弟、『国』の正体に気付く
「うわあ、広い!」
一つ目の階段は、全員同じ場所に出た。
それに安堵したレオの隣で、犬化したエルドワを抱っこしたユウトが目を丸くする。
ネイとクリスもそれぞれ周囲を見回した。
「何だか遺跡っぽい場所だなあ。砂岩でできた構造物がたくさんある。塔や教会みたいな建物があって、滅びた街並みって感じ」
「崩れているけどちゃんと城壁で囲まれていたようだし、これでひとつの大きな街という設定なのかな?」
ランクSSSゲートだからもっと突飛な場所に出るかと思ったが、予想していたよりは普通だ。しかし、通常ゲートのように何かのコンセプトで作られたフロアというより、どこか臨場感のある、ひどく現実味を感じるフロアだ。
そう、まるで本当に過去に住民がいた場所のような。
「キイたちが先に上空から偵察をしてきましょうか?」
崩れた城門の前まで来ると、すでに小さなドラゴンに変化していたキイとクウが、レオに進言する。まずは最初のフロアなのだし、全体の広さや敵の数を確認してこようというのだろう。
まあ、このランクのゲートで慎重すぎて悪いことはない。
レオはその提案に頷いた。
「そうだな。フロアの範囲がこの街だけなのか、敵が城壁内にどのくらいいるのか、分かるなら魔物の系統も確認してきてくれ。……くれぐれも見付かるなよ」
「かしこまりました」
指示を受けたキイとクウは、たちまち戦闘形態に変化して飛び立った。そのまま空高く舞い上がり、街の上を旋回する。あの高度ならそうそう見付かるまい。
そうして偵察する彼らを待つ間、レオはユウトが抱くエルドワに目を向けた。
「エルドワ、宝箱と階段の場所は分かるか?」
「アン!」
尻尾をぴるぴるしている子犬は、ユウトの腕の中で自信満々にキリッとした顔を見せる。なんとも頼もしいことだ。
「とりあえず回避できる敵は回避しつつ、宝箱の中身を回収して階段を降りるのが最善だ。エルドワ、道案内は頼んだぞ」
「アン」
「いやあ、ゲート探索にエルドワがいると、ほんと助かるよね~。俺たちだけだったら普通は1フロアから出るのに三倍くらい時間かかるもん」
「私の場合、大体フロア探索すると最後の最後まで下り階段見付からないから、五倍は掛かるよ。ホント、エルドワ様々だね」
確かに、エルドワがいなければこれほどサクサクと高ランクゲートに入ってくることはできなかっただろう。この子犬の能力のおかげで、ゲートに突入する敷居がだいぶ低くなっているのだ。特に階段を一発で見つけてくれる嗅覚は本当に重宝している。
これがなかったら、おそらく今回、建国祭前にこのゲートには来ていなかったに違いない。
「じゃあ、このフロアもお願いね、エルドワ」
「アン」
ユウトが腕の中からエルドワを地面に下ろすと、子犬はすぐにその横に陣取り、ぴるぴると残像が見えるほど尻尾を振った。それを微笑ましく見つめる弟も天使のように可愛い。こんな場所だというのに、なんとも和む光景だ。
レオは心のシャッターを1000回くらい切った。
「レオさん、ユウトくんとエルドワのこと無表情でガン見してて怖っ」
「今回は必要最低限のもの以外は置いてきたせいで、カメラがないんだよ。代わりに網膜に焼き付けているんだから邪魔をするな」
「まあ、レオくんの気持ちも分かるけど。二人を見てると癒やされるもんね」
一同は先ほどまでの緊張感を緩め、どこかのんびりと偵察の帰りを待つ。ユウトの幸運に導かれて出た場所は、すぐに敵に見付かるようなところではないからだ。
不幸の塊のクリスですら、ユウトと一緒にいる時はその幸運を享受している。この分なら、ここで大きな問題は起きないだろう。
そうして数分待っていると、上空から偵察を終えたドラゴンが降りてきた。二つの巨体が極力静かに、ゆっくりと着地する。周囲の敵に感付かれないための配慮だろう。
その上で手間ではあるが、戦闘形態のままでは口がきけないため、キイとクウは再び小さな二足歩行のドラゴンに戻る。
二人は翼をたたみ、すぐに報告をしにレオの元にやってきた。
「ただいま戻りました」
「ご苦労。フロアを眺めて、どうだった?」
レオは労いを一言だけ入れて、すぐに本題に入る。もちろんそれを心得ているとばかりに竜人は頷き、まずはキイから口を開いた。
「フロアの範囲は、この城壁内だけのようです。それ以外のところには何もありません」
「ここにいる魔物は大型ばかり四体。全て高ランク獣系魔物の亜種で、地上や魔界では見ない者たちです」
「やはりみんな亜種か……。このゲート用に造られた魔物なんだな。魔物の獣系統にとらわれず、用心して行かねばならん。……それでも魔族系がいないのは助かったが」
魔物も魔法は使うが、大体が四属性の攻撃魔法だからレオたちでも対応できる。しかし魔族が相手になると、魔法が多岐にわたり予測防御も難しくなるのだ。
そうなるとどうしてもユウトの出番が多くなるし、レオがあまり役に立てない場面も出てくる。そういう状況にはなるべく陥りたくなかった。
「まあこのフロアの広さに四体くらいしか魔物がいないなら、戦闘せずに抜けられるかもしれん。できるだけ気配を消しながら進もう」
「……その前に、もう一つご報告よろしいですか」
魔物とフロアの報告を聞いて納得し、動き出そうとしたレオに、なぜかクウが一拍挟んで声を掛けてきた。
先の報告と少しだけ調子の違う声音。それを怪訝に思って片眉を上げる。
「……なんだ?」
「このフロアのずっと奥まで偵察して来たのですが、突き当たりにある王城に、ただひとつだけ壊れずに残っていたこの『国』のエンブレムを見つけました」
「……『国』のエンブレム? ここはただの舞台装置として造られた架空の街じゃないのか……?」
ゲートに入れば、これほどの規模でなくてもこういう街のようなフロアは結構ある。ボスの造った架空の街だ。当然精巧である必要はなくあちこち適当で、本当にただの舞台装置として存在しているものだ。
しかしクウは、これを『国』だと言った。何かそう思う根拠があったということだ。
そしてその『国』にはエンブレムが存在するという。
どういうことだろう。もしやそのエンブレムも架空のものなのだろうか。そこまで綿密に造る意味も分からないけれど。
そうしてレオが不可解に思っていると、クウはこちらから視線を外し、あえてユウトの方を向いて次の報告を口にした。
「ユウト様、この『国』のエンブレムは……『太陽と剣と盾』をモチーフにしたものでした」
「えっ」
それを聞いた途端にユウトが目をまん丸に見開き、動きを止める。
もしかして、弟はこの『国』の正体を知っているのか。
「ユウト、太陽と剣と盾のエンブレムって? この『国』とは?」
兄の呼びかけにはたと目を瞬いたユウトは、レオを見てもう一度目を瞬き、それから自分でも半信半疑といった様子で答えをくれた。
「あ、えっとね、多分だけど……ここは、前時代に滅びたエミナの国だよ」




