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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、櫓を目指す

 レオが階段を降りると、そこは森林のフロアのようだった。

 周囲は木に囲まれていて、全景が分からない。ぱっと分かるのは、近くには仲間も敵もいないことくらいだ。

 レオは辺りを見回した後、まずポケットから招集の魔石の欠片を取り出した。


(薄い赤色が付いている……)


 ユウトの付けてくれたマーカーが反応しているのだ。

 しかしピンク色は差していないから、弟はいない。覚悟はしていたもののレオはその事実に大きく舌打ちをして、それでもすぐに切り替える。

 まあ最低一人、同じフロアに来ているのは間違いないのだ。ならばまずは合流するのが先決だろう。


 レオは魔石を再びポケットにしまうと、近くにある大木に枝を伝ってひょいひょいと登った。こういう時、罠がないと分かっていて動きやすいのはありがたい。

 周囲を見渡せるくらいの高さまで上がり、レオは仲間と示し合わせた一番高い場所を探す。

 すると前方に、小高い山があるのが分かった。その天辺に石で作られたような物見櫓が見える。ひとまずはあそこを目指せば仲間と合流できそうだ。


 ……けれどその前に。

 行き先が決まったところで、レオは胸ポケットから通信機を取り出す。何事も、ユウトの無事を確認しないと始まらないからだ。

 もちろんあの弟が初っぱなから敵に襲われるような不運に見舞われているとは思わないけれど、過保護な兄はその声を聞かないと安心できない。

 レオは木の上の枝に身体を預け、その場で発信ボタンを押した。


 少々急いた気持ちで耳を通信機に押しつければ、呼び出しのコール音が鳴る。しかしそれは一度だけで、すぐに弟が応答してくれた。


『……もしもし。レオ兄さん?』

「ユウト、無事か?」


 ユウトの声は特に緊迫感もなく、通常通り可愛いだけだ。それでも無事を訊ねると、弟は「うん」と答えて、今の状況を伝えてきた。


『何かね、洞窟みたいなところにいる。あ、カンテラが下がってたりかがり火が置いてあったりするから、坑道なのかな』

「地中か。俺がいるところとはだいぶ違うな。狭くて危険そうか?」

『エルドワは「敵にちょこまか逃げられないからやりやすい」って言ってる。さっきのトレントより問題なさそうだよ』


 ユウトと一緒に行ったエルドワは人化しているようだ。二人しかいない現状では、的確な意思疎通が必要だと分かっているのだろう。


「お前たちだけか? 他に誰か、同じフロアには?」

『ん、探知掛けたらキイさんとクウさんがいるみたい。これから合流するつもり』

「キイとクウか。なら戦力的にはそれほど問題ないか……」


 どうやらユウトのところには半魔が集まったらしい。物理も魔法もいける分、とりあえずはバランスの良い組み合わせだ。

 ただ、敵を倒す戦略を立てて仲間を指揮するには、ユウトでは少々荷が重いと思われた。エルドワや竜人たちも判断力は優れているが、完全な服従タイプでコマンダーには向いてない。それだけが少々気に掛かった。


 戦略を立てるには知識はもちろんのこと、それなりに狡猾な思考、ある意味での性格の悪さが必要だ。ユウトたちにはそれがない。

 しかし向いてないからと言って無計画に突っ込むのは、敵が強ければ強いほど命取り。

 レオはならばと口を開いた。


「ユウト、念のためヴァルドを呼び出せ」

『えっ、ヴァルドさんを?』

「お前たちの能力を軽く見ているわけじゃないが、四人とも高ランク魔物攻略戦の経験値が足りてない。その辺りをあいつにフォローさせろ」


 魔族は元々戦略家に向く上に、魔界での爵位が高いこともあってがっつり教育もされているはずだ。祖父や父、さらにはルガルにも可愛がられていたようだから、ヴァルドは余程優秀だったのだろう。

 その後、父亡き後の叔父たちに命を狙われていた期間に、だいぶ高ランク魔物との戦闘もこなしていたはず。

 ユウトのフォローをさせるには打って付けなのだ。


「あいつは知識も豊富だし、魔界の文献も多く読んでいる。お前たちだけでは気付かないことにも、答えをくれるかもしれん」

『……確かに、ヴァルドさんは博識だからいてくれると心強いかも。分かった、ヴァルドさんを呼んでみるね』

「ああ、そうしろ」


 素直に請け合う弟にほっとして、一方で、呼び出し一つで弟の側に行けるヴァルドに嫉妬する。

 己も半魔であったなら、契約を結び、すぐにでもユウトを護りに行けるのに。もちろん、考えても詮無いことではあるけれど。


「……ユウト、俺のいないところで怪我なんてするんじゃないぞ」

『レオ兄さんこそ、無茶しないようにね』

「分かっている」

『じゃあ、そろそろ切るよ』

「……ああ」


 本当は切りたくないが、こればかりは仕方がない。不本意な気持ちをたっぷり乗せて返事をすると、通信機の向こうでユウトがくすくすと面白そうに笑った。


『ふふ、直接声が聞けないと寂しいから、レオ兄さんに早く会えるように僕頑張るね』


 そんな可愛い一言を残してぷつりと通信が切れる。

 ああもう、クッソ可愛い……! そんなことを言われたら、兄だってやる気になってしまうではないか。

 だがこんなところで弟可愛いを雄叫ぶわけにもいかず、レオはひとしきり悶えた後に通信機を胸ポケットにしまうと、さっそく木から飛び降りた。とっととこのフロアを攻略してユウトに会うために。


(とにかくまずは、山の上の櫓を目指そう)


 敵の気配を探りながら、レオは走り出す。宝箱は見付けても一旦保留だ。下手に開けるとまたフロアの敵を強くさせかねない。

 開けるなら全ての敵を倒してからだ。


(まあどうせこのフロアにいるもう一人はあいつだろうし、俺が開ける必要はない)


 ユウトのところにキイとクウが行っているなら、もう見当は付いてしまう。おそらく櫓で会うことになるのはネイだ。

 なぜそう思うかと言えば、クリスが仲間と共闘できる幸運に恵まれるなんてあるわけがない、それに尽きる。


 レオは宝箱を開けるのは全部ネイに任せると決めて、まっすぐに山を登った。


(狐の幸運が共闘のために俺をこのフロアに引っ張ったとすれば、ここに居るのは俺たちだけでどうにか対応できる敵なのかもしれない。宝箱の中身も期待できる)


 相手はランクSSS魔物と言っても、相性の良し悪しでやりやすさは全然違う。このフロア環境からして敵は獣系か昆虫系、レオもネイも相性の良い得意な種だ。

 また亜種だった場合は少々手こずるだろうが、最悪の場合はいっそ二人でアイテムで脱出してしまえばいいのだ。天使の像で翼を手に入れたネイの足にでも掴まって降りれば、落下ダメージも回避できる。

 そう考えればさっきのフロアよりずっと悪くない状況だ。


 レオは頭の中で色々算段を立てながら山を登り切る。

 すると櫓の方に知った気配を見付けて、やはりと内心で頷いた。

 ネイの気配だ。どうやらすでに櫓の上にいるらしい。


 櫓の真下にたどり着いたレオは、括り付けられた木の扉を開けて中に入ると、らせん階段を上って行った。最後に見晴台の上に出るはしごを上がり、落とし扉を開ける。

 すると、そこではすでにネイが笑顔で待ち構えていた。


「いらっしゃい、レオさん。良かった~、一緒のフロアにいてくれたのがレオさんで心強いですよ~。俺ラッキーだなあ」


 ……何だろう。妙にレオの存在をありがたがっているのがキモチワルイ。


「別に貴様は俺がいなくても大して困らねえだろ。俺がいなけりゃ宝箱だけ開けてささっとフロアから出て行きゃいいんだから」

「いやいや、それがね。ここのフロア、ちょっと素通りしたくないんですよ。できれば敵を片付けて、行きたいところがありまして」

「……行きたいところ?」


 こんなゲートの中に、何の用事があるというのか。

 聞き返すと、ネイは少しだけ逡巡したものの、すぐに苦く笑いながら口を開いた。


「実はここ、俺が昔住んでたところを模したフロアなんです」


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