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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、弟を連れて戦闘に望む

 筋肉増強剤の効果が切れシュルシュルと縮んだトレントは、固い鎧に覆われていた時と比べるとだいぶ貧相に見えた。もはや枯れた老木のような状態で、重たい枝を支えきれない身体が今にも倒れそうだ。

 しかしそこからの動きは、到底木とは思えないものだった。


「……あいつ、どんどん地中に潜ってないか?」

「幹を護るものも支えるものもなくなったから、地中に埋まって回復を図るつもりなのかもね。……そうなると私たちの動きは地中から全部把握されるし、こちらからの攻撃が本体に届かなくなるし、一方的に攻撃されることになる。私たちにとってはかなり不利だ」

「今度は地中に潜って俺たちを狙い、捕食しようってのかねぇ? トレントの奴、さらに地蜘蛛の血でも入ってんのかよ~面倒臭ぇ~」

「だったら、このまま潜られちゃったらまずいのでは……? レオ兄さ……」

「しっ」


 会話の途中、不意にユウト以外の全員に緊張が走った。

 弟の言葉を止め、その身体をしっかり抱え直す。トレントの方からまっすぐに、こちらに殺気が向かってきたのだ。

 おそらくここに残ったユウトを目掛けてきた攻撃だろう。


「散るぞ!」


 声を掛けると同時に、全員が方々にばらける。おそらくこの地面振動から全員生きていたことがバレたに違いないが、どうせすぐに動くつもりだったから気にする必要はないだろう。

 意外だったのは、トレントが地中に隠れきって万全の体勢になる前に攻撃を仕掛けてきたことだった。


(……確か、エリアの中央に位置するトレントの根元を起点として、一番長い側根を目一杯伸ばして届くのがこの外周付近……。完全に潜ってしまうと、中央から起点が下にズレた分だけ攻撃が届かなくなる。だからまだ根が届くうちに、ユウトの血を奪いに来たのか)


 そう、敵の狙いは特上の魔力を含んだユウトの血だ。おそらくレオたちだけを相手にするのなら、トレントはとっとと地中に潜ってしまっていただろう。

 敵にとってユウトはずっとエリアの縁にいて、自分から近付いてこない極上の餌。魔力の回復を考えれば、絶対に捕らえたい獲物のはず。これはそこに攻撃を届かせるための苦肉の策なのだ。

 それを裏付けるように、トレントの根は多くの本数を割いてユウトを抱えたレオのことを執拗に追ってきていた。


(思ったより攻撃に衰えがない……先に少しだけ身体を地面に埋めたのは、根を動かしての攻撃姿勢を安定させるためか……忌々しい)


 すでに行動のデータを取られているレオは、動きを読んで先回りする根の攻撃を紙一重でかわしていく。

 そのたびに腕の中の弟が小さな悲鳴を上げてしがみついてきた。


「ひゃあ! レ、レオ兄さん、僕のこと抱えたままじゃ戦えないんじゃ? 邪魔ならどこかに下ろしてくれても……わあ、こっちからも根っこ来た!」

「敵の狙いはお前の血だ、下ろせるわけがないだろう。それに邪魔だなんてとんでもないな。ユウトを抱えてると速さと精神集中コンセントレイトと幸運が上がる」


 執拗に迫る根を、レオは全てぎりぎりで避けている。しかしこれはさっきのような反射的なものではない。ユウトを『装備』したことによるステータスアップが、レオにその余裕をくれているからだ。

 それを敵に覚られまたデータを取られないように、今度こそ慎重に好機を待たねばなるまい。


 レオは攻撃を回避しながら周囲の様子を窺った。


 空を飛ぶキイとクウは、敵の攻撃を分散させるため枝の攻撃を引き受けてくれているが、注射針のような枝先で牽制されてなかなか近付けない。

 クリスとネイはトレントから距離を取ることで、どうにか攻撃をかわしているだけだ。

 エルドワは根の横から回り込んで噛みつきに行っているが、すぐに切っ先を向けられて捕食できずにいる。


 対してトレントを見れば、少し地中に沈んだことで安定し、失った体幹を補うように枝の何本かを支え棒のように地面に下ろしていた。

 今までウロに灯っていた木魂はいつの間にかひとつに合わさって、濃い緑になっている。それが幹のまわりでゆらゆらと揺れているのが、妙に不気味だった。


(敵本体の現状は、一度攻撃を入れてみないと分からんな……)


 とまれせっかく固い辺材を剥ぎ取ったわりに、戦況は芳しくないようだ。

 何とかして敵に近付かなくては、どうともしようがない。

 レオは走りながら考える。


(……近付くだけなら、今の俺ならこのまま行ける。だがユウトを姫抱っこしたままじゃ剣は振れないし、背負って行くのも危ない。しがみつかせていても、攻撃の拍子に振り落としてしまう可能性がある……)


 だからと言ってユウトを誰かに預けては意味がない。弟からの恩恵がなくては、そもそも本体に近付けないのだ。

 ではどうすればいいのか。

 その答えを探して悩んでいると、腕の中のユウトが兄を見上げた。


「ねえ、レオ兄さん。僕が試しに魔法で攻撃してみる?」

「……なんだと?」

「あの木魂、色が変わったみたいだし。どんな仕様になったのか確かめた方がいいでしょ?」


 どうやらレオたちが攻めあぐねているのを見て、自分も何かしなくてはと思ったらしい。

 確かにユウトの言う通り、あの木魂は気になるところだけれど。

 しかし可愛い弟にそんなことをさせたくない過保護な兄は、眉間にしわを寄せた。


「危ないだろう。さらに強力な反射になっていたらどうするんだ」

「平気だよ。軽い攻撃魔法を撃つだけだから。僕のもえす装備は魔防がすごく高いし、もし反射してきてもチクッとするくらいだよ」

「それはそうだろうが……」

「あっ、ちょうどいい話してるね!」


 不意に後ろからクリスが近付いてきて、勝手に話に交ざった。

 根に追われているが、どうにか攻撃はさばけているようだ。敵の切っ先をはじき返しながら、彼は少々息を弾ませ言葉を続けた。


「私も今、ユウトくんに試しに軽く魔法撃ってもらったらどうかと思って来たんだ。あの木魂の仕様変化が分からないと安易に動けないだろう?」

「いや、待て。あんた、ユウトに危険なことをさせようっていう……」

「やっぱりクリスさんもやってみた方がいいと思いますよね! じゃあ、えいっファイアーボール!」

「あっ、こらユウト!」


 クリスと意見の一致を見て、ユウトは速攻で炎魔法を繰り出した。

 その躊躇いのなさは何なのだ。リスク上等の男から悪い影響でも受けたのだろうか。

 もちろん初歩の初歩の魔法だが、ついレオは青ざめて、弟に何か起こるのではと身構える。


 しかし飛んでいった魔法は、レオの予想に反して木魂に飲み込まれただけで終わってしまった。

 ……これは、魔法を無効化されたのだろうか。

 レオは訝しんだが、それを確認したクリスはまるで予想通りだと言うようにひとつ頷いた。どうやら、こうなることが分かっていたようだ。


「……今ので何か分かったのか?」

「うん。さっきの全体攻撃と、今の薬による体力と防御力の損失で、トレントはかなり消耗しているからね。アンデッドの属性を持っているようだし攻撃吸収を始めるんじゃないかと思ってたけど、やはり当たりみたいだ」

「攻撃吸収だと……? じゃあ今のユウトの攻撃は、トレントの魔力として吸収されたということか?」

「あ、だから今あの木魂の魔力がちょっとだけ上がったんですね」


 どうやらユウトもその変化に気付いていたらしい。

 そう考えると、小さな魔法で試したのは正解だったのだろう。ユウトの大きな魔法を吸収されていたら、敵の回復が早まってしまうところだった。


「そうなると、魔法攻撃を仕掛けるのは難しいな。余程間近で発動しない限り、本体に当たる前に木魂に吸収されてしまう」

「物理攻撃はどうなんでしょう? クリスさん、魔法以外の攻撃も吸収されちゃうんですか? レオ兄さんの攻撃で回復されたら、一気に幹の硬化まで復活しちゃいそう」

「大丈夫。実体を持つ魔物に限って言えば、物理攻撃を吸収して体力を回復をすることは不可能なんだ。木魂が魔法攻撃吸収に特化したことで物理反射を捨てた今、トレントに物理攻撃は有効だよ。……ただ、近距離メインの私たちじゃ本体に近付くのが容易じゃないけど」


 そう言っている間に、離れたところでネイとエルドワが組んで側根を一本潰したようだった。

 ネイが素早く横から回り込んで根を剣で刺し留めた隙に、エルドワが噛み砕いたらしい。


「やった! ネイさんとエルドワ、根っこ潰した!」

「ネイくんは数秒ならトレントの反応をしのぐ速さで動けるからね。ただ集中力の消耗がすごいから、ネイくんほどのレベルでも本体に近付いて攻撃をするところまで行くのは難しいだろうな」

「それでもすごいです!」

「待てユウト。俺だってすごい。本当は攻撃に行けるが、ユウトを護る方が大事だから行かないだけだ」

「レオくん、対抗心が強すぎる」


 ついユウトがネイたちを褒め称えるのに嫉妬して張り合うと、クリスに突っ込まれた。そしてさらに、弟からも叱咤が来る。


「えっ、レオ兄さん攻撃行けるなら行ってよ! 僕のこと置いていっていいって言ってるじゃん!」

「お前を置いていったら素早さが下がって攻撃に行けないんだが? 本末転倒だろう」

「……ああそうか、レオくんが何だか余裕そうだと思ったら、ユウトくんのおかげでステータス上がってるんだね。今のレオくんは、素早さも集中力もネイくんを上回ってるのか……となると、レオくんに行ってもらうのが確実だね。ユウトくんに頑張って背中にしがみついてもらうとか? ひもか何かである程度固定して……」

「ふざけるな。弟と一つに括られるのは魅力的だが、ひもで動きが制限されるせいでユウトを危険な目に遭わせたらどうしてくれる」

「でも、さすがに姫抱っこでは攻撃できないだろう? ユウトくんを連れて、さらに君の両手が空く状態じゃないと」

「レオ兄さんの両手を空けられて、なおかつ僕がついて行く方法……あっ!」


 不意に、何かを思い立ったユウトが背中に背負っていたリュックを下ろした。弟用にしては少しショルダーストラップの長い、さっき宝箱から手に入れたばかりのリュックだ。

 そして次にポーチを漁って、これまたさっきの宝箱で見付けた犬耳のカチューシャを取り出す。

 それを交互に眺めて、ぱあと表情を明るくした。


「これって……やっぱり、レオ兄さん用のアイテムだったんだ!」

「は? これが俺用?」

「見てて! 多分こう使えば……!」


 ユウトが犬耳を着け、途端に子犬になった。

 敵の攻撃をかいくぐっている時になんだが、やはり和んでしまう可愛さだ。

 その子犬が、もぞもぞとリュックの中に入っていく。

 そしてリュックの口から顔だけを出した。


「キュン」

「くっ……激烈可愛い!!!!!!!!!!」


 リュックの口に前足をちょこんと掛けているのが死ぬほど可愛い。

 思わず萌えて雄叫んだレオの横で、クリスが先にユウトの意図を察した。


「ああ! そうか、これってレオくんがユウトくんを安全に連れ歩くためのリュックだったんだ……! リュックに施された防御力の高さの理由はこれか! なるほど、確かにレオくんのためにクリエイトされたアイテムだね! ほらレオくん、さっそくそのリュックを背負って!」

「何だと!? 背負ったらユウトの可愛い姿が見えなくなるじゃないか!」

「戦闘が終わったらいくらでも眺めればいいから!」

「キュン、キュン!」

「ほら、ユウトくんもちゃんとしろって言ってるよ!」

「む……仕方ないな……」


 確かに子犬は鼻頭にしわを寄せて、駄々をこねる兄を叱っているようだ。弟の不興を買うことが何よりも辛いレオはその小さな頭をひとしきり撫でた後、渋々といった態でリュックを背負った。


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