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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、崩れた建物の名称を知る

「ユウトくん、その眼鏡をちょっと借りてもいい?」

「はい、どうぞ」


 クリスはユウトに差し出された眼鏡を受け取ると、すぐに装着して公園の出入り口を見た。


「本当だ! この眼鏡を通すと字が読める……! これなら、ゲートの中にある文献をチェックできる!」

「ふざけんな。そんな時間無いに決まってんだろ」


 思った通り面倒なことを言い出したクリスに頭が痛くなる。

 レオはとりあえずその眼鏡を素早く奪い取って、ユウトに戻した。


「これはあんたには持たせねえからな。勝手に書庫探しに行かれたら大迷惑だ。そのまま入り浸りそうだし」

「いや、私もそこまで無責任じゃないよ? ……でもまあ、偶然書庫を見つけたら際限なく読んじゃいそうな気はするけど」


 クリスは苦笑しつつ肩を竦める。

 眼鏡を預けて欲しいと言ってくるかと思ったけれど、そこは自重するようだ。おそらく我慢の利かない自分の性格が分かっているのだろう。こういう点はやはり大人だ。


「翻訳眼鏡を借りるのはユウトくんがいる時だけにするよ。ゲートの中にいる間なら本も持ち歩けるし、休息時間にまとめて読むことにする」

「……まあ、そのくらいなら許容してやるが。完徹して体調崩したりするなよ」

「その辺りは年の功で弁えてるから大丈夫」


 クリスの大丈夫は信用ならないが、同時にこの大事な局面で仲間に迷惑を掛けるような浅はかな男ではないことも知っている。

 ならばいいかとレオは話を閉めた。


「じゃあここはもういいな。次に行くぞ。エルドワ、案内を頼む……ん?」


 子犬に再び道案内を頼もうとして、しかしその視線がこちらでなく上空に向かっているのに気が付く。つられて天を仰ぐと、そこにはキイだけがいた。常にセットで動く双子のドラゴンにしては珍しいことだ。

 ではクウはどこに行ったのかと目線を移すと、都市のずっと奥の上空を旋回していた。


 レオと同じようにユウトたちも空を見上げ、彼らの動きに首を傾げる。


「キイさんとクウさん、どうしたんでしょう?」

「……クウだけあんな離れたところにいるなんて、何かあったんですかねえ?」

「うーん……まあ問題があったら向こうから降りてくるだろうし、何かあったにしてもまだ様子見をしているんじゃないかな?」

「……今んとこ散歩がてらに宝箱一個開けただけだぞ? 何が起こるっていうんだ」


 この安易すぎる宝探しが、何かフロアに影響を与えているとでもいうのだろうか。……もちろん可能性としてはないわけではないが、あまりにも手応えがなさすぎる。

 何につけ、今は彼らの行動の意味を知る術はないのだから、気にせず進むべきだろう。

 レオは改めてエルドワに声を掛けた。


「エルドワ、次の宝箱の場所に案内してくれ」

「アン」


 ずっと上を見ていた子犬も、促されて歩き出す。

 今度は大通りを横切って小道を抜け、その奥にある大きな建物の残骸がある場所にたどり着いた。

 ここにも付近に敵の気配はない。当然、罠も。

 その違和感にまたネイが「ないわー」と嘆いた。


「これ、絶対俺たちを油断させる罠でしょ? そうでなくちゃおかしい。そうであって。お願い」

「ネイくん、疑心暗鬼が一周回って変なことになってるね」

「……まあ実際、俺も気持ち悪い」

「あはは、レオ兄さんもなんだ」


 顔を顰めるレオとネイに対して、ユウトとクリスはのどかな笑顔だ。物事を捻くれて見る質と、素直に受け入れる質の違いだろうか。何事も無さすぎて、そのうち大きな揺り返しが来るのではないかとひやひやしてしまう。


「アン!」

「あ、宝箱だ。ありがと、エルドワ」


 しかし勝手に緊張を高めるレオとネイを尻目に、次の宝箱もあっさりと見付かった。

 崩れた建物の一角に、今度は青地に銀の金具が付いた宝箱。中身固定と思われるものだ。これは誰が開けても問題ない、はずだが。


「これは私が開けようか? 中身固定だし」

「いや待て、まだ確定ではない。万が一違った場合にクリスの幸運値だと損が大きすぎる。ここは狐が開けろ」

「ええ、俺ですか!? こんっなに怪しいのに、鍵も罠も付いてない宝箱なんて不気味すぎて開けるの怖いんですけど……!」

「鍵も罠も付いてない安全な宝箱の何が怖いんだ、クソが」

「なら別に、僕が開けても良いけど」

「馬鹿を言うな、ユウト! 鍵も罠も付いてない宝箱なんて今度こそ何かあるかもしれないだろう! 危険だ!」

「レオさん、二枚舌すぎる~!」

「だったらもう私で良いじゃ……おや?」


 そうして宝箱を誰が開けるかでもだもだしていると、不意にクリスが宝箱の向こうにある瓦礫に目を向けて動きを止めた。

 何を見つけたのか、次の瞬間には瞳を輝かせて勢いよくユウトを振り返る。


「ねえユウトくん、さっきの翻訳眼鏡貸してくれない!?」

「え? いいですけど」

「ありがとう!」


 クリスはユウトから眼鏡を受け取ると、早速それを装備して勝手に一人で建物の瓦礫の方に行ってしまった。こんな高ランクゲートで、レオやネイからすると考えられないほど危険窮まりない軽率な行動だ。……いや、罠がないことは頭では分かっているのだけれど。


「おい、勝手な行動はするな!」

「ごめんごめん。でも見て、ここに術式装置があるんだ。半分以上壊れちゃってるけど、これ多分ランチャーが付いてて、いちいち魔法を唱えたり魔石を使ったりしなくても発動できる装置だったんだと思う」

「ええ? それってすごい技術じゃないですか。何の術式が発動する装置なんでしょうね?」

「ユウトくんも気になるよね。どこかにここが何を目的とした建物なのか分かるものがないかな」


 そう言いつつクリスは建物のあちこちを眼鏡で眺め、そのまま歩いて行ってしまった。

 ……あいつ、ごめんと言いつつ絶対悪いと思ってないわ。


「クリスさん行っちゃった……今のうちに僕が宝箱開けちゃう?」

「ダメだ、狐にやらせる」

「え~もう開けるのクリスさんで良くないですか? 全然平気じゃんあの人~」

「アン」

「「「あ」」」


 ガキン、と金属の留め金が外れる音。

 レオたちがぐだぐだしているのを見かねたエルドワが、宝箱に体当たりして開けてしまったのだ。

 鍵のないふたは容易に持ち上がり、中のアイテムがあらわになる。

 当然だが、罠はない。


「アン!」

「……うわ~やっぱり罠が無かった! 危険がなさすぎて怖い~! 信じられない~!」

「ネイさんちょっと情緒おかしくなってません? 大丈夫?」

「放っておけ、ユウト。……エルドワはまあ、よくやった」

「アン」


 一応エルドワはユウトとネイの次に幸運値が高い。万が一宝箱が固定アイテムじゃなかったとしても許容範囲だ。

 ここで無駄に問答しているよりはずっとマシ。その臨機応変な判断と行動をレオが褒めると、エルドワはやれやれだぜという顔をした。

 多分今、ここで一番冷静なのはこの子犬に違いない。


「今度の宝箱の中身は何かな。レオ兄さん、僕が出して良い?」

「ああ。だがさっきみたいにいきなり身に着けたりするなよ」

「うん」


 固定アイテムでも装備すると呪われるものが存在するが、手に取る分には問題ない。注意をするレオに、ユウトは素直に頷いて宝箱に近付いた。

 そうして箱の中をのぞき込む。


「わあ何だろ、不思議な色の石……? 五個もある」

「石? 魔法鉱石か?」

「よく分かんない。宝石みたいに綺麗」


 言いつつユウトが取り出したのは、ひとつひとつが手のひら大で、中が赤くとろとろと燃えているように見える石だった。レオも見たことがない。


「人工物の可能性もあるが……クリスに見せてみるか。何か知っているかもしれん」

「そうだね。僕たちよりこういうの詳しいだろうし」


 クリスに意見を聞こうとして、しかし未だに彼が帰ってきてないことに顔を顰める。どこまで行った、あの男。


「……あいつ、勝手に行ったっきり戻ってこないな」

「もしかして何か危険がありましたかね!?」

「わ、ネイさんがいきなり元気になった」

「危険かどうかは知らんが、何かを見つけて動かなくなったんだろ。さっさと捕まえて眼鏡を取り上げよう」


 近くに敵の気配はないし、罠にも掛かっていないだろう。つまりクリスは自分で足を止めているのだ。だったら眼鏡を取り上げるのが一番早い。


「エルドワ、クリスのところまで連れて行ってくれ」

「アン……アン」

「ん? どうした?」


 エルドワがまた上空を見ている。レオも空を見上げると、今度はキイもクウも遠いところを飛んでいた。……上からこちらに付いてこいと言っておいたのに、やはり何かあったのだろうか。


 しかしいずれにせよ、クリスと合流するのが先だ。どうせこの近くにいるはず。キイとクウが戻る前に見付かるだろう。

 そう促すと、子犬はすぐに切り替えて歩き出した。


「アンアン!」

「あ、クリスさんいた!」


 思った通り、クリスはレオたちがいたところからちょうど死角だっただけで、数十歩分も離れないところにいた。

 崩れた門扉の外側で、この建物の看板らしきものを見つめている。やはり自分で足を止めていただけのようだ。


 ……ただ、その様子が少しおかしい。

 レオたちが来たことに感付かないはずもないのに、クリスは看板から目を離さず、微動だにしなかった。


「……クリス?」


 訝しく思って名を呼ぶと、ようやくその視線がちらりとこちらに向く。そして、無言で眼鏡を渡された。どうやら掛けて見ろということらしい。

 レオは何のつもりだと眉を顰めつつも、それに従って眼鏡を掛けて、彼が今まで見ていた看板に目を向けた。


「……あ?」


 それを見た途端、レオも思わずクリスと同じように動きが止まってしまう。

 だって仕方が無い。すぐには理解できなかったのだ。


 そこに書いてあったのが、


『リインデル術式研究所』


 という名前だったのだから。


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