兄弟、みんなの戦いを見守る
通常のトレントなら、あの目のウロが最大の弱点になる。
木魂が点っていない隙を突いて中の芯に攻撃を食らわすことで、大きなダメージが期待できるのだ。
だが当然敵のランクが上がるごとにその隙はなくなって行き、失敗した時に跳ね返ってくるダメージも大きくなる。魔法の場合は遠距離攻撃なので特に成功率は低く、正直ユウトの魔法で弱点を突くのは無理だ。
早々にそう判断して、レオは弟に言い含めた。
「いいか、もしも攻撃するならウロの部分は避けろ。おそらくランクSSSの亜種レベルだと跳ね返りダメージは倍以上になる。お前の魔防は高いが、それ以上に魔力が高いからな、下手をすると返りダメージで戦闘不能になりかねん」
「じゃあ、どこを攻撃すれば良いの?」
「とりあえずは葉を焼くか根を焼くかだな。だが、基本はサポートに徹してくれ。回復もバフもお前が頼りだからな」
「分かった」
ユウトは兄の腕の中で頷き、交戦し始めた仲間たちの方に視線を向ける。レオも揺れる足下に気を配りながら、同様にそちらに目を向けた。
目線の先では、ユウトの作った足場を利用して、ちょうどクリスが憎悪の大斧を振りかぶったところだった。
「はっ!」
短い掛け声と共に、素早く斧が振り下ろされる。
その刃は太めの木の枝を捉えると、スパンと一刀のもとに気持ちよく切断した。さすがは樹木系特攻のある斧だ。
しかし切り離されたはずの枝はすぐにツタに絡め取られて、そのまま元通りの位置に接合された。その間、ほんの十数秒だ。
それを見たユウトが目を丸くした。
「え、え? あれ何? 今クリスさん、枝を切り落としたよね?」
「あれがトレントの修復力だ」
レオはもちろん、クリスもそれは分かっているから特段騒ぎ立てることはない。ただ、想像よりも修復が早い。下位ランクの同系魔物よりも断然早い。これはかなり厄介そうだった。
「切断した時に樹液が滴ったのを見たか? あれが接合剤の役目をしている。表皮の内側を巡っていて、さっきの狐の付けた傷なんて秒で修復されてしまうんだ」
「ネイさんもクリスさんも太刀筋が正確で切り口が綺麗だから、余計に修復が早いって言ってたもんね……。あ、そこでエルドワの出番なのか。噛み切っちゃえば切り口ガタガタになるし、食べちゃえば接合するものもなくなるし」
「そうなんだが、エルドワは足場に乗ることもできないし、どうしてもトレントに動きを察知されてしまう。さっきから地面を掘って根っこを噛み切ろうとしてるんだが、逃げられてるようだ」
この戦闘で一番優位に立てるのは捕食者であるエルドワだが、側根を攻撃に行こうとしても躱されてしまうようだ。踏み切って枝の方に攻撃に行こうとしても足を取られるし、ジャンプをした瞬間になぎ払われそうになる。
全員ほとんどダメージを与えられず、地味に攻めあぐねている様子だった。
キイとクウも加勢に降りてきて葉を焼いたり枝を凍らせたりしているが、分厚い表皮と内に流れる樹液が邪魔をして、内部までダメージを与えることができない。
未だ味方は攻撃を上手く躱しているものの、このままではこちらがじり貧になるのは目に見えていた。
「くっそ、一か八か行くか!」
その状況の打開に向かったのはネイだった。
手持ちの武器を短剣から少し刀身の長いものに替え、幹に近付く。
その素早さを生かして、物理攻撃反射をされる前に目のウロの奥にある芯に攻撃を届かせようというのだろう。
それに気付いた他の者たちが、トレントの注意を自分の方に引こうとそれぞれに攻撃をする。さすが、全員戦闘に関する勘が良い。
上手い連携に加えて、ネイが自身もトリッキーな動きで狙いを覚られないよう動き回れば、これなら行けそうだとレオも期待を抱いた。
「よし、もらっ……とと、危ね!」
しかし振りかぶるモーションすらなく繰り出された攻撃は、到達する寸でのところで止められた。ウロの中に赤の明かり……物理反射が発動したのだ。レオでもタイミングを計りかねた攻撃速度、それに反応されるとは。
「嘘でしょ!? 反応早すぎんだけど!」
「うわあ、今のタイミングでダメなの? ネイくんで無理なら私やレオくんじゃもっと無理か、しんどいなあ」
迫ってくるツタを払いのけながら、クリスもちょっとうんざり気味の声だ。まあ弱点を狙えないということは、つまりちまちまと小さなダメージを積み重ねる長期戦が確定したということだから仕方ない。
こうなればやはり、根っこから攻略していく他なかろう。
その様子を見ていたユウトが、レオに訊ねた。
「目に明かりが点ってる……。レオ兄さん、あれは火?」
「そうだ。魔力の宿った鬼火だな。今あれに物理攻撃を当てると倍以上で反射されてくる」
「煌々と燃えてるけど……あの状態で、周囲は見えてるのかな?」
「どうだろうな。だが、視界はさほど問題じゃないんだろう。トレントは元々視力がほとんど無いと言われている。こちらの動きは根っこの感覚と、葉で受け取る空気や魔力の揺らぎで察知をしているらしいからな」
「あ、そもそも見えてないんだ。だから目の前にある足場をたたき落としたりしないんだね。目が開いた時に見付かってすぐに壊されるかと思ってたんだけど、いつまでも気付かれないから不思議に思ってたんだ」
トレントは視界による状況把握をしない。根を張っているために上下左右や後方の敵を視認するのが難しいからだ。
代わりに根と葉をセンサーのように使って、全方位の敵の動きを感知する。おそらく現在、この戦闘エリア内はほぼ全てが、トレントの把握するところになっているだろう。
その中で唯一、除外されているのがあの足場だ。
高位魔物であるトレント亜種からすれば、取るに足らないクズ魔石、歯牙にも掛からない微々たる魔力、吹けば飛ぶような大きさ。それを完全に位置固定してしまえば、戦闘中にそこに気を向けられることはない。
これはユウトがいるからこそできる芸当だった。
「……ユウト、もうひとつクズ魔石を浮かせることができるか?」




