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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、隠密ギルドに足を踏み入れる

 歯車の回る音、チェーンの擦れる音が響き、地中に櫓が沈んでいく。多少振動があったが、ものの五分もせずに周囲の景色が変わった。

 洞窟の中などではなく、明らかに建物の中だ。

 木の柱と石組みの壁。そこかしこに魔石燃料のランプがふんだんに使われ、昼間のような明るさだった。


「うわ~懐かしいなあ。さ、レオさん、ここが隠密ギルドです」


 櫓の扉を開けたネイは、建物の中に足を踏み入れると嬉しげにこちらを振り向いた。

 どうやらこの男個人的には、隠密ギルドへの愛着は変わっていないらしい。ネイが死神になった経緯に、ギルドという組織自体の内情は関与していないということだろうか。


 考えてみれば隠密ギルド出身のオネエたちとも関係は良好なままだし、この男がギルドと敵対して壊滅させたなどというハードな展開があったわけではないようだ。


「隠密ギルド内部はどういう構造になっているんだ?」

「全部で五階層になっていて、一番上が商業・工業のフロア、二階層目が一般住居フロア、三階層目が修練場フロア、四階層目がギルド長と上層部のフロアになります。……一番下のフロアはまあ、雑多な物置? みたいな感じです」

「だいぶ広いな。当時は何人くらいで住んでいたんだ?」

「俺が居る頃は四十人くらいかな。と言っても実際隠密として稼働してたのは十人ちょい程度ですけど。他は商人とか鍛冶屋とか技術者とか、サポート職が多かったですね。当時のライネル陛下が裏で色々渡りを付けてくれてたらしくて、結構良い人材が揃ってました」

「へえ」


 まだ前王が生きていた頃のライネルは、表立って動くことは難しかったはずだ。そんな時にきちんとした理念を持って活動する隠密ギルドという存在は、その職業柄も相俟ってかなり重宝したことだろう。

 裏で出資していたというのも頷ける。


「それにしても、権力におもねらない隠密ギルドが、王族で表向きは親父に従順だった兄貴とよくコンタクトを取ったもんだな」

「一番最初は密かにギルドをバックアップしていた貴族が、ライネル陛下の隠れた志を知って話を持ちかけたと聞いてます」

「貴族? 当時のクソ親父の統治下で、ずいぶん奇特な奴がいたもんだな。……今、その貴族は?」

「……すでに一族まとめて、前王に反逆罪で討たれました。唯一、息子だけは辛うじて生き残りましたが」

「……討たれた? 兄貴と繋がりがあるのに? 当時の兄貴じゃ守り切れなかったのか……?」

「まあちょっと、その辺りは特殊な事情があったようで……」


 ネイはその事情とやらに言及したくないのか、分かりやすく言葉を濁した。

 それに少し引っ掛かったけれど、レオはその前にもうひとつ、もっと気になる文言があったことに立ち返る。

 今ネイは、その貴族の「息子だけは生き残った」と言ったが、もしかしてあの男のことだろうか。

 その顔を思い浮かべて、レオは眉を顰めた。


「狐。その貴族の唯一生き残った息子っていうのは……」

「はい。ルウドルトです」

「……やっぱりか」


 ライネルの側付きの、金髪の騎士。

 確かにルウドルトは討伐された貴族の生き残りで、瀕死の状態でいたところをライネルに拾われたと聞いていた。

 その男の父が、隠密ギルドの支援者だったとは。


「と言っても、ルウドルト自体は父と隠密ギルドの関係を知らなかったんですけどね。その頃の彼は、騎士学校の寮に入っていましたし」

「……事情を知らない息子の寮まで、討伐の刺客が行ったのか?」

「いえ、ルウドルト自身は実家が反逆罪で焼き討ちに遭っているのを知って駆け付けて、そのまま巻き込まれたみたいです。……まあ、寮に残っていても暗殺された可能性がありますけど」

「ああ……確かに。親父は臆病者だから、一族の一人でも逃したら復讐されると怖いと思ってただろうしな」


 前王は自分に逆らう者は一族郎党皆殺しが常だった。しかしそれは父が残忍だったわけではなく、ひらすら臆病だったせいだ。それに財産を没収するにも都合が良かった。

 自身は手を下さず、玉座にふんぞり返って全て口頭で命令するだけなのだから、その心に嗜虐性や罪悪感などありもしなかっただろう。


 父は全くもって他人の心に添うことのできない、愚かな王だった。

 ライネルがルウドルトを側仕えとして匿ったのは、その血を引く者としての贖罪の一面もあったのかもしれない。


「しかしまだ騎士学校の生徒とはいえ、ルウドルトはかなり強かったはずだ。戦闘力も統率力も昔から図抜けていたと兄貴が自慢してた。それが瀕死の重傷になるなんて、どんな奴が刺客として送り込まれたんだ?」

「あー……ええと、それは……。その対峙した相手が、騎士として戦うルウドルトには不利な戦闘スタイルだった、としか言いようがないのですが……」

「……相手が悪かったと?」

「まあ、そういうことです」


 なにやらネイは、ルウドルト一族の討伐の件を知った上で、詳しい話をしたくないようだ。さっきも言っていた『特殊な事情』とやらがあるのだろうか。


(……ルウドルトが苦手とする戦闘スタイルというと、それほど多くない。騎士学校ではあらゆる兵種との模擬戦闘をしながら、対応策が学べるはずだ)


 つまり通常の兵種なら、優秀だったあの男が後れを取るとは思えないのだ。

 ……となると、それ以外の特異兵種ということか。


(王都の結界の中だから、魔法系はない。ガンナーのような遠距離か? ……いや、それこそ攻撃を見切るルウドルトには通用しないだろう。となると、近距離……)


 近距離で通常の兵種と外れるなら、隠密が当てはまる。

 だが隠密は戦闘スタイルとしては盗賊の上位だし、攻撃力自体はさほどでもないのだ。あの男が対応しきれなかったとは思えない。

 それにそもそもルウドルトの父はその隠密ギルドの支持者。そこに所属する隠密が、彼らを襲うはずがない。


 そこまで考えて、レオははたと思い至った。

 では隠密ではなく、暗殺者ならどうだろう?


(暗殺者は敵を屠ることに特化した稀少性の高い職業だ……。動きはトリッキーで素早く、攻撃力以上にクリティカル率が高いのが特徴。正攻法に限らず毒も罠も暗器も使うが、騎士学校でその対応策を習うことはまずない。……ルウドルトがやられるとしたら、きっと……)


 レオはこちらを先導して少し前を歩くネイをちらりと見る。

 一応所属としては隠密ギルドだと言っているが、この男自体は確実に暗殺者だ。

 まさかネイがルウドルトの一族を屠り、彼を瀕死にまで追い込んだとは思わないけれど、何か係わっていることは間違いないだろう。


 まあこれは、今わざわざ聞き出すほどの危急の話ではない。この建物の中を探索していれば、そこに至った経緯を知る機会もあるだろう。おそらくだが、隠密ギルドが壊滅したことも、一連の事案に関係しているのだろうから。


 レオはルウドルト関連の話を引き上げて、喫緊の事案の方をネイに振った。


「……魔物が潜んでいるとしたら建物内のどのフロアだ?」

「多分三階層目の修練場フロアか、五階層目の物置フロアです。他のフロアは天井が低いし、部屋数が多くて魔物にとって動きづらいんで」

「ならばとっとと下るぞ。階段はどこだ」

「こっちです。とりあえず三階層目まで降りちゃいますね」


 ネイは階段までレオを連れて行くと、そのまま居住フロアをスルーして修練場フロアまで降りる。

 すると壁と部屋で区切られた上二階層と比べて、ぐんと視界が開けた。修練中に自由に動き回れるようにだろう、広くて天井が高い。

 しかし一方で、動く者がいる気配はしなかった。


「……魔物はいないようだな」

「そうですね。……ここに居てくれれば良かったんだけどなあ」


 ぼそりと呟かれた言葉に、レオは片眉を上げた。

 ネイは何だか五階層目には行きたくなさそうな口ぶりだ。たしか、雑多なものがある物置のフロアだと言っていたが。


「ではここにはもう用はない。さっさと五階層目に行くぞ。……一番下の物置の階層には、何があるんだ?」

「物置なので、まあ、いろんなものですね……」

「その『いろんなもの』の明細を言えと言っている」

「あ~、うん、そうですね」


 どうも言いたくなさそうだけれど、じろりとレオが睨み付ければネイは肩を竦めて観念した。


「……最下層には、暗殺ギルドの頃の遺物や文献がしまい込まれているんです」


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