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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、ネイの思惑を知る

 ギルド長の部屋に現れた階段を潜ると、そこはこれまでの建物内とは違い、ただの洞窟のようだった。

 それでも明かりは灯っているし、通路の形に合わせた扉も付いている。

 レオとネイはぴっちりと閉じられたその扉の前に立つと、奥の気配を探った。


「……気配が薄いな。それでも、何かがいるのは分かる」

「今は眠っているのだと思います。……おそらくまだ完全体ではないので」

「完全体ではない?」

「多分ですが、契約が履行されていないんです。……レオさん、ガラシュ・バイパーと魔研の契約のこと覚えてます?」

「ああ、魔書による三十年の使役契約のことか? 間もなく期限が切れる……」

「それです。……と言っても、同じものとは限らないんで話半分で聞いて欲しいんですけど。ただその話を聞いた時に、もしかしてここで起こったことが似た経緯によるものではないかと思い至ったんですよね」


 ここで起こったこと、というのは隠密ギルド壊滅のことだろうか。

 ……似た経緯とネイは言ったが、つまりこの奥にいるグリムリーパーが、ガラシュと同じような立ち位置にいる?


「……確か契約では、期限が来ると報酬を支払わなくてはいけないんだったか」

「そうです。実は暗殺ギルドがだいぶ昔に奴と契約をしていたんですが、俺たちが預かり知らぬ間にその契約期限が切れたようでして。ある日その報酬の支払いが俺たちに降りかかりました」

「もうすでに契約が切れてんのか。……その報酬ってのは支払ったのか?」

「……いえ、すでに回収されてしまった分もあるんですけど、全てを渡してはいないのでグリムリーパーは未だ完全体ではないんです」

「へえ? 契約が済めば元通りで自由になれるってわけでもないのか。それとも契約内容に寄るのか……?」


 使役契約の場合は、これまでの鬱憤が溜まった魔物が使役者を殺したりすることが多いらしいが、そこそこ対等な契約ならば別の縛りがあるのかもしれない。もともとグリムリーパーは魔書に閉じ込められていたようだし、ガラシュとは条件が違うか。


「ところで、その支払っていない報酬っていうのは何だ?」

「ええと、まあ……すごく簡単に説明すると俺の魂です」

「は? ……貴様の魂? ……ずいぶんピンポイントだな」

「もう少し説明するなら、暗殺ギルド在籍者の直系の人間の魂ってことですね」


 ネイはそこまで言って、一旦口を噤む。

 その先を話すべきかどうか少し逡巡したようだったが、しかしやがてレオにも言っておく必要があると判断したのか、再び口を開いた。


「……実はこの先に、暗殺ギルドの祭壇があります」

「祭壇?」

「暗殺者としての能力を得る儀式を行う場所です。これがそもそもグリムリーパーの力を借りて身体能力への介入をし、適性を増強するというもので、暗殺ギルドの創設期にはすでに存在していました」

「創設期から? それは……裏を返せば暗殺ギルドができたのは、グリムリーパーと契約をして能力を得たからということか……?」

「そうとも言えますね。儀式を済ませた者は素早さやクリティカル率が上がり、殺しというものへの抵抗が薄れる傾向にありました。暗殺ギルド内で暗殺に従事した者は、皆この儀式を受けていたようです」


 ということは、グリムリーパーと契約をしたのは初代暗殺ギルド長あたりなのだろうか。どうやってそれを成し遂げたのかは知らないが、この契約があったからこそ、当時の暗殺ギルドは多数の暗殺者を有することができたのだろう。


「おそらくこの儀式によって、暗殺者の体内にはリーパーの魔力が植え付けられるのだと思います。そしてこれが一方で、暗殺の生業から逃れられない首輪の役目をしていたんです」

「首輪? 暗殺者は能力を得る代わりにグリムリーパーに首根っこを押さえられていたということか? ……となると、使役というよりは逆隷属に近い契約だな」

「もちろん、当初はこの儀式がそんな契約の上で成り立っているなんて知らなかった暗殺者がほとんどだったみたいですけどね。かく言う俺も……」

「……あ?」


 最後にぽろりと零したネイの言葉に、レオは顔を顰めた。

 そう言えばさっき、この男は暗殺に従事した者は皆この儀式を受けたと言っていたはず。

 ……もしかして、このまま戦闘に入るとものすごく面倒なことになるのではなかろうか。


「……貴様、もしやグリムリーパーの儀式を受けてるのか……?」

「まあ、俺たちの一族だけが暗殺に従事していたという点でお察しですよね~」

「待て、待て。……つまり貴様は戦闘開始と同時に敵に首根っこを掴まれて支配されるということだな? だったら貴様をこの場で殺して行った方が煩わしくないんだが」

「いや、必要なら俺を殺してと言いましたけど、そこまであっさりと殺す方に舵を切ることあります? せめて離れて隠れていろとでも言うならまだしも」

「距離を取っていても操られないとは限らんだろう。俺の邪魔になるなら死ね」

「ほんっと容赦ないですよねぇ、レオさん。……ま、今はその方がありがたいけど、とりあえず殺すのはぎりぎりまで粘ってからにして欲しいなあ」


 そう言って肩を竦めたネイは、おもむろに腰に下げていたポーチを外した。

 それにレオは目を丸くする。なぜなら、隠密と暗殺を生業とするネイにとっては、これが絶対に手放せない命の次に大事なもののはずだからだ。寝る時も風呂に入る時も、必ず手に届く場所に置くし、誰にも触らせない重要なもの。

 この男はそれを、なぜかこちらに手渡してきた。


「……何のつもりだ?」

「俺が操られた時、レオさんに対抗しうるアイテムを持ってると色々面倒でしょ。だから預かって下さい。何も持ってなければ剣一本と身一つで戦うしかないし、レオさんも楽かなと思って」

「多少アイテムを持ってるくらいで貴様ごときに俺が苦戦すると思ってんじゃねえぞ、クソが。てめえで持っとけ」

「まあまあ、そう言わずに。その辺に隠しておいてもすぐ拾えちゃうし、レオさんに預かってもらうのが一番安全なんですよ」

「あっこら、勝手にポーチに突っ込むな! ……クソ!」


 結局素早い動きでこちらのポーチにそれを突っ込まれて、レオは仕方なくそれを預かることにした。

 実際問題として、ネイと敵対した場合は確かにこの無数のアイテム群がネックになる。この方がレオにとっても楽になることは分かっているのだ。

 だがその分、ネイが敵とやり合う場面でもかなり不利になるのも分かっていた。


「……そんなうっすい装備じゃ敵と戦えねえだろうが。俺としか戦わねえ気か」

「平気です。これがあればリーパーとは戦えますから」


 しかし当のネイは気にする様子もなく、胸ポケットに入っている小瓶を取り出した。さっき一つをレオに渡したもう片割れの超聖水だ。


「俺は不死者系への特攻を持ってませんが、武器に超聖水を振りかければダメージが通ります。他にも、口に含めばグリムリーパーからの精神への介入を一時的に阻害できるはずです。ただ、超聖水の効果がどのくらい保つかは分かりませんけど」

「いまいちアテにならねえな……。だがとりあえずは、戦闘開始直後からすぐに操られることはないんだな?」

「それは大丈夫だと思います」


 どうやら、いきなり同士討ちなどということにはならなそうだ。だったらひとまず問題はないか。


「なら、超聖水の効果がある間に早期決着をはかるのが最善だな。さっき俺に渡した超聖水も、やはり万が一に備えて貴様が持っとけ」

「あー、いや、それはそのままレオさんが持っていて下さい。……おそらく戦闘中に効果が切れた場合、それを使う暇はないと思いますんで」

「……超聖水の効果が切れたら間髪入れずに操られるというのか?」

「はい。そして間違いなく即座にレオさんに攻撃に行くと思います」

「間違いなく……?」


 きっぱりと言い切るネイに、レオは怪訝な顔をした。

 確かにネイを操ってレオと戦わせれば楽に同士討ちをさせることができるだろう。それは十分ありえることだと思う。

 だがもうひとつ、グリムリーパーが契約の報酬だというネイの魂を先に刈って、完全体を手に入れるという可能性だってあるのだ。なのになぜそちらの可能性には言及しないのか。


「グリムリーパー自体が貴様の魂を取り込み完全体になって、直接俺と対峙するということにはならんのか? 俺が先に貴様を殺したら、魂を刈り取れなくなると思うんだが」


 そう訊ねると、ネイはにこりと微笑んだ。


「レオさんに俺を殺してもらうことでグリムリーパーの完全体を阻止する、俺的にはそれが狙いなんですよ。幸いなことに、今のままの俺の魂は奴にとって刈る価値がないので」

「今の貴様の魂は刈る価値がない?」

「グリムリーパーが報酬として刈りたいのは、『闇落ちした暗殺者の魂』なんです。でも今の俺はレオさんのおかげで闇から片足抜け出してるんで」

「あー……」


 その言葉で納得した。操られたら間違いなくレオに攻撃を仕掛けてくるという、その確信。


「グリムリーパーは貴様を操って俺を殺すことで、再び闇落ちさせるつもりだということか」

「俺は首輪を着けられてるんで、レオさんとの関係はすぐにバレますから。奴は間違いなく、俺に主殺しをさせようとしてきます。……レオさんには是非とも、俺を撃退して頂きたい」

「……なるほど」


 ここにきて、ようやく長年の違和感が腑に落ちた。

 どんなに邪険にされようが、ネイが自分より強いレオの下に付きたがった理由。敵対すれば躊躇いなく自分を殺せるというレオの非情さを喜ぶ理由。

 その全ては、この男の中に幾重にも絡みついた、暗殺者一族のしがらみを断ち切るためだったのだ。


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