兄、リガードの加護が消えたことに焦る
「おっ、一つ目の宝箱がありましたよ、レオさん!」
二匹目の敵に向かう途中の丘の上で、二人は赤い宝箱を見付けた。幸運が物を言う、アイテムクリエイトの方だ。
もちろんこれを開けるならネイの方だが。
「開けるのは待て。他にも敵がいた場合、合体されたら厄介だ」
「ああ、そうですね、敵がいるのが地表だけとは限りませんし」
「……それに、これはまだ俺の当て推量だが、このフロアには青い宝箱もあるのではないかと思っている」
「それはつまり、ここは固定アイテムがある、当たりのフロアってことですか?」
「そうだ。……いや、もしかすると、このゲートにはハズレのフロアは存在しないのかもしれん」
青地に銀の金具の宝箱は中身固定で、次の世界に継承するために生成された、この世界の重要アイテムが入っている。レオたちが見付けたい、いわゆる『当たりの宝箱』だ。
仲間があちこちのフロアに飛ばされるとなると、それらのアイテムがない場所もあるのではないかと思っていたが。
「さっきの『エミナ』のフロア、そしてこの『隠密ギルド』のフロア……。続けて自分たちに所縁のある場所に出るのは不自然な気がするんだ。もちろん二階層だけでは、偶然もあるかもしれんが」
「確かに……。あ、もしかしてこのフロア自体もアイテムクリエイトのように、俺たちに合わせて生成されてるとか?」
「その可能性もあるのではないかと思っている。まあ、不完全なこのゲートだからこその仕様なのかは分からないがな」
そして、このゲートには罠のような意図は働かない。つまり、魔物以外にレオたちを脅かすものはない。そう考えると、わざとハズレのフロアを生成するような悪意は、存在しないのではないかと思われた。
この推論が当たっていれば、このフロアにはきっと、青の宝箱があるはず。
レオは赤い宝箱をそのままに、再び歩き出した。
「そういや、ユウトくんたちのところはどんな場所なんですか?」
「どこかの坑道らしいと言っていた。ユウトは初見のようだったな」
「ってことは、エルドワかキイクウと所縁のある場所かな? 半魔チームはバランス良いし、サクサク進めてそうですね」
「……だと良いんだが。まあ一応ヴァルドを呼べと言ってあるから、多少はマシだろう」
「あ、まとめ役の博学の年長者がいるなら完璧じゃないですか。……となると、心配なのは」
「クリスだな」
当然だが、この組み合わせであの男だけが単独だ。
まあ、レオたちの仲間になる前はずっとソロだったのだし、慣れてはいるだろうが。
「おそらく無茶するでしょうね~」
「だろうな。何せ止める奴がいない。自分の不幸まで利用するような男で、さらに究極的にはほぼ死なないという幸運持ちだからな。好き勝手やってるだろう」
「あの人の所縁の場所っていうと、またエミナのフロアかな? 大量の研究書類をポーチに入れて持ってきそうですね」
「その可能性は高いな。カードキーをあいつに渡しておいたのは正解だった……あ?」
「あ~、これは……」
言葉の途中で、不意に二人の身体を覆っていた『リガードの加護』がパリンと破砕した。
それに一瞬立ち止まり、レオはネイと顔を見合わせる。
どうやら他のチームの誰かが物理攻撃を食らったようだ。
「……まさか、ユウトたちじゃあるまいな」
「俺はクリスだと思いますけどね」
「確認するまでは分からないだろう! 連絡を取りたいが……今戦闘中だったら邪魔になるかもしれん……!」
リガードの加護が崩れたということは仲間の誰かが護られたということだが、もしも弟が強敵と対峙しているとしたら大変だ。『招集』が使えない今、ユウトの元に駆け付けることはできないけれど、それでも確認して現状を知りたい。
けれど自分のせいで弟に隙ができて攻撃を食らったりしたら……。
まあ、ユウトはいつでも隙だらけなのは置いておいて、それでも躊躇っていると、胸ポケットから着信音が鳴った。
もちろんユウトからだ。どうやら弟は兄の無事の確認を優先したらしい。
レオは素早くそれを取り出すと、通話ボタンを押した。
「もしもし、ユウト、無事か!?」
『あ、レオ兄さん、今大丈夫? リガードさんの加護が消えたけど、レオ兄さんの方は平気だった?』
「ああ、俺の方は何の問題もない」
『そう、良かった。僕たちの方もなんともないよ。……ってことは、攻撃を受けたのはネイさんかクリスさん……?』
「狐はここにいる。リガードの加護を使ったのはクリスだ」
これでもう確定だ。レオは安堵した。
あの男ならきっと攻撃を『食らった』のではなく、『食らいに行った』のだ。不運のリソースまで計算尽くで攻撃に行く男、肉を切らせて骨を断つではないが、加護によるダメージカットを利用して攻撃をかいくぐり、敵を倒しているのだろう。
『クリスさん、一人なんだ。大丈夫かな』
「平気だろう。あいつはソロ戦闘に慣れてるし、無茶はするが無理はしないし、引き際も知ってる。それに大強運も持ってるからな。見てるとハラハラするが、離れて置いておく分には心配いらん」
『もちろん、クリスさんが強いのは分かってるけど。でも、やっぱり心配だなあ……』
「まあ、日付が変わったら『招集』の魔石も充填できる。あまりに心配だったら引っ張りゃいいだろ」
『……うん、そうだね』
仲間思いの弟はクリスを心配しているが、レオとしてはユウトの状況の方が気になる。
どうやら今は安全なところにいる様子だし、多少の確認はしたかった。
「ところでユウト、ヴァルドは?」
『呼んだよ。キイさんとクウさんとも合流した。敵も二体倒したよ』
「そうか、順調なんだな」
『うん。敵に不死者とか吸血鬼の属性があるみたいで、ヴァルドさんとエルドワが特攻持ってるから比較的楽かな。僕の魔法も効くし』
「不死者と吸血鬼……」
ということは、ユウトの行ったフロアはヴァルド所縁の場所なのだろうか。しかし、ヴァルドはフロアが生成された後に召喚されたはずだ。……まさかこのゲートは、彼の来訪を予知していた? それとも、ヴァルドは関係なく、他の誰かの所縁の地なのか。
まあ、今すぐ確認が必要なことではない。
エミナのように、本人たちが知らない所縁の場所の可能性もある。詳しい話は合流してからでいいだろう。
『あ、次の敵が近くにいるみたい。レオ兄さん、もう切るね』
「そうか。怪我しないように気を付けろよ」
『うん。兄さんもね』
こちらも、そろそろ次の敵と遭遇する頃合いだ。隣のネイが周囲に神経を張り巡らせているのが分かる。
名残惜しく思いながら通信を切ったレオに目配せをした男は、少し先の盛り上がった地面を指差した。
「どうやら、敵は土の中みたいです」
「土の中? 見晴台から見た時は、金剛猿っぽかったが……」
「そこかしこにぽこぽこ穴が空いてるでしょ。多分、要塞土竜系の能力が入った亜種なんだと思います」
「……木の上から土の中まで移動できるってことか。面倒臭えな……」
金剛猿は魔獣の中でも知能が高い上、ムッキムキの筋肉を持つ攻撃特化の豪腕の持ち主だ。加えて要塞土竜は土の中に堅牢なトンネルや部屋を作り、その中で籠城しつつあちこちの穴から出て攻撃してくる、防衛戦特化の敵。
つまりここに居るのはそれが合わさった、攻守を兼ね備えた魔物だということだ。
「……まあ、ユウトがいなくて助かったわ。金剛猿はゴリマッチョになるスペシャルな筋肉増強剤落としやがるからな」
「あ~、ユウトくん未だに筋肉にあこがれてますもんね~」
「とりあえず作戦決めて、とっとと倒すぞ」
「はいはい」
敵の能力に見当がつけば、対応はいくらか容易になる。能力が合わさることで複合的な攻撃をしてくることもあるだろうが、魔法を使わない分レオたちには戦いやすい相手。
ユウトと合流するためにも、さっさと倒したい。
そう考えていると、ネイが即座に作戦を提案してきた。
「ではレオさん、二手に分かれることにしましょう」




