兄、世界に対する檻の重要性を考察する
アイテムは持っているだけでは意味がない。これを最善の形で使うためには、どれだけの影響力を持つアイテムなのか、先にある程度あたりを付けておく必要があるだろう。
そうレオが言うと、隣を歩くネイがふむと何かを考えるように中空を見上げた。
「煉獄の檻ってつまり、この世界の理の下で生まれたのとは違う規格外の魂を、この世界に適合させる目的のアイテムですよね」
「そういうことだ」
「ってことは、対象はだいぶ絞られますね。そこに閉じ込められる魂は、このランクSSSゲートや魔尖塔のような場所にいる魔物……いわゆる世界の外からの力で作られた魂ってことでしょ」
「それだけとも限らん。魔研が研究していたキメラや半魔のような、理に背いた形で造られた者も入るかもしれん」
魔研の実験で合成された魔物たちは、皆一様に魂を破壊されている。その魂もおそらく輪廻に戻れない状態だ。
「あー、そうなると、対象はぐっと増えますね。それに、印象も変わるなあ。……てっきり外界からの敵の魂を焼いて脅威を削ぐ殺伐としたアイテムかと思ったけど、もしかしてこれって、魂の救済アイテムなんですかね」
「魂の救済……確かにな。汚されたり壊されたりした魂を燃やすことで修復して輪廻に返すのだから、そちらが本来の使い方なのかもしれない」
「でもそうなると、世界を救う重要アイテムの用途としてはちょっと弱い気がしちゃいますけどね」
そう言いながら首を捻ったネイが、小さく唸った。
「……もしかして、ですけど。復讐霊の魂を閉じ込めれば、浄化の炎でその怨念を焼き払えるとか? だったらすごいアイテムですよね」
「それはないだろう。アレは大精霊や魔王と同じ、元は創造主。魂の概念から外れた存在だ。そんなに簡単にあいつらが焼かれて輪廻に乗ってしまうなら、創造主なんて何回代替わりするか分からんだろ」
「うーん、それもそうか。でも、それなら大した脅威でもない救済アイテムの『煉獄の檻』が、なぜ過去に失われる事態になったんでしょう?」
レオの否定を受けて、ネイはさらに思考を広げる。
隠密の職業柄、常に多面的にものを考える癖のあるこの男は、こうして壁に当たってもすぐに別方向に展開していくのだ。
口も頭も回る分、余計な言葉も多くてムカつくが、こういう時の引き出しの多さは認めよう。それがフックになって、レオの思考も回転が上がるのだから。
「大精霊や人間が、世界から檻をなくす意味はないですよね?」
「そうだな。輪廻に還るということは世界の理に乗ることだから、大精霊にとっては優良なアイテムだ。消す理由がない。人間にとっては逆に、使い道のない無用なアイテムゆえに、こちらもわざわざ消す意味がない」
「そう考えると、やはりこの檻を世界から消したのは復讐霊か、それに従う者だと思うんですけど。だとすれば、この『煉獄の檻』には何か奴らの企みを阻む力があるってことですよね」
「……復讐霊の企みを阻む力か……」
少し勢いは衰えつつも、未だ赤々と燃える檻を見る。
ヴァルドはこれが魂を浄化するアイテムだとしか言わなかったが、他にも用途があるのだろうか。それとも、一見それほど重要にも感じないこの仕様が、奴らにとって何か目障りだったのか。
……輪廻から外れた魂を修復されると、復讐霊にとって困ることがある?
「……そういえば、そもそも輪廻の規格から外れた魂は、これまでどこに行っていたのだろうな。輪廻に戻れないのでは、その辺りに浮遊しているしかない気がするが」
「あ、そうですね。実際、金剛猿の魂も倒された後ずっとここで浮遊していたようですし……。勝手に消えるってことはないのかな」
「死んだ後に放っておけば消えるものなら、わざわざ修復してまで輪廻に戻す必要はあるまい。……ん? ということは、もしかして復讐霊は、輪廻を巡る魂の数を減らしたままにしておきたかったのか……?」
そう考えたところで、レオははたと以前のことを思い出した。
魔研が降魔術式を使って生け贄の魂を食いつぶし、さらにはキメラや半魔の生体実験を繰り返し、数多の魂を破壊していた頃のことだ。
当時は、ユウトの魔力が存在しないと魔尖塔が現れてしまうほどに世界の力が減退していた。
もちろんあれは大精霊が祠に封じ込められていたせいもある。が、輪廻に乗る魂が大幅に減ったことで、世界の力が激減していたのだとしたら?
この『煉獄の檻』によって修復され、輪廻に乗る魂が増えることは、復讐霊の野望を阻み、世界の力を強化することに繋がるのかもしれない。
「……とりあえずこのまま、さっき倒した電撃虎のところにも行くぞ。まだ魂が浮遊しているかもしれん」
「え? わざわざですか?」
「もしかするとだが、輪廻を巡る魂が増えること自体が復讐霊への対抗策になる可能性があるんだ。このゲートに居る魂がかなり強力なのは間違いないし、多少手間だが試しにやっておく価値はある」
残念ながら、世界の創世や仕様については、レオもネイも門外漢だ。おかげで今は推論で動くしかないが、まあこの程度なら構わないだろう。
内容の確認は、後でクリスやヴァルドに取れば良い。
そう思考を完結させて、レオはようやくたどり着いたトンネルの出口から外に出た。
ここに来て、檻を包んでいた浄化の炎もやっと下火になってくる。
これならあと少し待てば、電撃虎の魂も取り込むことができるだろう。レオはまっすぐに一つ前の敵のいたエリアに向かおうとした。
しかしネイがそこで立ち止まり、指で違う方向を差し示す。
「レオさん、俺はここで別れてもう一個の宝箱の方を開けてきます。どうせ赤い宝箱だから俺が開けるんだろうし、そっちには俺が行っても意味ないし」
「ああ、それもそうだな。いちいち貴様と一緒に行く必要がない」
「用事が済んだら、また丘の上の物見櫓で落ち合いましょう。隠密ギルドへの入り口はあの下にあるので」
「分かった」
ここからは別行動だ。
まあ地上にはもう敵がいないし、宝箱は元々ネイに開けさせるつもりだったし、問題ない。罠のない宝箱をいつまでも慎重に調べている男を待つのも面倒だと思っていたところだ。
あっさりと別れると、レオは一人で電撃虎の死骸がある場所に向かった。




