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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、ネイがドMになった理由を聞かされる

「貴様がドMなのは、これが理由か。魂を刈られる前に殺されたくて近付いて来たなら、最初からそう言えば望み通りにしてやったのに」

「やだなあ、もちろん俺がレオさんの下についたのは、それだけが理由じゃないですよ? 最初に惚れ込んだのは俺を凌駕する剣聖としての実力ですけど、今はレオさんの人間性や性格も気に入っているんです。……ユウトくんを側に置く前のレオさんのままだったら、ここまで献身的に働いてませんでしたけどね」

「気に入ってるとかやめろ、気色悪い」


 心底嫌そうな顔をしてみせるレオに、ネイはにこりと笑った。


「ユウトくんがいたおかげで、ここまでレオさんに仕えて来られたのはラッキーでした。果たせるとは思っていなかったこの千載一遇の復讐リベンジの機会を得られた上、レオさんに殺してもらえるとは」

「シリアス気取ってニヤニヤしてんじゃねえよ、うぜえな。……どうせそれだけの思惑じゃねえのは分かってんだよ。俺が貴様の幸運に引っ張られてこのフロアに来たのは、これがあったからだろ」


 この男は簡単に殺してくれとのたまうが、まるで悲壮感を滲ませないのはレオが持つこの指輪をアテにしているからだろう。

 そう、だいぶ前に手に入れたリバースリングだ。

 三つの魔宝石がはまり、一時間以内なら一つの石で一人を蘇生できる。二時間以内なら二つの石で、三時間以内なら三つの石を消費して一人を生き返らせることができる。

 当然とても稀少で貴重なものだが、ネイはその一つを使ってもらおうと考えているに違いなかった。


 そう指摘すると、さっきまでの殊勝な態度はどこへやら、男はにやりと笑う。


「別に、レオさんをここに引っ張ったのは俺の意思じゃないですよ? あくまで俺の幸運が招いた、確率の高い偶然です」

「偶然だろうが貴様の影響を受けたせいでここに来て、利用されるのはクソムカつくな……」

「まあ、どうしても嫌なら生き返らせなくてもいいですけど。……ただ、ユウトくんが何て言いますかね~。最終決戦を前に、仲間が一人欠けるのも大変ですし~」

「煽んじゃねえ、クソが。言われなくても、これからのことを考えれば当然リバースリングを使うつもりだ」

「えっ、嘘、レオさん好き」

「死ね」


 かみ合わない雑なやりとりをして、終始ニヤニヤしているネイに、レオは一度大きくため息を吐いた。

 生き返らせる前提ではあるが、これから一度殺されようという人間が、なんでこの笑顔なんだ。

 変態か? ああ、そういや変態だった。


「おい、ドM狐」

「はい、ドM狐です」

「否定をしろ、変態が。……貴様を一度殺した後、グリムリーパーを倒すまでに三時間以上要した場合、ドMを生き返らせるリバースリングが間に合わない可能性があるんだが」

「あ、ドMは殺したらすぐに生き返らせてもらって大丈夫だと思いますよ」

「……それだと、再びグリムリーパーに操られるんじゃないのか?」

「多分平気です。ドMだから」

「……ドMだから?」


 また、わけの分からないことを言う。

 ドMと平気がどう結びつくというのだろうか。

 何だか苛ついてきて顔を顰めると、ネイは「まあまあ」とこちらを窘めてへらりと笑った。


「実はですね、俺は死神だった頃はグリムリーパーの支配を完全に受けていたんですけど、今は半分くらいなんですよ」

「半分? ……闇から片足抜け出したってやつか?」

「そうです。そのきっかけはもちろん、レオさんにボッコボコの半殺しにされたことなんですけど」

「ドMに覚醒して闇抜けとか、この上ない変態じゃねえか」

「仕方ないですよねえ。レオさんにボッコボコにされるのすごい気分良かったんですもん」

「うわ、怖気立つ。気色悪ぃ」

「誤解しないで欲しいんですけど、気持ち良かったわけじゃなく、気分が良かったんです。……これね、おそらく曾祖父と同じ状態になったんだと思うんですよ。あくまで実体験からくる推論ですが」


 そう言ったネイは、自身の鳩尾を指差した。


「暗殺者は、儀式の際にここにグリムリーパーの魔力を封入します。心臓にも近いですし、ここから血液を通して魔力を体中に行き渡らせていたんです。おかげで全身の動きが良くなり能力が上がりました。その一方で、グリムリーパーに全身を支配されてしまうわけですけども」

「鳩尾……そういや死神だった貴様と戦ったあの時、そこに渾身の蹴りをくれてやった覚えがあるな」

「そうなんですよ。あまりの威力にめっちゃ吐血しました。いやあ、死ぬかと思いましたね、あの時は」


 この男、まるで楽しい思い出を語るような声の調子だ。

 まあ、実際ネイにとってこれはネガティブな思い出ではなく、闇から抜け出した喜ばしい出来事だったのだろう。

 口角を上げたまま、当時の事象の考察を始める。


「当時の俺は無敵の死神だったので血を流すことなんて滅多になかったんですが、レオさんと戦って血を吐いた時に、初めて悪い物が身体の中から出ていく感覚を知りました。おそらく、リーパーの魔力に汚染された血が体外に排出されたことを『気分が良い』感覚として覚えてしまったので、俺はレオさんに対してだけドMになったのだと思われます」

「腹が立つほどすごくどうでもいい」

「俺ほどではないですが、曾祖父にも同じことが起こったのだと思います。直接的な原因が『死ぬレベル』での鳩尾への圧迫か吐血による汚れの排出か、それは正確には分かりませんけどね」


 レオの言葉を無視してネイは続けた。


「とにかくその結果、グリムリーパーからの支配の軽減がなされた。そこから、俺は封入された魔力を保持するには、生命活動が必須なのではないかとアタリを付けたのです」

「あー……」


 ここまで聞いて、レオはようやくネイの言わんとしていることに気付いた。

 魔力を保持するには生命が必須、つまり逆を返せば、一度完全に死んでしまえばグリムリーパーの魔力との繋がりは絶たれるのではないかと言っているのだ。だから、すぐに生き返らせても次は問題ないと。


「だがそうなると、一度死んでグリムリーパーの魔力を失った貴様の戦闘力はガタッと落ちるんじゃないのか?」

「そこは見くびらないで欲しいなあ、レオさん。戦闘技術は俺が独自で手に入れたものだし、何より今はもっとすごい加護がありますんでね」

「……大精霊の加護か。そっちも死んで解消されたら笑えないんだが」

「こっちは条件による契約じゃないから平気だと思いますよ。大精霊自体が俺と緩く繋がってるから状況は把握してくれるはずですし、即座に問答無用で引っ剥がされることはないです」

「……ならば平気か」


 本来はネイに最初の超聖水が効いている段階でグリムリーパーを倒せれば良いのだが、どうやらこの男はそれが適わない、もしくは一度死んだ方がいいと考えているようだ。

 だったらいっそ今のうちに殺して生き返らせて、繋がりを絶ってから戦闘に入れば良い気もするけれど、ネイがそれを是としないところを見ると、そこにも何か思惑があるのだろう。


 まあ、レオとしては結果的に敵が倒せればそれでいい。

 グリムリーパーの倒し方は実際対峙してみないと分からないのだし、これ以上は対策を考えてもそれほど意味もない。


「……先に言っておくが。もしも操られた時、貴様が半分ほどしかリーパーの支配を受けていないとしても、支配に逆らって自分の動きをセーブしようとか考えるなよ。下手にダウングレードしてタイミングをずらされる方が面倒臭え。俺はMAX状態の貴様相手の方が戦い慣れてるからな」

「え~、今の俺、結構強いですよ?」

「ふん、俺の方が強え。ちゃんと殺してやるから安心しろ」


 実際、ネイが強いのは分かっているしそのスピードやクリティカル率は厄介窮まりないが、単純な力関係で言えばレオの方が強い。

 そもそもこの男の一番面倒なところは、多面的思考力による攻撃とそこから厳選使用されるアイテム群なのだ。操られることで本来の思考力を失い、アイテム入りのポーチをこちらに預けた状態のネイに、レオが負ける要素はなかった。


「……そろそろ行くぞ。とっとと終わらせて、ユウトのところに行きたい」

「そうですね。行きましょうか、復讐リベンジに」


 ネイが短剣に超聖水を塗り、その残りを口にする。

 そうして準備が整うと、二人はグリムリーパーのいる祭壇に続く扉を開けた。


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