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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、ネイの父と戦闘に入る

 扉を開けるとそこには思ったよりも大きな祭壇があり、その手前に二つの棺桶、さらにその手前、フロアの中央あたりに一冊の本が落ちていた。

 古びて重厚な装丁の本は、まず間違いなくグリムリーパーが閉じ込められている魔書だろう。その周りを魔法陣がぐるりと囲んでいる。

 しかしこの状態ではまだ何の動きもないようだ。


「この距離から火を放って魔書を焼いたら終わらないか?」

「いや、無理でしょ。以前ヴァルドが魔書を焼き払ったことがありましたけど、地獄の業火(ヘルファイア)級の上位魔法があってこそでしたし……。それに、グリムリーパーは闇属性の上級魔族ですから、地獄の業火すら効くかどうか分かりませんよ」

「チッ、面倒臭えな……。まあ、このランクでそんな簡単に終われるとは始めから思ってないが、面倒臭えものは面倒臭え」

「俺もだけど、レオさんも剣に手応えのない不死者系嫌いですもんね~。でもしばらくは実体持ちが相手なんで我慢して下さい」

「……実体持ち?」


 知ったような口をきくネイを怪訝に思って訊ねると、男は奥の棺桶を指差した。


「最初の相手は多分アレです。まあ予想はしてましたけど」

「アレは何だ?」

「多分俺の父親と叔父です。闇落ちして魂を刈られているんで、自我はもうないと思いますけどね」

「……闇落ちした?」

「正確には闇落ちさせられた、ですが。……昔のことなんで、今はどっちでも関係ないかな~」


 そう言いながら、ネイは短剣を弄ぶ。いつもならあまりない仕種だ。おそらく平静を装いつつも、何か心の内にくすぶるものがあるのだろう。

 しかしそうしていたのは束の間で、男はすぐにレオに向き直った。


「ところで俺の父と叔父が向かってきた場合ですが、レオさんは父の方を相手して下さい。並んだ時ちょっと小太りの方です」

「……父親の方だと? そっちは弱いんじゃねえのか?」

「俺たちの一族の中では少し能力が低くて鈍臭いというだけで、普通にしてればだいぶ強い部類ですよ。フェイクアクションや視線誘導、罠アイテム、暗器も使いますし、油断しないで下さいね」

「……叔父の方は」

「叔父は激強ですが、そのおかげで小細工をしてくることがほとんどないんです。だから剣一つで渡り合えますし、何より叔父とは幾度となく修練で戦っていますから、俺向きかと」

「……そういうことならまあ、構わんが」


 ネイが激強と言うからには、その実力はこの男と遜色ないかそれ以上。正直、ネイ以上の素早さで来られたらレオでも苦戦は免れない。おそらくそれも鑑みての割り振りなのだろう。

 だったら否やを唱えるところではなく、レオはそのまま請け合った。


「……ところで俺か貴様が死ぬと、貴様の闇落ち魂を刈ることはできないと思うんだが」

「そうですね。だから俺がグリムリーパーに操られる状態になるまでは、本気で命を取りにくることはないと思います。まあ、自力で動けない程度には痛めつけようとしてくるでしょうが」

「……なるほど。本気で殺しに来ないうちに、まずは二人を倒そうという魂胆だな」


 ネイが操られる懸念を残したままでいたのは、闇落ちの可能性がなくなると、最初から一度に二人の暗殺者を本気モードで相手にする羽目になるからか。

 つまり、ネイの父と叔父が余程強いということだ。


「一番の問題は、俺の体内の超聖水がどれだけの時間効いてくれるかですが……まあ、行きましょ。レオさん、俺にも油断しないようにして下さいね。いつ操られるか分かりませんから」

「はあ……最悪の場合、三人の暗殺者とグリムリーパーを俺一人で相手にすんのかよ……。クソ、面倒臭え……」

「レオさん、ファイト」

「他人事みてえに言いやがってクソが、後で殺す」

「よろしくです~」


 威嚇のつもりがただの作業予告になってしまった。腹立たしい。

 そんな不機嫌なレオを気にせず、時間を惜しむネイがすたすたと歩いて行く。そして魔書を囲む魔法陣に足を踏み入れると、途端に周囲の空気が渦を巻いた。

 敵に自分たちの存在が知られたのだ。


「……貴様、やり方が少々不用心じゃないか?」

「どうせ即死系の魔法は掛かってないから平気です。状態異常も装備で弾けるし。……それより、見てて下さい。そろそろ出てきますよ」


 本の厚手の表紙がひとりでに開き、風でぱらぱらとページがめくられていく。

 そしてあるページでぴたと止まると、そこから魔力が流れ出て、魔法陣が怪しく光った。

 周囲の温度が少し下がるのは、魔物が現れる合図だ。

 やがて魔法陣からのっそりと、山羊のような頭蓋骨と黒いローブが特徴的な、幽体が現れる。手持ちの鎌に大きく角度が付いているのは、魂を刈るためなのだろう。


 これがグリムリーパーか。

 まさしく死神という風貌だ。

 しかしその姿を見たネイが、目を丸くした。


「……あれ? ちょっと想定外。このゲートに現れる魔物は属性が盛られてくると思ったのに、俺が知ってるのと変わらないみたいです」

「何? まさかここだけ例外ということはあるまいに。……もしかして、この状態ですでに何かと属性を複合された魔物なのか?」

「あ、なるほど~……うわっとっと!」


 魔法陣から全身を現したグリムリーパーが、ネイに向かって呪詛の乗った奇声を発する。おそらく初っぱなからこの男を操りに来たのだろう。

 それをネイが避けるように耳をふさいで飛び退くと、敵は苛立ったように歯をガチガチと鳴らした。


「うあ~……鳩尾が探られてるみたいにざわざわするぅ~」

「グリムリーパー自体は直接的な攻撃はしてこないんだな。いわゆる『完全体』じゃないからか?」

「どうなんでしょうね。確かにこれまで『支配』と『魂狩り』くらいしか見たことないですけど。……まあとりあえず、今戦うべきはリーパーでなくあの二人ってことだけは確実ですね」


 あの二人とは、もちろん棺桶の中のネイの父と叔父のことだ。

 グリムリーパーが発する音に共鳴するように、棺桶の蓋がガタガタと鳴り始める。

 棺桶の表面には術式らしきものが書いてあり、その文字にリーパーの魔力が注ぎ込まれているようだった。


「これ、今のうちにグリムリーパーに攻撃を加えて倒せねえのか?」

「多分攻撃が通らないですよ。この魔法陣の中にいる間は……ああそっか、原理的にはあれに近いのかも。ユウトくんが持ってる聖域の魔法陣」

「……魔法陣の中にいる間は攻撃を食らわないが、自分から攻撃もできないっていう、あれか?」

「そうです。術式は基本、表裏一体ですからね。そう考えると、グリムリーパーが魔法陣に入ってる間は無視してて大丈夫かも」


 ということは、逆に魔法陣さえ出てしまえば完全体でなくともグリムリーパーは攻撃を仕掛けてくるということか。いや、でも本が魔法陣の中央にある限り、自力では出られないのか? もしくは攻撃を仕掛けると魔法陣自体が消える?

 何にせよ、他と戦っていても多少は気を配る必要がありそうだ。

 面倒臭いことがまた増えてしまった。


「レオさん、そろそろ来ますよ」

「ああ」


 そんなことを考えているうちに、二つの棺桶の蓋が中からずらされた。

 隙間から土色の手が出てきて、重い蓋を押しのける。

 そして中からむくりと起き上がったのは、狐目の男二人だった。


「うわ、見るからに貴様の一族だな」

「気を付けて。立ち上がったらすぐ来ます。右側が父です」

「分かってる」


 返事と共に、剣を構える。

 その視線の先でのろのろと立ち上がる様は、まるでゾンビだ。こうして見ていると、俊敏さなど微塵も感じさせない。だがこっちの男はフェイクをかますタイプだと事前に聞いているおかげで、レオは気を抜くことをしなかった。


 次の刹那、最初に音も立てずに動いたのはネイで、一瞬で叔父のところに突っ込んでいく。

 それとほぼ同時に、ネイの父が瞬く間にレオに肉薄した。その初撃を迎え撃つ。


 さあ、戦闘開始だ。


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