兄、ネイと作戦を立てる
「二手に分かれる?」
「地上と地中で役割分担するんです。二人で同時に地中に入っても地上に逃げられたら追いかけるのが大変ですし、二人で地上にいても地下で籠城されたら長期戦になってしまいますから」
「ああ、確かにな……。とりあえず二手に分かれた場合、基本的に戦うのは地下担当か。地上に出られると立体的に動かれて面倒だが、地下なら平面的で制限された移動になるからな。幾分動きも読みやすい。地上に出ようとしたら上から叩いてやれば、地下に留めることもできる」
そこまで作戦を立てて、レオは一度足を止めた。
ここから先は敵のテリトリーだ。安易に入ると戦闘が始まってしまう。その前に、状況の把握が必要だ。
周囲を見回した二人は、地表に盛り上がった土竜穴の数や配置を確認した。
「……穴は六個か。ひとつひとつの距離が結構離れているな……。でけぇモグラたたきだが、まあ、俺が何とかするか」
「あ、すでにレオさんが地上担当って決まってる?」
「貴様の力じゃ金剛猿を上から叩いても、地中に留められねえだろうが。それに暗くて狭いところに入るのが元々貴様の専売特許じゃねえか」
「何その偏見。確かに暗いのも狭いのも多少は得意ですけども。……まあ仕方ない、俺が地中で金剛猿と追いかけっこしましょうかねえ」
狭い地中のトンネルの中では、レオは長剣を振ることもままならない。その点でも、短刀が得物であるネイの方が適任なのだ。
もちろんそんなことはこの男も最初から分かっていたはずで、そのくせいちいち絡んでくるのが超うざい。
いらいらするから後で蹴飛ばしてやろう。
「地中で戦うことを考えると、要塞土竜としての要素を念頭に置いた方がいいですかね?」
「いやどちらかに偏るより、それぞれの要素を加味しておいた方がいいだろう。ただ、要塞土竜の弱点である光は効かないと思え。さっきまで外に出ていたということは、光に耐性があるってことだ」
「げげ、そういやそうか。土竜退治は照明弾で目をくらませるのが常套手段だったのになあ」
「通路に爆弾どかどか置いていって、おびき寄せて爆破したらどうだ」
「万が一袋小路に入って自分も巻き込まれたらどうすんですか」
「……すげえ面白い」
「ひど!」
以前日本でそんなゲームを見たことがあるなあなどと思いつつ、レオは討伐手段を考える。
地上に顔を出した時にレオがいくらか打撃によるダメージを与えることは可能だが、金剛猿はその名の通り、身体が『金剛石』のように固い。どうしても一撃で致命傷を与えるまではいかないのだ。
さらに豪腕。ムッキムキの筋肉で要塞土竜特有の土を掻く巨大で鋭い爪を持っているとなると、正面から対峙するのもまた難儀だった。
「こっちが追いかけるのも面倒だけど、あっちから向かってこられるのも困るんですよね~。あいつら自分の身体が通る分の通路幅しか掘らないから、かわして後ろに回り込むとかできないし、逃げ切れなかった場合轢かれるし」
「向かってこられたら、ひたすら走って逃げるしかねえだろ。途中で地上に出る穴を見付けたら出てくりゃ、俺が脳天から一撃食らわせてやる」
「間違って俺に一撃食らわせないで下さいね?」
「特に間違いではない」
「ユウトくんに言いつけますよ」
「くっ、卑怯な……!」
ユウトの名前を出されては下手なことはできない。特にレオが仲間をないがしろにしたと知った時の弟からは、兄の魂が抜けるほど辛辣な叱責が飛んでくるのだ。怒った顔も可愛いとか言っていられない。
「じゃあ穴から出てくんな、面倒臭え」
「言っときますけど、その態度だってユウトくんに告げ口したら叱られますからね。……まあそもそもの話、真っ暗な地中で追われたら右も左も分かりませんし、地表に出るのも一苦労だと思いますけど」
言われてみれば、土竜のトンネルの中に燭台やカンテラなんてあるわけもない。夜目に慣れたネイでも、その中を明かりなしに全速力で逃げるのは無理があるだろう。
かと言ってたいまつなんて持ち込もうものなら自分の居場所をわざわざ知らせるようなものだし、片手も塞がるし良いことなしだ。
そう考えて、レオは仕方なしに自分のポーチを漁った。
こういう時に妙にアテになるのが、もえすで作ったアイテムだ。以前ミワが萌えがどうこうと勝手に作ったものだが、その性能は折り紙付き。レオは探り当てたアイテムを、ネイの前に出して見せた。
「これを着けて穴に入れ。実際、貴様に何かあるとユウトに叱られるのは俺だからな」
「……これって、眼鏡ですか?」
「ミワが俺のスーツに合わせて作った暗視眼鏡だ。暗い場所でも周囲がはっきり見える」
「へえ! すごいじゃないですか! これがあればだいぶ楽です、お借りします!」
ネイはレオから眼鏡を受け取ると、さっそく装備する。
……うん、以前も見たことがあったけれど、こいつが眼鏡を掛けると胡散臭さが倍増だ。詐欺師っぽい。やはり内面がにじみ出るのだろうか。反論が面倒だから口には出さないが。
レオは黙ったまま、もうひとつアイテムを取り出した。
「……それから、ついでにこれもやる。ここぞという時に使え」
「あれ、この薬瓶……。トレント戦でユウトくんが使った、筋肉増強剤と同じ……?」
「そうだ。使いどころは任せる」
十秒間だけ筋肉の一部を肥大させる増強剤。
それを狭い通路で、筋肉ダルマの金剛猿に飲ませたらどうなるか。
その意味に気付いたネイは、にやと笑って薬瓶を受け取った。
「ありがとうございます。金剛猿の弱点は正面からしか突けないからどうしようかと思ってたんですけど、このアイテム二つがあれば勝ったも同然です」
「下手打つんじゃねえぞ」
「お任せ下さい」
ネイは軽く請け合うと筋肉増強剤をポーチにしまい、同時に新たな得物を取り出した。今装備しているものよりも、少し刀身の長いタイプの短刀だ。
深い紫の魔力をまとっているところを見ると、おそらく猛毒の状態異常を誘発するものだろう。
金剛猿は全身固くてなかなか攻撃を受け付けないが、顎の下から首にかけて、骨のない部分にだけ刺突攻撃が入る余地がある。つまりそこが弱点だ。
さらにその固い体表は状態異常を弾くけれど、体内に入ってしまえば耐性はない。上手く攻撃を入れることができれば、弱点突きと猛毒ダメージで確実に倒せるというわけだ。
と言っても、これは理論上の話で簡単に成せることではない。
普通に考えれば迫り来る爪と牙をかいくぐり、筋肉増強剤を金剛猿に飲ませることだけでも一苦労だ。
それでもネイにはまるで気負った様子はなく、いつもの調子で微笑んだ。
「じゃあ始めましょ、レオさん。きっとすぐに終わります」




