兄弟を取り巻く人たち【ミワ】
『黒もじゃら』を魔工爺様たちのところに持って帰ると、そこには何故かレオがいた。お互いに顔を見合わせて、目を丸くする。
「レオ兄さん、どうしてここに?」
「……それはこっちの科白だが」
「オレたち、冒険者ギルドでここの雑務依頼を受けてたんだ。爺さん、『黒もじゃら』とってきたよ」
「おお、早いな! 助かった、報酬ははずむぞ」
ルアンが魔工爺様に『黒もじゃら』を渡す。そして依頼完了の証明書を受け取った。
「兄さん、王都に行ってたんじゃなかったの?」
「さっき戻ったところだ。ここからの頼まれごとがあったから、報告してすぐにお前のところに帰るつもりだったんだが……。ミワが『もえす』に術式書を取りに行ってる間、ここを護っててくれと頼まれてな」
「護る? ……ここが誰かに狙われてるってこと?」
「……泥棒に狙われている。ここだけじゃなく『もえす』もだ」
レオがルアンに視線を送る。つられてユウトも彼女を見ると、ルアンはひとつ頷いた。
「この間怪しい奴見かけてさ、つけてったら『もえす』を下見してる泥棒だったんだよ」
「ルアンくんが見つけたんだ」
「オレだけじゃなく、師匠も見てたから間違いない」
それを聞いて心配そうに眉を顰めたユウトの頭を、レオが撫でる。
「ユウトは気にしなくていい。爺さんたちが今作ってるこのアイテムが完成すれば泥棒は捕まる」
「そうなの? ……あ、そうか。急いでたのは『黒もじゃら』がこれの材料だったからなんですね?」
「ああ、そうだよ。昔王都で店をやっている頃に一度設計をしたんだが、当時は素材が集まらなくて作れなかった。しかし今回はお前さんたちが作ったポーチの端材、サモナーペリカンののど袋を譲ってもらえたからな。『黒もじゃら』も手に入ったし、どうにかできそうだ」
そう言った魔工爺様の前には、腰の高さくらいある金属の四角い箱が置かれている。
見た目は完全に金庫だ。
サモナーペリカンののど袋を使うということは、中身をどこかに転移するということだろうか。
「お前たちは冒険者ギルドで報告を済ませて先に帰っていろ。俺もミワが戻って来たらすぐ帰る」
「うん、分かった」
依頼のアイテムを渡してしまえば、ユウトたちにできることはもうない。
レオの言葉に従って、ユウトとルアンは魔工爺様に挨拶をして店を出た。
「……これ、完了報告したらランク上がるんじゃね?」
「僕は多分いける。ルアンくんは?」
「オレもこの評価ならいけそう。やっとランクが親父に追いつくぜ……!」
依頼完了証名書には++の評価が付いている。
2人は足取り軽く、冒険者ギルドへ向かった。
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突然だが、ミワは腕っ節にはかなりの自信がある。
注文が入れば一日中だってハンマーをふるっているし、金属を錬成したり鉱石を運んだり、力仕事も多いのだ。タイチはもちろん、そこらへんの男どもなら一撃で沈めることができる。
しかし、反面素早さが圧倒的に足りない。
おかげでこういうふうに、スピードを売りにする盗賊なんかを相手にすると、自慢の力があまり役には立たなかった。
「あーくそ、せめてハンマーくらい持って歩くんだった。見た目も全然萌えねえ小汚いおっさんだし、テンション下がるわ~」
「何ごちゃごちゃ言ってやがる、筋肉女。いいから、痛い目見たくなかったらその腹巻きにしてる書類をよこしな」
「てめえが一瞬で、長身でかっちりした軍服の似合う足の長い男前になったら考えてもいい」
目の前の盗賊は、おそらくここ最近『もえす』と『シュロの木』に盗みに入ろうとしていた奴だ。
いつも夜にしか現れない様子だったから油断していた。そして、近道をしようと細い路地に入ったのがいけなかった。
「このムキムキ女、遠回しに俺のことディスりやがったな……!?」
短剣を見せつけながら威嚇する男に、ミワは内心で舌打ちする。
正直、アイテム資料を護るだけならどうにかなるのだ。相打ち覚悟で一度捕まえてしまえば、ボコスコにできる。
しかし職人として、手指や腕に怪我をするというのは、生業を奪われることに他ならない。資料を護れたとて、それを活かせなければ意味はないのだ。
「丸腰のか弱い女相手に刃物ちらつかせるとか、小物過ぎんだろ! 肉弾戦で来いや、オラァ!」
「か弱い女は肉弾戦を希望しねえわ! 指関節ゴキゴキ鳴らすのやめろ! ……おとなしく資料を渡す気がないなら、職人の命と言うべき右腕を切り落としてやろうか!?」
「くっ……今の悪役っぽい科白、悪逆非道の超美形とかが言えば萌えるのに、よりによってこれとか……」
「だから、遠回しに俺をディスんじゃねえよ!」
ここはもう、多少の傷はあきらめて相手をするしかない。
ミワは挑発をすることで敵の大振りを誘う。
攻撃が大きく真っ直ぐ来てくれれば、パワーでどうにか対処できる可能性があるのだ。
剣を構えて向かってくる男に、拳を打ち出すタイミングを計る。力はあっても決して戦い慣れてはいないから、この一撃が勝負だ。
「食らえ!」
「てめえのような小汚いおっさんに右腕はやらん!」
「ふん、おっせえんだよ!」
「なっ……!? フェイントか……!」
ミワの拳が男に当たるかと思った瞬間、スッと右側に回り込まれた。盗賊は最初からこれを狙っていたのだ。ちょうど伸びきった右腕が男の前に晒されて、その二の腕に向かって剣が振り下ろされる。
やばい、反応が間に合わない。
これは確実にやられる。
「ぐわああ!?」
しかし次の刹那に悲鳴を上げたのは、盗賊の男だった。突然地面に叩き付けられたのだ。
ミワは一瞬何が起こったのか分からず、固まったまま目を瞬いた。
「丸腰の女性相手に剣を振るうなんて、無粋な男ですねえ。ミワさんを襲おうと思う勇気だけはすごいと思いますけど」
「き、狐目」
すぐ後ろで声がして振り向くと、ネイがいつもと同じ様子で立っていた。そのままミワを追い越して、盗賊の男の前に向かう。
ネイの出現に慌てた男は、急いで立ち上がってこちらと距離をとった。夜に『もえす』の周辺で2度ほど顔を合わせているはずだが、盗賊は気付いていない様子だ。
「な、何だてめえ……っ!?」
「どうも、『もえす』のユーザーです。困るんですよね、職人さんに怪我をさせられると。あなたのように劣化装備で満足しているアホな人には、彼女の価値が分からないんでしょうけど」
「てっ、テメエも俺をディスってんのか!」
「あなたが能無しだという事実を言ってるだけです」
「殺す!」
ネイの言葉に激昂した男が投げナイフを取り出す。それを4本、それぞれの右手指の間に挟んだ。
「見ろ、このナイフには致死毒が塗ってある。くく、俺のことを馬鹿にしたことを後悔して死ぬがい……いっ!?」
「ごちゃごちゃ能書き垂れる前に投げればいいのに、馬鹿ですか? ……ああ、馬鹿か」
「い、いつの間に後ろに回っ……ぎゃああ!」
ナイフを持っていた腕が、ネイによってあり得ない方向に曲げられた。ポキンと軽い音がして、男が悲鳴を上げる。これは確実に腕を折られた。
そのまま胸ぐらを掴まれて、首筋にひたりと濡れたナイフを突きつけられた盗賊は、途端に息を飲んで黙り込む。自身が今持っていたナイフを、目の前の狐目の男に奪われたことに気付いたのだ。
その毒の威力を、男は重々承知している。
「さて、この盗人はどうしますかね。ミワさん、ボッコボコにしますか? それともサクッと殺しますか? その前に腕を落としてやってもいいですけど」
「ひっ……」
人懐こい笑みを浮かべたままそんなことを言うネイに、男は言いしれぬ恐怖を覚えた。
今さら、この狐目の男が刃向かってはいけない類いの人間だと気付く。
おそらくこの男は、自分なんて比じゃないほど、人を殺し慣れているのだ。人を殺すことに、罪悪感も、高揚感も、正義も悪も、何も感じていない。日常のどうでもいい出来事と同等なのだ……。
そんな恐怖に固まった男を見て、ミワはため息を吐いた。
「あー、そのままふん縛ってくれればいい、そいつ何かもう恐怖で漏らしそうだし。あんま痛めつけてもな」
「あれ、優しいですね。ミワさんの腕を切り落とそうとした男なのに」
「優しいわけじゃねえよ。ちょうど良いからアイテムの動作確認に使おうと思ってるだけ。死んでる奴じゃ作動しねえし」
「ああ、あれに使うんですか。……良かったですねえ、俺オンリーだったら今頃あなた昇天してましたよ」
手にしていたナイフを放って、ネイはポーチからロープを取り出した。縄抜けなんてできないように、男をがっちりと括る。
どこか放心状態の盗賊を引っ立てた2人は、人通りのない路地を使って『シュロの木』に向かうことにした。
「……狐目が来てくれて助かった。ありがとな」
その道すがら、ミワはネイに礼を言う。
彼が来なかったら、確実に右腕を持って行かれてた。それだけじゃない、アイテム資料はもちろん、左腕だって。
「たまたま通りかかっただけですから、お気になさらず。それよりも、ミワさんが鍛冶をできなくなる方が大事ですよ。これから俺の武器も作って欲しいし、弟子の装備もお願いしようと思ってるので。まあ、無事で何よりでした」
何でもないことのように言うネイに、ミワは視線を向ける。
「お前、強えんだな。まあ、あの兄が弟を護らせるくらいだから当然か。……でも何か、普段とのギャップにちょっと驚いた」
「え、何ですか? もしかしてギャップ萌え?」
「いや、全然萌えてねえけど」
「萌えねえのかよ! 別にいいけど!」
「ただ、興味が出たのは確かだな」
萌えの好みとしては引っかからないが、その強さがミワの鍛冶職人としての気を惹いたのだ。
レオは全てにおいて理想の萌え神だが、強さの面に限って言えば、それなりの武器さえあれば結局最強なのが面白みがない。
しかしネイはそれほど体格に恵まれているわけでもなく、腕力だってミワほどもないだろう。
だが強い。だがレオほどではない。
この絶妙な欠落感。
己の鍛冶技術でそれを埋め、この男をレオとはまた違った最強にできたら、とても面白そうだ。
「……ちょっと、何で俺を見て悪そうな笑顔浮かべてんの」
「くくく……面白そうなものを見つけたからな」
とりあえず、楽しい鍛冶仕事の依頼はすぐに向こうから来るだろう。その前に、まずは余計な心配事を片付けてしまわなければ。




