弟、リガードの加護を使う
エルダール王国ができる前の時代に存在し、最終戦争で滅びた国、エミナ。
かの国に関する文献は人間界に全く残っておらず、これまで名前すら知らなかった。まさしく歴史の彼方に葬り去られた国だったのだ。
その国が、今目の前にあるとユウトは言う。
もちろん弟もそれが事実なのかどうか確信は持てないようだけれど、しかしこのゲートに『復讐霊』を消滅させるためのエミナの研究資料が眠っているとするのなら、ここがかの国だという可能性は十分あった。
「ここがエミナだって? とすると、国の外観は思ったよりエルダーレアと相違ないんだね。やっぱり創造主が一緒だからかな」
「だろうな。……ただ、文明的にはエルダールより進んでいたかもしれん。少なくとも『復讐霊』を認識し、それを分析しうる術式技術はあったはずだ」
「うわあ、その技術すっごい興味ある……! 王城の中に書庫とかないかなあ」
失われた国の研究内容に、クリスは強く興味を引かれているようだ。しかしそんな男に、ユウトが小さく唸った。
「うーん……。クリスさん、書庫があっても多分内容は読めませんよ。エミナの文字って解読が必要らしいですから」
「あーそっか、都の造りが似てると言っても、さすがに言語は全く違うよね。グラドニさんやジードなら読めそうだけど、通常フロアの物はゲートから持ち出せないからなあ……」
「クリス、余計な物に目を向けるな。持ち出す必要のあるものは宝箱に入っているはずだ。寄り道はせずに目的地だけ目指して行くぞ」
目を離したら一人で書庫を探しに行ってしまいそうなクリスに、レオも無駄なことをするなと釘を刺す。
どうせこうしたゲートのアイテムは、最初から持ち出せる前提のものや外から持ち込んだもの以外は、この空間の中でしか存在できないのだ。
このエミナがたとえ過去にあったそのままの姿を写しているとしても、ゲートが作り出したものには変わりない。環境アイテムは持ち出し不可、これは世界の理に縛られないランクSSSゲートでも同じ。
つまりこの場で解読できない限り、役に立たない。探したところで無意味なのだ。
「……仕方ないなあ。今回は諦めるしかないか。さすがに一から解読に挑むような時間もないしね」
無駄だと分かれば、割り切りも早い。クリスはすぐに城門の向こうに意識を向けると、レオの指示を仰いだ。
「さてレオくん、まずは宝箱に向かうんだろう? どういう隊形で行く? エルドワはもちろん先頭だろうけど」
「そうだな……あまりぞろぞろ並んで歩いても敵に見付かりそうだ、キイとクウは上空からついてこい。俯瞰で敵の様子も見れるしな。俺たちが戦闘になった場合は加勢を頼む」
「かしこまりました、レオ様」
「それから隊形だが、まずはエルドワの真後ろにユウト。その右に俺が立つ。左にクリス、殿は狐だ」
「ユウトくんを中心に、私たちが周りを護る感じだね」
「うん、ユウトくんシフトですね。上と前後左右がっちりガードの最強布陣じゃないですか?」
「アン!」
全員、ユウトを護る意気込みがある。故にすんなり決まった配置の中央で、やはり護られるばかりの自分に弟が眉尻を下げた。
「僕のことそんなに護ってくれなくていいのに……。あ、そうだ! だったら僕もみんなのこと護れば良いんだ」
しかしすぐに何かを思いついて、表情を明るくする。
ユウトはうんうんと一人で頷くと、笑顔でレオを振り向いた。
「レオ兄さん、今のうちにみんなにリガードさんの『物理攻撃の初撃無効』を掛けておこうと思うんだけど」
「……ああ、そういえば」
昨晩弟が手に入れた能力は、どんな物理攻撃でも最初の一撃だけを無効化するというもの。一度発動するとインターバルが必要になるのがネックだが、しかしそれを気にして使わずにいては意味がない。
何より、そんな欠点を補って余りある恩恵なのだ。
そして今こそが、その能力の使いどころ。
レオはユウトの提案を受け入れた。
「万全の注意を払っていても、これから何が起こるか分からないからな。ユウトの持つリガードの加護を使おう」
「うん! それっ」
兄の許可を得たと同時に、弟が意気揚々と周囲に円を描くように両手をかざす。
すると一同の足下に主精霊の印が浮かんで、ふわっと何か温かいものに覆われる気配がした。これがリガードの加護か。
「はい、これで全員に『物理攻撃の初撃無効』がついたよ。誰か一人が物理攻撃を受けるか、物理の全体攻撃を受けるかすると効果が消えちゃうから気をつけてね」
いつもと違い自分も皆を護る立場になったユウトが、どこか誇らしげに言うのが可愛らしい。
そんな弟にほっこりしながらも、レオはとりあえず気になった点を確認した。
「ユウト、これはもし俺たちがバラバラの階に飛ばされても、誰かが初撃を受けるまで有効なのか?」
「うん、そのはず。この加護をみんなに掛けた時点で、リガードさんはすでに魔力回復のためのインターバルに入ってるから、効果の発動自体は自動なんだ」
「へえ、リガードはもう回復に……ということは、私たちが物理攻撃を食らわずに一日過ごすことができたら、その後一度発動してもすぐに又掛けできるってこと?」
「一日だと僕の魔力をある程度使うことになるけど、理屈としては可能だと思います」
「……そうして温存しながら行けたら理想だろうが、難しいだろうな」
この超高難易度ゲートで、一発のダメージもなく過ごすというのがまず厳しい。
極力敵に当たらないつもりとはいえ、宝箱や階段の前に陣取る魔物がいれば戦わないわけにはいかないし、今後別フロアに飛んだ先でいきなり敵の前に出る可能性だってあるのだ。特にクリスあたりは確実にそんな状況に当たるだろう。
「とりあえずリガードの加護は、本当に避けきれない万が一の時の命の綱だ。一度しか効かないことも踏まえて、あてにしすぎないようにしろ」
「そうだねえ。別の場所で誰かが発動した後だったら大変だし。……ところでこれ、加護が切れると分かるのかな? 何かふわっとしたものに護られてる感覚があるけど、これが消えるくらい?」
「どうでしょう、一度切れてみないと僕にも分からないです」
「ま、こういうのって実際使ってみないと分かんないよね~。どうせ考えてても仕方ないし、そろそろ進みましょうよ。俺、魔物の索敵範囲も確認したいし」
確かにネイの言う通り、あとは使ってみないと分からない。いつまでもここで話し込んでいるわけにもいかないだろう。慎重ではあるべきだが、臆病になってはいけない。
敵がどれだけ未知で強い存在だろうが、立ちはだかる者全てを蹴散らすのだ。弟との平和で幸せな未来のために。
「……エルドワ、まずここから一番近い宝箱に向かおう。案内してくれ」
「アン!」
レオは決意も新たに前を向き、剣の鞘に左手を掛けると、エルドワに先導を促した。それを受けて、子犬が前へ出る。
同時にキイとクウが上空へと飛び立ち、クリスとネイがそれぞれユウトの左と後ろにぴたりと控える。
「では、行くぞ」
一同はレオの号令に気を引き締めると、ひときわ周囲に警戒をしながら崩れた城門を潜った。




