兄、殺意に満ちる
「パーム工房とロジー鍛冶工房について、色々調べてみました」
「報告しろ」
深夜になると、ネイは再びレオの部屋にやって来た。
ネイは常時いくつもの転移魔石を持っていて、情報収集に飛び回っている。魔石はライネルの配下だった時に支給されたものらしいが、返せと言われないんだろうか。
こちらとしてはありがたいからいいのだけれど。
「まずは基本情報。双方ともこの数年でだいぶ店が大きくなったんですが、評判は絶賛だだ下がり中です。品質は劣化の一途、ギルドに加入せずに独自の販路を拡大し、『安かろう悪かろう』の代名詞みたいな店になってます。まともな職人は逃げてしまい、今は素人バイトを雇ってマニュアルでアイテムを作ってるそうです」
「そのマニュアルも、魔工翁のアイテムをパクってなぞるだけのものってことか。まあ、店の宝にするべき彼のアイテム合成資料を自分たちで余所に流したんだから自業自得だな」
一時の金に目がくらんでその先にある大きな利益をふいにするのだから、浅はかとしか言いようがない。その資料が何に使われたのかも知りもせず、おめでたいことだ。
跡継ぎがこれでは魔工爺様もやってられなかっただろう。
「客を騙してでも売れという主義で、POPとかでいかにも良さそうなことを書いて買わせるみたいです。詐欺で訴えられている案件もあるとか」
「ああ……POP見て惹かれる人間はいるからな……」
筋肉増強剤のことを思い出して、レオは眉間を押さえた。あの可愛くて純真なユウトをPOPで誑かし、騙したわけだ。許せん。……まあ、これに関してだけは劣化品で助かった感はあるが。
「どうしてそういう経営方針になったかは置いておいて、そんな店なので魔工爺様は現在、全く息子と娘に関わっていません。ミワとタイチも魔工爺様に同調し、両親と絶縁状態です。おかげで息子と娘の工房は共にアイテム開発ができる職人がおらず、ジリ貧だとか」
「まあ新作が作れず、評判も悪くなれば客が離れるのも当然だしな。そりゃ売り上げだって落ちる」
「そんな彼らが、大金を手に入れる術として再び手を出したのが、魔工爺様のアイテム資料の横流しです。その流れで、『もえす』まで狙われる羽目になった」
「……そうだな」
ネイがすでに分かっていることをわざわざ説明する。
何のつもりだろう。その違和感に眉を顰めて次の言葉を待つ。
すると、彼はひときわ声を潜めた。
「問題は、そのアイテム資料を誰が買うのか、という話です」
「……何?」
「実は二つの工房に出入りしている不審な人間を見まして。どうやらそいつが、資料を持ってきたら高額で買うとそそのかしているようです」
「不審な人間……? 誰だそれは」
以前の資料を買っていたのは魔研だが、今やそこは施設そのものが消えてなくなっている。そこにいた人間も、全員あの時に死んだはずだった。そう、死んだはずだ。あそこから逃げる術なんて……。
そこまで考えて、嫌な予感が頭をよぎる。
……魔法生物研究所の地下には、この国で唯一のランクSSSのゲートがあった。もしもそこに逃げ込んでいれば、あの爆発を回避したかもしれない。
ランクSSSとはいえ、低層階では格段に強い魔物はいないのだ。あらゆる方法で魔物を殺してきた魔法生物のエキスパートであれば、アイテムを駆使して5階まで下りて脱出することくらい造作ない。
表情を曇らせたレオに、ネイは肩を竦めた。
「……心当たり、あっちゃいました?」
「まさか、そんな……」
いや、もし奴らが生きていたとしても、それをライネルが許すわけがない。捕まって殺されているはず。
……しかし王都から逃げ出し、どこかに身を隠しているとしたら?
「まさか、ジアレイスどもが、生きて……?」
「……ご明察です。元・魔研所長ジアレイスが、再び魔工爺様の技術を買おうとしているんです」
「何だと……っ!」
「あー、隣の部屋でユウトくんがすやすや眠ってるんですから、激昂しないで下さいね。起こしちゃいますよ」
「……チッ……!」
場所柄、発散できない苛立ちに舌打ちする。
「ちょ、もう、レオさん本気の殺気漏れてますよ! 鼻血出るからやめて下さいって!」
「……我慢しろ。俺も今これ以上なく我慢している」
「……ふう。これ、近くにルウドルトあたりがいたら、何事かと飛び込んでくるレベルですよ」
文句を言いながらも、ネイは話を続けた。
「それで、とりあえずジアレイスの後をつけてみたんですけど。どうやら王都の外にアジトがあるみたいです。空間魔法で隠してるようで、森の中でぱっと消えちゃいました」
「王都の外か……。奴らは魔物に囲まれていても平気だからな。その辺の魔物などどうとでもできるノウハウがある。くそ忌々しい」
「結局、あいつらの目的が何かまでは分からなかったんですけど……」
「目的か……」
昔のあいつらは前国王の庇護の下、魔物を自分の好きなように弄りカスタマイズして、どれだけ強くできるかを楽しんでいた。自分の魔物が強くなったことを確かめるために、それを連れてランクSSSゲートに潜ることすらあった。
そんな連中が、もし今もどこかで魔物の研究を続けているとしたら。
そう考えて、レオははたとこの間の騒動を思い出した。
感謝大祭の直後に起こった、降魔術式によるランクSモンスターの出現だ。
さすがに魔物をカスタマイズするような設備など今は持っていないだろう。だとすると、魔物を強くするのではなく、『どれだけ強い魔物を召喚できるか』を楽しんでいる可能性がある。
王国軍や高ランク冒険者がいない街を狙って魔物をけしかけるのもその強さを眺めて楽しむためであって、すぐに倒されるとつまらないからという子供じみた理由かもしれない。
「胸くそ悪い……」
自分で思い至った推論だけれど、レオは気分が悪くなった。
魔法生物研究所の所員への嫌悪は、殺意に直結するほど強い。
……一刻も早く奴らは葬らなければいけない。
ユウトを過去から護るためにも。




