弟、兄とエルドワに転移魔石を渡す
カードをクリスに託したレオは、そろそろ先に進もうと、次のフロアへ続く階段を見た。いや、便宜上階段と言っているが、転移方陣に近いか。
とにかくそれは、彼方に見える王城に続く、通路の途中にあった。
(この先はエミナの王宮か……今は向かっても無駄だろうな)
あの王城も気になるところだが、おそらく今見えているのは虚構で、向かったところでたどり着くことはできないに違いない。ゲートのフロアではよくあることだ。
最後の魔物の居場所が王城の前でなかったというのが、何よりの証拠。
エルドワも宝箱はもうないと言っていたし、もはやこのフロアに用はない。下ってしまうのが得策だろう。
しかしその前に、レオたちには少し話し合っておかなければならないことがあった。
「……今の戦闘で『招集』は明日まで使えなくなってしまった。とりあえず今俺たちに残っているのはリガードの加護だけだな。今後移動フロアがバラバラになった場合や外に排出された場合、『招集』による危機回避ができなくなる」
「そうだね。私は最悪、アイテムでゲートを脱出して、落下する前に転移魔石で安全なところに飛ぼうかと思ってる。ただ、使える転移魔石はあと一つくらいだけど」
「それくらいしかやりようがないだろうな……。だが俺は残念ながら転移魔石全部が魔力充填待ちだ。明日になれば一つ使えるようになるが」
こういう時、転移魔石が二つしかないというのは不便だ。移動が続くとこの三日の充填期間がネックになる。
どうにか明日まで堪えるしかないだろう。
だが、そう思ったレオに、ユウトが自分の転移魔石を一つ差し出してきた。
「じゃあレオ兄さんは僕のを持ってて。僕の移動はいつも兄さんやクリスさんが連れて行ってくれるから、転移魔石使ってないんだ。僕は幸運値が高いから排出される可能性はほぼないみたいだし……レオ兄さんに何かあったら僕、嫌だもの」
「ユウト……!」
可愛くて兄想いの弟、最高なんだが。
レオがそれを受け取ると、ユウトはすぐにしゃがんで別の一個の転移魔石を取り出した。
「もう一個はエルドワに。首輪に収納しておくから、何かあったら使うんだよ?」
「アン」
「ん? 待て、ユウト。そうなるとお前の転移魔石がなくなるんだが?」
ユウトはゲートから排出される確率がとても低いとはいえ、ゼロではない。それに危険が迫れば一度ゲートから脱出する必要があるかもしれない。
その時のために、さすがに一つは持っていてくれないと心配だ。
天使像で飛べるのなら問題ないが、今大精霊の加護は付いていないはずだし……。
そう思ってユウトのベルトを見ると、以前括り付けてあったはずの天使像がなくなっていることに気付いて、レオは首を傾げた。
「……ユウト、天使像はどうした?」
「あ、今は精霊さんの加護はネイさんに行ってるから、昨日あげちゃった。だからネイさんはもう落下ダメージを受ける心配ないよ」
「なん、だと……!? 狐、貴様ごときがユウトを差し置いて落下ダメージを回避しようとは許しがたい!」
「うわっ、理不尽な怒りがこっちに向かってきた。仕方ないじゃないですか、大精霊の力受けたのは不可抗力ですし~。それにユウトくんは主精霊の四人分の加護がありますから、もうこれは必要ないんですよ。ね、ユウトくん」
ネイが助けを求めるようにユウトを見ると、弟はこくりと頷いた。
「うん。天使像がなくても、僕には主精霊さんたちとの『契約の木片』があるから翼を借りられるんだ。だから転移魔石もなくて大丈夫なの」
「……そうなのか? じゃあ、落下によるダメージは受けないんだな」
昨晩のリガードとの契約によって四主精霊が揃い踏みした、その特典みたいなものだろうか。
以前見たような純白の天使の羽がまた付くのだろうとレオは想像して、ならばいいかとひとまず納得した。
「では、ゲート外に出た時の対策はとりあえずこれでいいな。……次は別フロアに分散して飛ばされた場合のことだが」
「今回のトレントみたいなのを自分一人だけで相手するとか、かなり難儀ですよね~。俺は宝箱をさっさと開けて、一旦脱出アイテムでゲートから出てもいいかなと思うんですけど」
「ネイくんはそれがいいかもね。ゲート外に出ても落下ダメージがないなら安心だし。ただ、私やレオくんはアイテムの使用回数に限りがあるから無理だなあ。……それに、魔物を倒して今回のカードキーのように特殊な戦利品が手に入るかもしれないと考えると、できれば撃破していきたいんだよねえ」
戦闘を回避して効率的に行きたいネイとは対照的に、クリスは各個撃破を狙うようだ。レオはそれを聞いてふむと頷いた。
「狐はそのスタンスで構わん。一度出ると再びゲートに入ってくるのが大変だろうが、グラドニが何とかしてくれるだろ。……再突入すれば『招集』の魔石同士が引き合うおかげで、ユウトと同じフロアに出るだろうし、悪くない。キイとクウも同じように、ヤバそうな敵ばかりなら宝箱だけ回収して一度ゲート外に出ろ」
「「承知しました」」
基本的に、重要なのは宝箱の方だ。激レア魔物のドロップアイテムは魅力的だが、優先順位を考えればネイのように戦闘を回避した方が賢い。
しかし、そうは行かないのがレオとクリス、そしてユウトを護りながら行くエルドワだ。
特にエルドワはかなり難しい立ち位置になる。ユウトの幸運による道しるべこそがこのゲート攻略の要であり、その道行きを守り抜き進んで行かねばならないからだ。
「俺とクリスとエルドワは、敵を倒し階段を進んで行くのが基本になる」
「……レオ兄さんがナチュラルに僕を戦力外にしてる……」
「ユウトは危ないからエルドワに護られてろ。本当なら俺がリュックに入れて背負っていきたいところなんだ」
「もう、僕だって普通に戦えるのに!」
もちろんそれは分かってはいるが、できるだけユウトを危ない目に遭わせたくないのはレオだけではなく、仲間共通の認識だ。
弟には最後の切り札という比較的安全な場所に居て欲しい。
「とりあえず撃破を考えるなら、このフロアのように全ての宝箱を開けて敵を合成強化させるのは得策じゃない。先に敵を倒してから宝箱を開けに行くのがいいだろう」
「そうだね。何体かの魔物に力が分散しているうちは、まだ私たち個別でも対応できるかも。能力が計れない魔物は油断ならないから、慎重に行くべきだよね」
「エルドワも、それでいいな?」
「アン!」
エルドワはやる気満々でキリッとして尻尾を振っている。
とりあえずユウトの幸運があるから、下手なフロアには飛ばされないはずだ。その上でこの子犬の『捕食』の能力があれば、ある程度レオも安心できるというもの。
あとは通信機で逐一弟の様子を窺えればいい。
「では、次のフロアに進むか。……あっと、最後に。ユウト、途中途中で水分と栄養補給はするんだぞ? それから、夜九時になったら進むのを止めろ」
「えっ? 進むのを止めるって……僕たちだけ休むの?」
「お前たちが休息を取るのはもちろんだが、それだけじゃない。俺たちが敵を倒して次のフロアに進む際、『招集』がお前の元に導いてくれるからな。ユウトが留まっていれば、夜に一度そこで全員集合して休息が取れるだろう」
「ああ、それは良い考えだね。戦利品や情報の交換もできるし」
「さすがにこの難易度のゲートを寝不足で進むのは危ないですもんね。俺も賛成」
「なるほど、そういうことですね」
ユウトも納得したようで、しっかりと請け合う。
これで話し合いは終わりだ。階段を降りるためにユウトがエルドワを抱き上げた。
「ここからはどこに出るか分からん。散り散りになったらまずは『招集』の魔石で、同じフロアに誰か居ないか確認すること。一人きりの時は無茶をするな。……行くぞ」
レオは最後にユウトの頭をひと撫でして、次のフロアに続く階段に向かった。




