兄、ネイの猿モグラ退治法を知る
モグラたたきは、想像以上に早く終わりそうだ。
レオは地下で魔物が駆け回る地響きを聞きながら、出番のなさそうな剣を鞘に収めた。
ついさっき二人が土竜穴に近付いたところで、様子を見に顔を出した金剛猿にまずはレオが一撃食らわせたのだが。
すぐに地中に逃げた猿を追ってネイが穴に飛び込むと、それからはほとんど仕事がなかった。
あの男が金剛猿にダメージを与えるような攻撃をしないから、敵が穴から逃げ出してこないのだ。
猿を追って穴に飛び込んだと言っても、侵入者であるネイはその後ずっと敵に追われている。おそらくあの男は全てを一撃で決めるつもりで、そのタイミングを計っているのだろう。
(勝負の肝になるのは、筋肉増強剤で肥大させる部位と、仕掛けるのに都合の良い場所か。そのまま薬を飲ませれば肥大するのは腕だろうが、それだとトンネル内では弱点を突く邪魔にしかならない)
魔物自身が通れる高さと幅でしか掘られていないトンネルは、レオたちならどうにか立って移動できるが、当然巨大な敵は四つん這いになって進む。その際、爪で地面を掻くことで推進力を得るため、さらにはネイに攻撃をするため、常に動いているのは腕だ。
そして金剛猿の腕は常に顔より前にある。その状況で腕だけ肥大しても、腕の筋肉がトンネルをふさいで、弱点に攻撃を入れることはできない。
もちろんそれはネイも分かっているはずで、だからこそここぞという場所を探して走り回っているのかもしれなかった。
(もしくは、あちこちで何か細工をして回っているか……)
ネイは、ポーチの中にレオの知らないアイテムをいくつも隠し持っている。腕力が心許ない分、技術と知識と道具と、使えるものなら何でもフルに活用する男だ。
さて、どうするつもりなのか。
何にせよ、あの男の中ではすでに展開が見えているようだし、レオの出る幕はほとんどないだろう。
そのまましばらく様子を窺っていると、やがて少し離れたところの地面がドン、と爆発的に盛り上がった。
おそらくネイが筋肉増強剤を使って、金剛猿の筋肉肥大によりトンネルが圧迫されたのだ。それでもトンネルが壊れないのは、要塞土竜の能力による堅牢な作りのおかげだろうか。
……まあ、その堅牢さのせいで魔物としては、膨張する筋肉による圧力の逃げ場がなくなるのだけれど。
同時にグギュウと潰れたような悲鳴が聞こえて、ネイが仕事を終えたことが分かった。
(急所を一撃か……。このランクの魔物をよくやりおおせたな)
魔法を使わない金剛猿ならレオも一人で倒せると思うが、それでも一撃は無理だ。ランクが上がればその分急所を突くのは難しくなるし、たとえ突けても当たり判定はシビアで、クリティカルを出すのは至難の業なのだ。結局時間を掛けてダメージを蓄積させる戦法になる。
しかしこの男は、レオにもできないことができるのだ。
その人となりは置いておいて、ネイの能力は賞賛するに値した。
(この技術と知識がありながら、なんでこの男は隠密ギルドを守れず、あまつさえ死神に成り下がったんだ……?)
ここまで来ると、やはり多少は気になってくる。
まあ自分から突っ込んで訊こうとは思わないけれど、この後のフロア探索で何かきっかけや原因のようなものも分かるかもしれない。
少しこの男に付き合って、ルーツのようなものを確認するのもいいだろう。
土竜穴の中が静かになってしばらくそんなことを考えていると、ようやく暗がりの中からネイが顔を出した。
「レオさん、素材取っていきます? 要塞土竜の爪とか金剛猿の毛皮とか、いい武器防具素材になりますよ」
「猛毒汚染は?」
「表皮や爪には影響ないです。肉はもう、猛毒罠としてしか使えませんけど」
「一応素材も肉も取っていく。猛毒餌の罠はこの後の戦闘で役に立つこともあるかもしれん」
「ドロップ品はやっぱり超筋肉増強剤でしたけど」
「売る。よこせ」
超筋肉増強剤は、半日ほど超ゴリマッチョになる薬だ。こんなものはユウトに存在を知られる前に隠滅するに限る。
レオはネイからそれを受け取ると、すぐさまロバートのところで売り払うために転移ポーチで送ってしまった。これで一安心だ。
「あ、眼鏡も返しておきますね。視界が明瞭ですごく助かりました」
「あの変態ども、アイテムクリエイトの腕だけは確かだからな」
ここからは魔石燃料のカンテラを使っても問題ない。
ネイが案内するためにそれを持って穴に入るのを、レオも追う。
ゆらゆらとした明かりに照らされる周囲を見回すと、トンネルの壁面は要塞というにふさわしい、岩盤を切り出してきれいに組み上げた堅牢な造りだった。
「だいぶしっかりとした造りだな。これだと地上からの攻撃はほとんど響かなそうだ」
「これ、通常の要塞土竜のものよりかなり緻密に作られてるんです。おそらく金剛猿の知能が高いせいでしょうけど。地面も、爪を引っ掛けて推進力を得やすいようにわざと凹凸をつけてるんですよ」
「なるほど。その凸凹は俺たちにとっては足を取られやすく、逆に走る速度が出なくなるわけか。考えているな。……ん?」
ネイの説明を聞きながら歩いていると、その前方の地面の凹凸の、爪を引っ掛ける部分に何か白いものが見えた。丸くて餅のように柔らかそうだ。よく見ると一つだけではない、こぶし大のものがあちこちにぽつぽつと。
「……何だ、あれは?」
問うたレオに、ああ、と頷いたネイが一つずつ拾い始めた。そしてその一個をレオに手渡す。
受け取ったその感触は、まさにつきたての柔らかい餅だった。
「これは……もしかして、トリモチか?」
「はい、正解です。実は昨晩の荷物整理の時に、ユウトくんがくれたんですよね。何かの役に立つかもって」
このトリモチには覚えがあった。というか、レオのポーチの中にも未だに同じこぶし大のものが一つ入っている。
ずいぶん前だが、ランクAゲートのG・G(ジャイアント・ゴ○ブリ)を倒した時にボス宝箱から得た戦利品だ。結構な量があったが、その大半はユウトが持っていた。
トリモチは、こうして丸めて手の上に乗せている分にはもちもちしているだけで、べたべたも何もしない。
これを棒や鉤の先にくっつけると、途端にこの小さな塊だけでも百㎏以上のものを引っ付ける、非常に大きな粘性を発揮するのだ。
その特性を思い出して、レオはそれがここに散らばっていることに合点が行った。
「もしかして、貴様がやたらと走り回っていたのは、このトリモチを溝の部分に転がして、金剛猿の爪にまとわりつかせるためか!」
そう、土を掻き攻撃も兼ねる金剛猿の爪は『鉤爪』だ。そこにトリモチがくっつけば、その本領を発揮する。
爪同士がくっつき、さらには地面にもくっつき、それを引きはがすにも多大な力が必要になり。
やがて前に進む力に、爪を地面から引きはがす力が負けた時、前足を地面に残したまま、勢いで身体だけが前傾する……つまり、頭が前にくるわけだ。
その瞬間に筋肉増強剤を口に放り込めば、腕がトンネルいっぱいに膨張して、魔物の動きが封じられる。そうなれば、もう勝負は決まりだ。
ネイは難なく急所を突いて、金剛猿を倒したのだ。
「このトリモチ、汎用性があっていいですね。俺やユウトくんは非力な分、こういう応用の利くアイテムはありがたいです」
「そんな良い物を貴様ごときにくれてやる、ユウトの優しさに感謝しやがれ、クソが。俺より多くもらいやがって」
「ひゃ~、こんなことで嫉妬? レオさん狭量~」
「死ね」
こうして状況や持ち物を駆使して事を成す、その能力は認めよう。
だがやっぱりいらいらするのは仕方がない。レオはネイを思い切り蹴り飛ばした。




