで剣先からすり抜けたネイは、あっという間にレオの横に回った。空を切った刺突に向かう剣を慌ててそこからなぎ払っても、もう間に合わない。

 ネイはこれを最後とばかりに渾身の一撃をふるった。


「死ね!」

「……貴様がな!」

「なっ、何……!?」


 しかし攻撃を誘う罠を掛けたのはネイだけではなかった。

 レオはこの男の戦い方を知っている。つまり、あんなに易々と一撃目を食らおうとする人間ではないと分かっていたのだ。こうしてかわされるのは折り込み済み。

 そしてその身体の損傷から考えても、フェイクを掛けられるのは一回だと推察していた。

 だから心臓側、左に回り込んでくるだろうことも分かっていたのだ。


 レオはネイの移動と同時に左手で素材採取用のナイフを握り、眼球の動きだけでそれを追って、向かってきた男の心臓を貫いた。


「ぐうっ、ば、馬鹿なっ……!」


 さすがもえす製の素材採取用ナイフ。どんな素材でも突き通す。

 短い刀身に感じる明らかな手応えと、吹き出す鮮血。すぐさまレオが離れると、自分の身体を支えきれなくなったネイが、呻いて膝からくずおれた。

 そして力なく地面に両手をつくと、また血を吐く。


 それを見ながらレオは剣とナイフを鞘に収めた。

 もはやこの男は死ぬ以外何もできないだろう。ともあれこれで、グリムリーパーに操られることはなくなる。


「……最後、よく堪えたな」


 死にゆくその頭上にぼそりと呟くと、一瞬だけこちらをちらりと見上げたネイがにこりと笑って、そのまま地面に倒れ込んだ。

 それについ顔を顰める。


「……死ぬ直前になって出てくるんじゃねえよ」


 最後、ネイがレオの隙を突いて横に回り込んだ時。

 もしも窮地だと思ったこの男が、堪えきれずに少しでも操られた自我に干渉して動きを制限していたら、狙い澄ましていたレオは逆にタイミングを狂わされていただろう。そうして間近でできた隙を突かれたら、ただでは済まなかったはずだ。

 だがネイはレオがこれを回避すると信じ、不干渉を貫いた。


 それを労ったつもりもないけれど、いちいち聞いたぞとでも言うように表に出て来た本来のネイに、レオは何となくばつの悪い気持ちになってしまった。


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