兄、ネイの叔父と父について聞く
隠密ギルドの組織の中枢である四階層目。そこに降りてくる人間は限られていたらしい。
ここには上層部の者の個室が三つと、重要アイテムを置く倉庫があるという。
その中でネイはまず一番左にある部屋に入ると、中を見回した。
「……懐かしいなあ。当たり前だけど昔のままだ」
感慨にふける男の後からレオも部屋に入り、首を巡らす。
どうやらここは個人の部屋のようだ。二階層目の一般住居よりは広いが、特に華美なわけでもない。書棚に入っている本が鍵や罠、人間心理に関する特殊な専門書であるくらいで、普通の部屋だった。
「……ここは?」
「隠密ギルドにいた頃の俺の部屋です。……ちょっと待って下さいね。五階層目に降りる階段を開けるには、全部の部屋にある仕掛けを外さないといけないんで」
言いつつ自室の奥に進んだネイは、クローゼットを開けた。
そしておもむろに服を掻き分け、出てきたレバーを捻って引く。すると壁の奥で、カチカチカチと歯車が動くような音がした。
「これでよしっと。じゃあ隣の部屋行きましょ」
「……捜し物はここじゃないのか?」
「ん~ここには捜し物というか、懐かしくて持ち出したいものはあるけど、どうせゲートから出たら消えちゃいますからね」
下手に触ると逆に郷愁を呼び起こされてしまうのかもしれない。ネイは部屋を一瞥するだけで、何を手に取る気もないようだ。
それに、どうやら本命は別のところにあるらしい。
彼はおもむろにきびすを返すと、躊躇いなく自室を出て、隣の部屋に入った。
レオもその後ろから次の部屋に入る。
途端、飛び込む景色の目映さに目が眩んだ。
「うわっ……何だこれは?」
「ここは俺の叔父の部屋です」
「叔父……? 何というか……趣味が悪いな」
そこはネイの部屋とだいぶ印象が違っていて、レオは思わず眉を顰めた。
とにかく派手な宝飾品だらけ、威を誇るようなきらびやかな戦利品だらけで、いかにも自己顕示欲と物欲の塊な部屋だったのだ。
これは叔父とやらも、ずいぶん稼いでいたのだろうか。在りし日の暗殺ギルドのように。
「だいぶ羽振りが良かったようだな。貴様の血縁ということは、叔父貴も暗殺者だろう?」
「うーん……本来俺たちの一族は暗殺の技術を持っているというだけで、隠密なんですけどね。……ただ、俺と叔父上は暗殺者と言われれば否定はできないかなあ」
「否定できないも何も、貴様は紛れもない暗殺者だろ」
「そうでした」
肩を竦めててへぺろした男は、やはり叔父の部屋でもクローゼットに向かう。そして扉を開け、中にぎゅうぎゅうと目一杯詰まった服を掻き分け引っ張り出して、やっと見えた奥の仕掛けを動かした。
「んもー、叔父上の部屋は物ありすぎてホント邪魔! スパンコール付いた服とか、何で仕事にも使えない派手な物ばっかり持ってんだよ!」
「この部屋は家具の装飾もすげえな。……何か品がねえと思ったが、あれだ。狸貴族どもの屋敷の部屋に似てるんだわ」
「……あー、まあ、お金大好きで選民主義なとこは共通してるかも。仕事にかこつけて手に入れてきた金品のリストとか作って、毎日眺めてたし」
「……この壁にデカデカと貼ってある実績表ってのは何だ?」
「えーと……それは、叔父上が殺した人数の実績表です」
「紛れもない暗殺者じゃねえか」
「そうですねえ」
壁には十ごとに区切られたマス目を書いた紙が貼ってあり、そのうちの四十あまりのマスが×印で埋められていた。
つまり、ここにいたネイの叔父はそれだけの人間を暗殺したということだ。
「安易な殺しをしない隠密ギルドが聞いて呆れるな」
「残念ながら安易じゃない殺しはするんですよね~。貴族側には内緒でしたけど。長いこと活動してると、どうしても敵側に勘付かれて隠れ家が見付かりそうになったり、仲間が失敗して捕まったり、味方貴族に向く悪意を止める術がなかったりすることがあるんです。そんなときに、最終的な事態の収拾を計るべく暗殺のスキルを持つ俺たちが出て行くんですよ」
「……仲間たちは隠密だけに徹するようにしておいて、何かあったら貴様たちが尻ぬぐいをしに行くってことか」
「まあ、そんな感じです」
確かに考えてみれば、ネイ以外の隠密たちは殺しを一切しない。徹底的に隠れ忍び、危険は回避する。たまに攻撃に加わることはあるが、大体が隙を見て引くための牽制程度だ。
おそらく一番ハードで危険なところは、ネイたちが創始者の一族として全て引き受けて来たのだろう。だからこその暗殺スキルか。
「……ここにいた貴様の叔父貴がギルド長だったのか?」
「いえ。ギルド長の部屋はこのさらに隣です。ちなみに俺の父の部屋ですね」
「へえ、貴様の親父がギルド長だったんだな。親父も暗殺者か?」
「父も暗殺の知識は持ってましたが、暗殺者ではないかな。ちょっと鈍臭いしあんまり殺しが得意な人じゃなかったんで、昔からほとんど隠密・暗殺の活動はしてなかったと思います」
「……なのにギルド長?」
隠密ギルドのトップが鈍臭いとか、ギルド長としての沽券に関わらないのだろうか。
怪訝に問うレオに、ネイは苦笑した。
「隠密や暗殺行動は苦手でしたけど、俺の父は統率力や交渉力が高くて、空気を読むのが抜群に上手い人だったんです。おまけに穏やかで人当たりも良くて、敵の懐にも入り込み、得がたい情報を手に入れてくることがよくありました」
「……ああ、なるほど。別の方向に能力が突出していたわけか。……確かに隠密や暗殺が得意なだけの奴よりは、資質的にずっと長に向いてるな」
「ええ、父がギルド長になった時、隠密ギルド内では大いに歓迎されたと聞いています。……ただ、叔父上はそれに納得できなくて、ずっと不満を言ってたみたいですけど」
そう言って、ネイはさっきレオが見ていた殺しの実績表に目を向けた。
「叔父上は父と正反対のとても暗殺者に向いた人間で、殺しの腕は一流でした。その能力を常に誇っていて、だからこそギルド長も自分がなるものだと確信していたらしいんですよね」
「……だが、選ばれたのは自分じゃなかった、と。その叔父貴からしたら、自分より能力のない奴にギルド長の座を奪われたと感じたんだろうな」
「奪うも何も叔父上は候補に挙がったこともなく、祖父は最初から父をギルド長にするつもりだったんですけどね。……そもそもこの表をご覧の通り、叔父上は殺しを楽しむタイプで……。忍び込んだ先で盗みもするし、必要のない殺しもするしで、とにかく自分勝手で傍若無人。到底人をまとめ導ける人間じゃなかったんですよ」
「……暗殺者の適性がある奴は頭おかしいの典型か」
「そのくらい狂ったメンタルじゃないと、殺しを生業にすることなんてできないってことですね~。……さて、この部屋にもう用はありません。とっとと隣の部屋に行きましょ、レオさん」
ネイは自嘲気味に笑って、壁の実績表に向けていた視線をレオに戻した。昔話はここまでということらしい。
しかしレオはその一流の暗殺者の行く末が気になって、話を切り上げ次の部屋に移動しようとするネイを呼び止めた。
「……待て。一応訊くが、その叔父貴は今は?」
「……もういません。父も叔父上も死んでしまったので」
「死んだ?」
ネイに一流と言わしめる暗殺者が、そう簡単に死ぬものだろうか。一人なら病死の可能性もあるが、今こいつは『父も叔父上も』と二人を並列で語った。同時に二人が病死するなど、偶然でもそうはあるまい。
ならば事故死か、殺されたか。
だとすれば、余程不可避な事案があったか、彼らの実力を凌駕する敵が現れたのだろう。
……きっとそれが、隠密ギルド壊滅の時だったに違いない。
「……レオさん、もう死んだ人間のことなんてどうでもいいでしょ。それより早く進みましょう」
そこまで思い至ったレオに、やはりネイはこれ以上詳しい話はしたくないのかごまかすように背を向ける。
まあ確かに、進むのも肝心だ。
ここで立ち話をするよりは、もう少し建物内を歩き回って情報を得た方がいいだろう。ネイに自分から話す意思がないならなおさら。
レオもそう判断し、今度こそネイが部屋を出るのを止めはせず、その後に付いて行くことにした。




