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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄弟を取り巻く人たち【ルアン】

 その日のルアンは、こっそりとひとりで街を歩くユウトの後をつけていた。


 別に何かを企んでいるわけではない。いつもネイがしているように、ユウトの護衛をしているのだ。

 声を掛けて並んで歩いてもいいのだが、修行にはこっちの方が都合がよかった。周囲を広く見て観察できるからだ。


 細くて可愛くてぽやっとして見えるユウトには、変に近寄ってくる男がいる。それはスリだったり、弱い者いじめをしたがる下衆だったり、痴漢まがいの者だったり、色々だ。

 その意識がユウトに向いた人間を見つけ、彼に害が及ぶ前に気を逸らして阻止をする。その繰り返しをしているうちに、ルアンは人の意識の動きや、事を起こそうとするときの気配の変化などを感知できるようになっていた。


 今のルアンの力では、事が起きてから対処するのは厳しい。

 その力も早く付けたいのだけれど、ネイからはこちらの能力の方がずっと重要だと言われている。ならば今は黙ってこの感覚を磨くまでだ。


 ちなみにユウトはこちらの気配には一切気付かない。

 冒険者がそれで大丈夫なのだろうかと思うが、それこそが庇護欲をそそるのだろう。レオやネイが『こっちで護るからユウトはそのままでいい』というのはそういうことだ。

 もちろんルアンも、少し鈍くてぽやんとしたユウトを護ってあげなくてはと思っている。


 そうして尾行していると、ユウトは公園に差し掛かった。

 さて、ここからがルアンの一番緊張する時間だ。


 できうる限りの集中力でもって気配を消す。

 こちらに背を向けたままのユウトが、前方に誰かを見つけて手を振った。

 レオだ。

 今日は公園で待ち合わせして、買い物に行くらしい。

 2人が合流したら、護衛は終了。

 その瞬間をドキドキしながら待つ。


「レオ兄さん、もう用事は済んだの?」

「ああ。思ったより早く終わった」


 レオの手がユウトの肩に触れた。それと同時に、彼の視線がちらりとこちらを向いて、逆の手を軽く上げる。

 護衛終了の合図だ。

 ルアンはうう、と小さく唸った。


 今日も駄目だった。

 姿を隠して、最大限頑張って気配を消したのに、レオには迷うことなく一発で見つけられてしまう。

 ネイ曰く、『レオさんに見付からなければ超一流の大盗賊』なのだそうだ。だからルアンはユウトをレオに送り届けたこの瞬間、毎回必死に気配を消している。

 しかし今のところ、彼の目をごまかせたことは一度もなかった。


「そんな一朝一夕であの人を出し抜けないよ。まだ落ち込むのも馬鹿らしいレベルだからね?」

「うわ、師匠!? いつの間に後ろに……」


 ルアンがため息を吐きながらユウトたちの後ろ姿を見送っていると、知らぬうちにネイが背後に立っていた。

 気配に結構敏感になってきたはずだけれど、ネイとレオの気配だけは未だに気付けない。


「ほんの少しだけ気配をさせながら来たんだけどね。人が多い場所だとまだそのノイズに負けてしまうようだ。もっと頑張らないとね」

「はい、頑張ります。……オレも早く師匠みたいに気配を消せるようになりたいなあ」

「ルアンは気配を消すことを意識しすぎて、逆に分かりやすいんだよね。……そうだな、少しお勉強しようか」


 ネイはそう言うと、ルアンを連れ立って公園の端にある植え込みの前に来た。

 そこには膝くらいの高さの低木が綺麗に植わっている。しかし一カ所だけ、根元から折られてなくなっている木があった。酔った冒険者にやられたんだろうか。他が揃っている分、やたらに目立つ。


「ここ、木の存在は『ない』はずなのに、すぐに存在がないことが『分かる』だろう?『無』の状態がここに『有る』ってこと。これが今のルアンの気配の消し方。ある程度気配の読める人間なら、その『無』が存在する違和感に勘付いてしまう。本来そこにあるべきものを、ねじ曲げて消してるからだな」

「無理な力が掛かってるってこと?」

「端的で良い解釈だ」


 頷いたネイは、植え込みの中の何の特徴もない、中程の中途半端な場所に植わっている適当な木を指さした。


「君がなるべきはこれだよ。存在すれども誰の気も引かず、視界に入っても意識されず、他人の認知から消える。その場に一番自然な状態で馴染み、一切の無駄な力を使わずに存在する。これがルアンが目指すべき気配の消し方」

「うわあ、そうなんだ……! 今まで周りの盗賊たちに教えてもらったのは、身を隠して息を殺して音を立てず、できるだけ『無』になるってやり方だったのに……!」

「ランクCあたりなら、それでいいよ。でもそれ以上を目指すんだろ? このやり方をマスターできれば、アイテムスティールや急所突きの精度がかなり上がる。まずはすれ違う人間が、誰も君に会ったことを覚えていない状態を目指せ」

「分かりました!」


 元気よく返事をすると、ネイは機嫌良さげに笑った。


「それからね、ユウトくんを送った時にレオさんがレスポンスくれるの、あれすごいありがたいことだからね。あのレベルの人を相手に自分の能力を試せるなんて、本当に稀有なことなんだ。腐らず続けなよ」

「はい、頑張ります」


 ルアンはネイをすごい実力者だと思っているが、そのネイは冒険者ランクDのレオを明らかに格上として扱っている。

 元々ルアンもレオはもっと上のランクの実力だとは思っていたものの、ネイが言うほどだとは思っていなかった。


 しかし、ネイの下で修行をして能力が上がると、彼の強さが如実に分かってくる。その気配も殺気も、隙のない体捌きも。刃向かう気すら失せる絶対的な強者だと知れた。

 今やネイのレオに対する評価に、微塵の誇張も感じない。


 レオは一体何者なのだろう、どうして未だにランクDに甘んじているのだろう。それがとても気になるけれど、ネイはルアンがもう少し使えるようになれば教えてくれると言っていた。

 だったらもっと精進するしかない。


 ネイに早く認められたい。その一心で、ルアンは地道に修行を続けるのだった。






 夕暮れ時、周囲も薄暗くなってきた。

 ネイと別れたルアンは、住宅区に向かって大通りから一本入った道を歩いていた。


 こんな時だって、周囲を観察して感覚を磨く。すれ違う人の感情、意識を向けているところ、それを覗いながら、自分の存在も周囲に馴染ませてみる。

 リラックスし、感情は常にフラットに。違和感のない、無駄な力の入らない状態でいると、不思議と他人の機微を感じやすくなる気がした。


 そんなルアンの隣を、不意に違和感が通り過ぎた。


 さっきルアンがネイから指摘された、意識して気配を『無』にする感覚。なるほど、これが『無』がそこに『有る』ということか。

 気付かれないように静かに振り返って見ると、盗賊らしき風体の男だった。視線だけをきょろきょろと動かし、足音を消している。そこから感じるのは、これから何かをしようという気配だ。


(……見るからに泥棒しますって感じだな。ちょっと後をつけるか)


 対、盗賊。明らかにルアンの倍以上の歳だと思われる男。

 しかしスキルはネイの師事を受けているこっちの方が間違いなく上だ。力負けはするかもしれないが、泥棒に入るのを阻止するくらいはできるだろう。


 ルアンは踵を返し、何食わぬ顔で男の後ろを歩き出した。

 自然に、何の気負いもなく、男へは意識も感情も向けない。ただの通りがかりのように歩く。

 男が一度こちらを振り向いたが、つけられていることに気付かない様子で家と家の間にするりと入った。


 とりあえず一度通り過ぎて様子を見よう。


 ルアンは男が狙っているらしい建物をちろりと見て、そのまま一軒向こうの細い路地を曲がった。そこで足を止め、足音を消して少し戻る。


(ここって、『もえす』だ……)


 普通の冒険者は入らない、というか、入りたくない店構え。もちろんルアンも入ったことはない。

 ただ、ユウトたちの装備を作ったところだとは知っていて、彼らから腕は良いが残念な店だという感想を聞いていた。


 隣家の塀から、『もえす』を覗う男を確認する。

 盗賊は明かりの点いている工房を避け、裏口らしきところの鍵を確認していた。それから窓の鍵を見、屋根の上に登る。

 工房の炉に繋がる煙突、そして天窓をチェックし、中の会話を聞くように耳を寄せた。


(……これは下調べっぽいな。だったら今のうちに追い払って、店の人に教えた方がいいかも)


 そう思って出て行こうとした時、盗賊は何かに気付いて、慌てたように屋根から降り、去って行った。


(あれ、何で?)


 誰かに見つかったのかと思ったが、周囲に人影は見えない。

 ルアンは不思議に思いながらも『もえす』に向かった。一応、泥棒に狙われていることを教えた方がいいだろう。


 表に出ている看板に少し怯んだけれど、誰にも見られていないことを確認してルアンは店の扉を開けた。


「こ、こんばんはー……」

「はい、いらっしゃい! あれ、初めて見る子だね。ウチに装備のご注文ですか?」


 カウンターの奥から出てきたのは眼鏡を掛けた小太りの男だった。その手にはアニメ雑誌を持っている。

 そして周囲は魔女っ子やら露出の多いビキニ鎧やら、メイド服やら……あ、入っちゃ駄目なとこだったかも。


 いや、でもとりあえずユウトとレオも来ているところだ。

 かなり萎えた気持ちを強引に立て直して、ルアンは男に言葉を返した。


「あの、注文じゃなくて。今外でこの店を覗いてる男がいたので……おそらく泥棒に入ろうとしてると思います。気を付けて下さい」

「え、ほんと!? ネイさんも言ってたけど、これは急いで対策しなくちゃ……! わざわざありがとうね!」

「……ん? あれ? ネイ……?」


 思わぬところで出てきた名前に目を丸くする。

 ネイも言ってた……?


 ルアンが頭の上にはてなを飛ばしていると、不意に後ろから肩に手を置かれた。


「この子、俺の弟子なんです。お見知りおき下さいね」

「え? 師匠!?」

「あれ、ネイさんもまた来てくれたの? へえ、この子ネイさんのお弟子さんなんだ。俺はタイチ。よろしくね」

「あ、よろしくお願いします、ルアンです。……てか、何で師匠がここに?」

「俺は最初からここに泥棒追い払いに来るつもりだったから。ルアンがすれ違っただけであいつに気付いてつけ始めたの見て、後ろで弟子の成長にちょっと感動してた」

「うう、やっぱり師匠の気配には気付けなかった……!」


 ネイはずっと後ろにいたらしい。おそらく泥棒が逃げ出したのも彼のせいなのだろう。


「師匠、ここに泥棒入るかもしれないの、もう分かってたんですね」

「うん、まあね。俺も前に見かけてたから」

「とりあえず対策として、今のとこは盗まれたら困る資料とかは姉貴に身体に巻いといてもらうことにしたんだけど」

「あ、それ最強じゃね? 誰も盗れないし盗りたくない」

「でも早いとこちゃんとした対策とらないとなあ。万が一爺ちゃんを人質に交換条件とか言われたら困るし」

「それはあり得るな。今、爺様は?」

「姉貴が迎えに行ってる。俺じゃ襲われても役立たないから」


 重要資料を身体に巻いたまま外出というのも中々怖い。

 この時間はまだ人通りがあるから、路上で襲われることはそうないだろうけれど。


「まあ、手伝えることがあったら言ってもらえれば、手を貸すよ。レオさんにもそうしてやれって言われてるし」

「あ、オレも何かあれば。役に立てるか分かんないけど」

「うん、ありがとうね。とりあえず俺たちも何か対策を早急に考えるよ」

「ああ」


 今日のところは、もうこれ以上できることはないようだ。

 タイチに挨拶をすると、ルアンはネイに連れられて『もえす』を出た。


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