兄、現状打開の一撃を食らわす
「クズ魔石を? 足場はもう全部向こうで使ってるから別の用途に加工したものしかないけど、浮かせるのはできるよ」
「それでいい。そのクズ魔石を、そこの地面すれすれに浮かせてくれ」
レオがそう頼むと、ユウトはごそごそとポーチを漁って、以前草刈り用に使った円盤形のクズ魔石を取り出した。
ある程度の大きさがあるし、平たいから足場代わりには十分だ。
弟は兄に言われた通りにそれを地面すれすれに固定した。
「こんな感じでいいの?」
「ああ、これでいい。……ユウトにも分かるか? トレントから俺たちの方に向かって地面が少し盛り上がっているだろう」
「あ、ホントだ。これって、トレントの根っこがここまで来てるの?」
「そうだ。側根のうちの一本が足下まで来ている。俺たちは今戦闘に参加していないから放置されているが、動きはこうして常時根にあるセンサーで把握されているんだ」
つまり、妙な動きをしたらすぐバレる。武器を取り出して構えれば重心が移動してバレるし、それを振り下ろそうと思えば足を踏ん張ることでバレる。どうしても先回りで対処されてしまうのだ。
……しかしバレなければ、レオたちこそがその不意を突くことができる。
もちろん、この一回しか通用しないだろうけれど。
「これだけ離れているし、クリスたちが動き回っているせいで葉の方のセンサーで俺たちを把握されることはない。この根にさえ気付かれなければ、不意の一撃を食らわすことが可能だ」
「このクズ魔石の上に乗って攻撃することで、不意打ちするってこと? でも、レオ兄さんが魔石に乗って地面から重さがなくなった時点でバレない?」
「問題ない。地下に這わせている時点で、単純な重みというものは常に根全体に掛かっている。地上には様々な物があるからな。その個々の重さにまで神経を使っていたら、注意が分散されて他の部分がおろそかになるだろう? これほどのランクの者が、そんな愚は犯さない」
そう、強者というのは、全てに対応しようとして些末事に余計な気を割くようなことはしない。強くあるために必要なことを厳選して、その能力を極限に高めるのだ。
今回のトレントの根で言えば、必要なのは重さそのものではなく、重心の移動・力の流れる方向、大地を踏みしめる圧力を感知する能力。それに引っ掛からなければ、歯牙にも掛けられないはずだ。
「つまり、攻撃に繋がる動きでなければ気にされないってこと?」
「そういうことだ」
言いつつレオはユウトを腕から下ろし、自分は用意したクズ魔石に乗った。
一応、そのまま少し待って様子を見る。だがやはり目立った反応はないようだ。仲間たちが絶えず攻撃を仕掛けている分、傍観者同然のレオたちはあまり警戒されていない。
「トレントは僕たちを敵と認識していないのかな」
「いや、今の状態だと俺たちまで相手にしてたら能力の精度が落ちるから、敢えて無視してるんだろう。こうしてフィールド全体に根を張って、そこから来る情報を元にこちらの行動を予測して、それに対応、反撃するんだ。それをものすごい早さでいくつも並列処理していくのはかなりの負荷だろうからな。もちろん、対応できないわけじゃないとは思うが」
「……それだけ聞くと、敵もいっぱいいっぱいみたいな感じだけど。だったら僕たちも参戦した方が良くない?」
「まあな。クリスたちもだいぶ攻めあぐねてるし。突破口になるかは分からんが、とにかくまずは一度、明確なダメージを与えてやろうと思っている」
そう言って、レオは腰の剣を引き抜いた。
そして一度仲間たちの様子を見、再びまだ手の届くほどの距離にいる弟を振り返る。
「おそらく次の攻撃だけは通ると、俺は確信している。……ただ、それ以外のことはあくまで今まで戦ってきた経験から導き出した予測にすぎん。敵が俺の想像以上の能力を持っていたら、何が起こるか分からないから気を抜くな」
「うん」
先ほどから戦況を見ているが、ほぼ一進一退の攻防が続いていた。どちらにもダメージを与えるには決め手を欠く状況だ。
これを仲間たちが難敵相手に善戦していると見れば、確かにそうなのだろう。しかし、何となくこちらの動きを繰り返し観察しているような、嫌な意図をうっすらと感じる気がして、レオはユウトに指示を出した。
「いいか、俺はここから少し離れたところに攻撃を加える。だが、お前はこの場に留まれ。走って俺の方に来たりするな。重みに流れができると、敵の気を引いてしまうからな」
「……ここに置物みたいにいろってこと?」
「そうだ。おそらくそれが一番安全だ。……後でもう一度、俺がここまでユウトを迎えに来る。それまでは動くな。とにかく身を守ることに徹しろ」
「……分かった。気をつけてね」
「ああ」
戦闘時の弟は、兄に全幅の信頼を置いている。不安はあっても、きちんと従う聡い子だ。……ただし、それは仲間が無事でいることが絶対条件だが。
仲間、そして兄が危機に陥ると、ユウトは途端に制御不能の自己犠牲を発揮する危険がある。それをさせないためにも、レオたちは五体満足で戦闘を終えねばならなかった。
こちらにとってじり貧のこの戦況を動かすには、まずはここで一撃が必要。
レオは剣を構えて、足下まで来ている根を目で辿って見る。その先ではエルドワが根に噛みつこうとしながらも枝やツタに邪魔をされ、うねうねと逃げられるのが見て取れた。
そのたびにレオの足下の地面が盛り上がる。
どうやらエルドワは、ユウトの元に伸びる根っこをまずはどうにかしたいと集中的に狙っているらしい。これは好都合だった。
根が動くせいで土が解されて柔らかくなっているのだ。これなら地中でも剣は容易く通るし、場所も分かりやすい。
レオはその場所と深さを見極めながら、同時にエルドワの攻撃のタイミングをはかる。
やがてその牙が根を捕らえようとした時、レオは足場を蹴って飛び、振りかぶった剣を根に突き刺してその場に縫い止めた。
「ガアウ!」
エルドワの牙からまたもするりと逃げようとした根は、その先をレオに縫い付けられて逃げ損ねる。こうなってしまえば捕食者が優位だ。次の瞬間にそれはバリバリと根元を噛み砕かれていた。
厄介だった根っこの一本が、地表に出た部分をごっそり食われて欠損し、完全に本体から切り離される。
それを見たネイとクリスが、断ち切られた根の先を回収しようと伸び始めたツタを切り捨てながら笑顔を見せた。
「レオさん、さすが! エルドワ、よくやった!」
「レオくん、そっちで根っこを地中から引っ張り出せる? 完全に切り離されたその状態なら燃やせるはず!」
「分かっている! キイ!」
レオは刺した剣をたぐって根を引き抜きながら、キイを呼び寄せる。キイと一緒にクウもやって来て、レオが重い根を引っ張り出すのを手伝った。
ユウトの足下まで行っていた根っこが、一気に引き抜かれる。
「キイ、これを燃やしてくれ!」
「キィ!」
レオが命じれば、地表に引っ張り出した根がたちまち炎のブレスで焼かれた。樹液さえ巡っていなければあっという間に消し炭だ。
これで一本は確実になくなったことになる。
エルドワ頼みではあったが、レオの不意打ちが功を奏したのだ。
また次の手を考える必要があるものの、とりあえず敵の能力を削いだ事実に多少の安堵をする。
しかしそんなレオたちを余所に、突然トレントの様子が変わった。
「ギャ、ギャ、ギャ、ギャ!」
「うわ、何これ? めっちゃ足下揺れ始めたんだけど!」
「トレントが地中の根でフィールド全体を揺すってる……?」
どうやら側根を一本失ったことで次の攻撃フェーズに入ったらしい。レオたちの足下は、波打つように揺れ始めた。




