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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、檻の中の塊が気になる

 歩いていると、やがて檻の炎が消えた。金剛猿の魂の浄化が終わったのだ。

 再び檻の中は空っぽになる。

 しかしそのまま持ち歩いていると、レオは手元からカランカランと小さな軽い音がすることに気が付いた。


(……何だ?)


 さっきまではしなかった音だ。

 一旦立ち止まり、煉獄の檻を目線の高さに上げてみる。

 すると、檻の底に黒い小さな塊があるのに気が付いた。本当に小さい、直径二ミリ程度の大きさの塊だ。燃えかすか何かだろうか。


 檻を横にして隙間から落とそうとしても出てこず、レオが指を突っ込んで取ろうとしても駄目だった。どうやら檻の金属棒の隙間には、目に見えない壁があるらしい。

 意味の分からないものばかりが次から次へと、一体何なんだ。

 気になるけれど、今はこのままにしておくほかないようだ。

 仕方なく、レオは再び歩き出した。


(これだけわけの分からない物が増えてくると、さらに広くて深い知識と情報量が必要になってくるな……。全てクリスとヴァルドの頭でまかなえれば良いんだが)


 あの二人の知識はとにかく群を抜いている。クリスは本の虫だし、ヴァルドは幼い頃からの英才教育が物を言っている。記憶力だけで言うとウィルに軍配が上がるが、手に入る書物の量が桁違いだから情報量で彼らが圧倒しているのだ。

 それでもここまで特殊な状況になってくると、既存の知識でカバーするのはなかなか難しいだろう。


(……ここを出たら、最悪またあの男の手を借りることになるかもしれん)


 檻の中で転がる塊の音を聞きながら、レオは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 あの男とは、もちろん知識と情報オタクのジードのことだ。

 本当なら絶対に力を借りたくない相手だが、合法非合法問わずかき集めた文献は比類なき質と量で、その高慢さや悪辣な性格を差し引いても、助言を得る価値はある。


 正直クリスあたりと仲良くしている分には気にもしないが、ただそこにどうしたってユウトが介入しないといけないのが業腹だった。


虚空の記録(アカシック・レコード)を手に入れることができれば、知識面で奴に頼る必要はなくなるんだが)


 実は密かにレオは、このランクSSSゲートで、虚空の記録にアクセスする鍵となる『賢者の石』が手に入るのではないかと期待している。

 すでに世界から失われているのならば、ここの宝箱で再生成している可能性があるのだ。


 ただ、問題なのは虚空の記録にアクセスした人間は、あまりの情報量に自我との境目が崩壊し、総じて精神に異常をきたすと言われていることだった。


(だがジードも虚空の記録を狙っているようだし、魔界図書館ほど整然としていなくても利用するやり方があるはずだ。あの男が自我を犠牲にしてまで記録を手に入れるとは思えないからな)


 とは言えその方法も、結局あの男から聞き出すしかなければ本末転倒なのだけれど。


 そんなことを考えながら歩いていると、間もなく電撃虎の死骸の場所にたどり着いた。

 当然魂なんて見えないけれど、金剛猿の時も意図せず檻が燃えだしたことを考えると、おそらく近くに居れば勝手に引き寄せられてくるのだろう。

 レオは電撃虎の近くに立ち止まり、煉獄の檻を掲げてしばし待った。


 すると、ポッと檻の中に光が灯ったと思った途端に、たちまち浄化の炎が立ち上る。思った通り、電撃虎の魂が自ら入ったのだ。

 再びレオの肘から先がごうごうと燃える炎に包まれたが、さすがにもう慌てることはない。後は消えるまで待つだけだ。

 やはり熱くはない炎を一瞥して、レオは物見櫓を目指して歩き出した。どうせこの距離を歩いているうちに、炎は収束するだろう。


 檻からは結構な炎が立ち上っているが、どうやら木々に燃え移ることもないようだ。

 藪の中を突っ切っても、特に問題はなかった。燃えるのはあくまで、輪廻に係わる魂を持つものだけらしい。

 ならば別に気を遣う必要もないかと、レオは燃える檻を雑にぶら下げながら森を進んだ。


 そこで、ふと気付く。

 さっきから結構無造作に扱っている煉獄の檻から、あの小さな塊が転がる音が聞こえなくなっていることに。


(もしかして浄化の炎の熱で溶けたのか……? あるいは、燃えて灰になった……?)


 檻を傾けてみても音も燃えかすもなく、炎ばかりが煌々と視界を埋める。

 別に気にするほどのことでもないのだが、その正体が分からなかったことが少しだけ引っ掛かった。


 しかしまあどちらにしろ、この炎が消えないことには確認も何もできないのだ。

 レオはすぐに思考を切り替えて再び歩き出す。


 無言のまましばらく歩けば、やがて炎は弱くなってきた。

 物見櫓ももうすぐだ。

 そこに至る上り坂を、足下を気にしながら進む。まるで普通の丘だが、この真下に隠密ギルドの建物が埋まっているはずだ。そこに居るだろう最後の敵の魂も、この煉獄の檻に捕らえねばなるまい。


 決意と共にその丘を登り切ったところで、ちょうど炎が消えた。

 途端にまたカランと小さな音がする。レオはそれに気付き、檻を目線の高さまで持ち上げて見た。


(……また塊ができてる。……ん? さっきより、一回り大きくなったか……?)


 檻の中には、さっき消えたはずの黒い塊が転がっている。今度は四ミリ程度の大きさだ。

 これは新たにできたものか、それとも最初の塊に二つ目の魂を燃やしてできた生成物が合わさったのか。


 もちろん自分ではそんなことは判別できなくて、今は考えても仕方がないと、レオは役目を終えた檻をポーチの中に突っ込んだ。


「レオさん、こっちこっち!」


 ほぼ同時に、ネイに声を掛けられる。

 先に着いていた男は物見櫓の上ではなく、入り口のところから顔を出していた。しきりにこちらを手招いている。

 どうやらすでに隠密ギルドに入る準備ができているらしい。櫓の中からは、奇妙な機械音がしていた。


「隠密ギルドにご招待しますんで、早く櫓の中に!」

「何だ……? 櫓の中に隠し扉があるだけじゃないのか?」

「いえいえ。実はこの物見櫓、リフトで昇降するようになってるんですよ。こんなところに櫓がぽつんとあったら、怪しさ爆発でしょ? だから監視をする時と人が出入りする時以外は、ギルドの中に収納できるようになっているんです」

「櫓ごと建物内に収納って……よくやったな……」


 確かに、こんな何もない丘の上に、どこの所属とも分からない物見櫓が建っていれば怪しまれるだろう。

 しかしだからと言って必要に応じて丸ごと出し入れするとは、その機関を作るだけでも相当な金が掛かったに違いない。


「まあこれを作ったのは暗殺ギルドで、隠密ギルドはその機関をいただいただけですけどね」


 レオが櫓の中に入ると、ネイは入り口の扉を閉めて、上に向かうらせん階段の裏側に回った。そこにはいくつもの歯車と稼働ベルト、チェーンなどがあって、全てが連動して動くようになっているらしい。

 ネイがその動力の元らしき術式パネルに手を当てると、がくんと櫓全体が動いて揺れた。


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