兄、可愛いを独り占め
部屋に残っていたレオが明日のための武器や装備の手入れを終えた頃、主精霊との契約を済ませたユウトが外から戻ってきた。
もちろんその首尾は上々。リガードから手に入れた『物理攻撃の初撃無効』は、特に上等も上等だった。さらに主精霊四人からの加護が加わったのだから心強い。レオはユウトの頭を撫でて労うと、椅子から立ち上がった。
「今日はひとまずこれで休むことにしよう。明日は日の出とともにグラドニのところに向かう」
「そうだね。情報が少なすぎて、とりあえずゲートに入ってみないことには作戦も立てられないし。それよりはしっかり寝て万全の態勢で臨む方がずっと賢いもの」
「アシュレイの家を作る時に、俺たちの拠点を兼ねて家具やベッドを作っておいて良かったですね~。雑魚寝は慣れてるけど、やっぱり村の中でくらいゆっくりしたいですもんね」
ラダには宿屋が存在しないため、アシュレイの家にはレオたちが泊まるための部屋とベッドを備えてある。さすがに個室ではなく大部屋だが、寝るには十分。
しかし、ここで家主がいないことに目を付けたエルドワが『はい!』と手を上げた。
「エルドワはアシュレイのでっかいベッドで寝たい! ユウトも一緒に寝よう!」
「ん、いいよ」
「では俺もそっちで」
レオも当然のようにしれっとそちら側に加わる。どうせキングサイズを超えるアシュレイのベッドなのだから、三人で寝たところで何の問題もないのだ。
即決したレオに、クリスが苦笑した。
「さすがレオくん、迷いがないね」
「えー、可愛いを独り占めとか、ずるくない? だったら俺だってそっちがいい~」
「おいクリス、狐のために可愛くなってやれ」
「ネイくん、一緒に寝てくれないとおじさん寂しくて泣いちゃうぞっ」
「いやいや、何でそれに乗るの? つうか、おっさんにぶりっ子されても可愛くないんですけど」
「ぴえんっ」
「やめて。何で楽しそうなの? どこでその言語知識入れてんの?」
「うぜぇな。そもそも貴様は他人の気配が側にあると、気になって寝れない質だろうが。明日からは普通に眠れるかも分からねえんだから、ぐだぐだ言わずに寝ろ、クソが」
ごねるネイが面倒臭くなってそう吐き捨てると、レオはキイとクウに視線を向けた。
彼らは人間とは生理現象のサイクルが違う。睡眠も食事も必要とするまでのスパンが違うのだ。それを確認しておかなくてはいけない。
「キイ、クウ。今日は眠るのか? 確かお前らは一度寝ると長いんだよな」
竜人は食事を一度取れば五日くらいは腹が空かないし、一回眠ればやはり五日ほど寝ないで活動できる。しかし頻度が少ない分、食事も睡眠も一度の摂取量が多いのだ。
そんな彼らが本格的に寝たら、明日の朝には起きられないかもしれない。
けれどそんな懸念をしたレオに、二人はにこりと笑った。
「ご心配は無用です。本気で寝ると丸二日ほど熟睡しますが、キイたちが人型でいる時は、ある程度人間の生活サイクルに合わせることができます」
「クウたちは本格的な睡眠ならすでにジラックにいる間にだいぶ取ってきましたし、人型のままで仮眠程度と割り切って寝るならば、明日の朝には起きられるかと」
「そうか。ならいい。明日の朝はバラン鉱山の山頂までお前たちに運んでもらわないといかんからな、寝坊するなよ」
「大丈夫です、お任せ下さい」
彼らが請け合えば、主立った気掛かりはもうない。明日は飯を食って出立するだけだ。
ネイが最後にキッチンで朝食用のパンとコーヒー豆を準備すると、皆はそれぞれの寝床へ向かった。
エルドワがユウトの手を引いてアシュレイの寝室に向かうのに、レオはゆったりとついていく。
二人とも今日は新たな力を手に入れたはずだが、いつもと全く様子が変わらない。弟の変化を恐れるレオは、それに内心で安堵した。
「アシュレイのベッドはやっぱり大きい!」
部屋に入った途端、エルドワが目を輝かせて駆けていく。見た目はユウトよりずっと小さい子供だが、自分の背丈近くあるベッドの上に、その脚力だけでぴょんと飛び乗った。さすがの身体能力だ。
それに対して、ユウトは自分の胸の辺りまであるベッドの前で兄を振り向いた。試すまでもなく、最初から自分では上れないのが分かっているのだろう。ちょっとだけ情けない表情をしているのがとても可愛らしい。
「レオ兄さん」
皆まで言われずとも、名を呼ばれただけで察したレオは、弟を抱え上げてベッドの上に乗せてやった。
「わ、乗ってみると本当に広いね。シーツも毛布も大きい」
「見て見てユウト、枕でっかい! これだけでエルドワのベッドみたい!」
「エルドワ、枕に乗っちゃダメだよ、こっちおいで」
さすがにアシュレイの枕は高すぎて使えない。
ユウトはタオルを丸めて枕の形に整えて、エルドワを呼び寄せた。
「広いからどこでも寝れそうだね。はい、これ枕代わりに使って。エルドワは真ん中で寝る? 僕は広すぎてちょっと落ち着かないから、端の方に行くね」
「ん? だったらエルドワも端っこ行く。ユウトの隣がいい」
「……せっかく大きいベッドなのに?」
「レオ、身体が大きいからそっちの広いとこ行っていいよ」
「アホか、俺だってユウトの隣で寝るわ」
「えええ……アシュレイのベッドに来た意味……」
レオもベッドに上がってユウトの隣を陣取る。
結局ベッドの半分も使わないような状況になって、弟は呆れたようにため息を吐いて苦笑した。
「……でもまあ、この方が落ち着くかも」
「うん。ユウト、これで寝よう。ユウトの匂いがするとエルドワはよく眠れる」
「俺もユウトの気配がある方が癒やされる」
「僕の魔妖花のお守りから、リラックス効果のあるアロマでも出てるのかな?」
自分の価値に無自覚な弟は、首を傾げて少しズレたことをいいながらも、横になっておとなしく毛布に包まる。
そうすれば、すぐにエルドワもユウトに倣って横になり、毛布の中で丸まった。
二つの小さな身体がひときわ大きな毛布に包まる様子は、なんとも和む光景だ。
……寝る前に少し建国祭に関する話をしてやろうと思っていたけれど、この柔らかな空気を壊すのはもったいない。
レオは時間も時間だしもう寝てしまおうと考えて、ベッドヘッドの上にある魔石燃料のランプに手を伸ばした。
「今日はお前たちも色々あったからな。疲れただろう。今日はもうこのまま寝てしまおう」
「うん。お休みなさい、レオ兄さん、エルドワ」
「ん、お休み、ユウト」
「明日のためにもぐっすり眠るといい」
ユウトが目を閉じたのを確認して、レオはランプを消す。
そして自身もユウトの隣に潜り込んだ。穏やかな月明かりが差し込む闇の中、すぐ側で聞こえる規則正しい弟の呼吸音が、やがて安らかな寝息に移り変わるだけで心が和らぐ。
(側に他人の気配があると眠れない質、か……)
先ほどネイに言った言葉は、本来ならばまるっとレオにも当てはまる。だが、ユウトだけは別なのだ。いつだって側に置きたい。一緒に生きたい。
レオにとって、こんなふうに側にいるだけで安心できる相手など、ユウトしかいなかった。
(……だからこそ、この子は絶対に俺が護る)
明日は、今まで誰も成したことのないランクSSSゲートの攻略。様々な『想定外』が起こることは必定。
それでもこの弟が側で健やかであってくれれば、兄はいくらでも頑張れるのだ。
レオはもう何度目になるかも分からない決意を胸に、来る明日のために目を閉じた。




