兄弟、グラドニからの餞別を受け取る
そうしてクリスとグラドニが話を終えた頃、レオは上空のゲートを見上げていた。
一応視認できるものの、だいぶ高いところにある目的地、ランクSSSゲート。その中には一体何が待ち受けているのか。
攻略の前例がない未知なるダンジョンだけれど、今更後込みしている暇はない。
レオは視線を下ろし、グラドニを見た。
「グラドニ、俺たちはそろそろ出発する。その前にあんたが俺たちに渡すと言っていた餞別をよこせ」
「おお、そうじゃった。ではこれをうぬらに渡そう」
古竜はそう言うと、レオに特上魔石の欠片を差し出した。
その魔石にはすでに何かの魔法が封入されているようで、薄い紫色が掛かっている。大きいものがひとつと、小さいものが六つ。
当然見ただけでは効果が分からず、レオはグラドニにその説明を求めた。
「何だこれは?」
「その欠片は、一つの魔石が砕けた同一体と呼ばれる魔法媒体でな。持っている者同士で魔法や魔力を共有することができるのじゃ」
「魔法や魔力を共有……? ああ、俺とユウトで持ってる同一魔石のペンダントとブローチと同じようなものか」
確かレオがタイチ母に作ってもらった瘴気を魔力に変換するペンダントが、ユウトに渡したブローチと同じ魔石を使ってできたものだったはずだ。どれか一つに魔法を込めれば全ての魔石に充填され、どれか一つを使えば全ての魔石から魔法効果が消えると彼女は言っていた。
自分たち兄弟が持つにはちょうど良いが、多人数で持つには少々使い勝手の悪そうなアイテムだ。
「一番大きな欠片は愛し子が持つと良かろう。それ以外を皆にひとつずつ渡すのじゃ」
「……これをどう使えというんだ? 魔法や魔力を込められるのはユウトだけだが、ユウトが込めた魔法を他の六人で共有するのか? ずいぶん非効率だな」
「いや、魔力の絶縁体である特上魔石には、何の術式も用いずに魔法を込めることはできぬ。それにすでにこの魔石は魔法を封入し、この状態で安定しておるからの。手を加えることはできぬのじゃ」
そういえば魔力を込めたり放出したりできるのは上魔石までで、特上魔石は特別なやり方で絶縁破壊をしないと魔法を通さないのだった。そして一度魔法を封入されて安定した特上魔石は、書き換えができない。
グラドニが手渡してきた欠片は、すでにこの状態ということだ。
「グラドニさん、この魔石には何の魔法が入っているんですか?」
一番大きな欠片を受け取ったユウトが、首を傾げて古竜に訊ねる。
薄紫の色だけでは、ユウトにもどんな効果があるのか分からないようだ。
それにグラドニはうむと頷いた。
「昨日も言ったが……これからうぬらが臨むランクSSSゲートじゃがな、途中で生成が止まったために不完全な状態になっておる。故に、それぞれのフロアの空間同士が正常に繋がっておるのか分からぬのじゃ」
「それは……ゲートの階段を下った先で、おかしなところに出てしまうということでしょうか?」
「そんな感じじゃ。下ったはずが上の階に戻されておったり、階段を探しても行き止まりで出口のないフロアじゃったり。さらに移動術式自体が不安定で、仲間がそれぞれ別の階に飛ばされるなんてこともあるかもしれないのじゃ」
「何だと!? それは困る!」
古竜の言葉にレオが即座に反応する。
一緒にいるなら自分が何としてでも弟を護ればいいが、引き離されてはどうすることもできない。
それは兄にとって由々しき事態なのだ。
「レオくんとユウトくんが階段を降りる時に、手を繋いでいれば回避できるんじゃないのかい?」
「それは可能じゃが、今回は止めた方がよい。庇護者が愛し子を『装備している』という判定になった場合、階を下る時の幸運値が庇護者準拠になるからじゃ」
「……それってつまり、レオさんの幸運値でなく、ユウトくんの幸運値を頼りに階を降りろってこと?」
「そうじゃ。先が見えない時ほど、この幸運が重要になってくるからの」
ネイの問いに頷いたグラドニは、フロア移動の危険性について説明を始めた。
「本来のゲートはフロア移動の際に降り立つ場所はランダムじゃ。しかし、同一パーティの者は同一フロア内の安全地帯に降り立たせなくてはならないと、世界の輪廻に絡む『ゲート生成の理』で決められておる。安全地帯と言っても、『即死にならない』『モンスターと一定の距離がある』『立てるだけの足場がある』程度のものじゃがな」
「あー、確かにレオさんたちと合う前から今まで入ってきたいずれのゲートでも、階段降りてすぐに死ぬような危険な場所ってなかったかも。……でも、これから行くゲートはその『理』を守ってないかもってことです?」
「うむ。そもそもランクSSSゲートは世界の理の外の力で生成されるものじゃからな。そうなると、フロア移動の際にどこに出るかは運の要素が大きく影響するのじゃ」
つまりレオがユウトを連れて移動するより、ユウト単体で移動した方が安全な場所に出やすいということだ。レオの幸運値はあくまで『普通』。ユウトを『装備』するといくらか数値は上がるが、高確率で危険を回避できるほどの幸運値にはなれない。
ならば別で進んだ方がいいのだろうが、しかし弟を一人で次のフロアに行かせるのも、また兄にとっては我慢ならないことだった。
「だったらユウトは置いていく! 万が一別フロアに飛ばされたりしたら駆けつけるのは至難の業だし、その間にユウトに何かあったら俺は後悔してもしきれん!」
「まあ待て。だからこそわしが準備したのが、この魔石の欠片じゃ」
ユウトを危険な目に遭わせるくらいなら、と連れて行かない決断をしようとしたレオを、グラドニが制する。
こういう展開になることが始めから分かっていたのだろう、そのためにこの特上魔石の欠片を餞別として用意していたのだ。
古竜はようやくその魔法効果を口に上せた。
「この欠片には、『招集』の術式を封入しておる」
「『招集』ですか? 初めて聞きました」
ユウトがその内容が分からずに目を瞬く。
斜め後ろにいるクリスもピンときていない感じからして、グラドニの組んだオリジナル術式なのかもしれない。
「愛し子の持つ欠片を親として、子の欠片を持つ者を強制的に『招集』する魔法じゃ」
「……それはつまり、この欠片を持っていると親の欠片を持つユウトの元に自動的に呼び寄せられるということか?」
「そういうことじゃの。まあ、条件はあるが」
どうやら別のフロアに飛ばされたとしても、この欠片があればユウトの元へ集うことができるらしい。
なるほど、これはレオたちへの餞別としてこの上ないアイテムだ。
集められるならユウトの元が一番安全の可能性が高いし、確かに親の欠片を持たせるに適役だろう。
そう思って一応の安堵をしたレオの傍らで、グラドニがユウトに確認をした。
「愛し子よ。うぬは探知を使えるか?」
「探知って……捜し物をする魔法ですよね? はい、初期の頃にマルさんに教えてもらいました」
「探知可能範囲はどれほどじゃ?」
「えっと……正確には計ったことないですけど、大体王都を丸々収めるくらいの範囲は探知できるはずです」
「追跡は?」
「ひとつだけに集中すればできます」
「ふむ、まあ悪くない」
その答えに、グラドニは口端を上げる。
そして今度はレオたちの方を見た。
「さてうぬらに言っておくが、この『招集』の魔法は欠片を所持する誰が発動しても、全員で愛し子の元へ飛ぶ。じゃが、一度使うと魔力の充填に丸一日必要になるからの。軽々しく使うでないぞ」
「は? ……充填に丸一日、だと?」
離れてもすぐにユウトの元に飛べるなら、と安心していたところに、後から喜べない情報を追加されてしまって目を丸くする。
一日に何階も降りていれば、ユウトと離れる可能性はいくらでもあるに違いないのだ。それなのに、この『招集』は一日一回しか使えないだなんて。
「……丸一日は長い!」
「何じゃ。転移魔石でも一度使うと三日の充填が必要じゃろう。それから考えたら、この効果で充填が一日で済むなんて早いくらいじゃぞ?」
「それは分かっているが、これでは一日に進む階数が制限される! 一度発動したら、次に備えてその階で一日留まるしかないだろう!」
ないよりはずっとマシだが、早期攻略を目指したいレオたちとしては絶妙に役に立たない。
そう思って頭を抱えたレオに、グラドニは「まあ落ち着け」と笑顔で窘めた。
「わしとて愛し子に何かあると困るからの。微妙に使い勝手が悪いだけのアイテムなぞ、渡しはせぬ。……封入した魔法を使ってしまうと充填が必要じゃが、これは使わずに所持しているだけでも十分役に立つのじゃ。魔法の発動は緊急時のみに留め、他はこちらの用途をメインに使うとよい」




